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♡Past Maidens〜魔法少女の記憶〜♡  作者: 後出決流
第一章 Metamorphose-変身まで-
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第7話 ガス室、それは苦痛の意

前回のあらすじ



 ギリギリ遅刻しなかった亜美子は今日も元気いっぱい。たが、大嫌いな体育の授業中、空が赤くなり学校に怪物が現れてしまう。

「クルシィナァァァァ」


 あの時と同じ金切声のような、悲鳴のような音が聞こえてくる。

 校舎の屋上にいるのは、細いノズルが付いた殺虫剤に、手足が生えた真っ黒な怪物だ。ノズルの先端が口のようになっており、胴体の部分に大きな一つの眼がある。その目は人間の目のようで、異様に浮いている。

 女子生徒達はその姿を見てパニックに状態となり、我先へとグラウンドから逃げ出そうとする。


「落ち着け! おまえら落ち着けよ!」


 怒鳴り散らしている大原先生もパニック状態だ。ただその中でも冷静にしている者が二人だけいる。


「あれは……」


 怪物の口から何やら白い気体が漏れているのを亜美子は見逃さなかった。怪物の動きを冷静に見ていたからできたことだ。亜美子は直感でそれが危険だと判断する。


「何か出る! それに触れないで!」


 亜美子が自分でも驚くぐらいの大声で叫んだと同時に、殺虫剤の怪物は口から白い霧を吐き出す。霧はあっという間にグラウンドをドーム状に覆ってしまった。

 亜美子の言葉が届き、女子生徒達はグラウンド中央部に集まってくる。しかし、魚顔で出っ歯の背が低い女子生徒だけが、霧へ向かって悲鳴を上げながら走っていく。目からはたくさんの涙を流し、誰よりも混乱しているようだ。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 」


「千波ちゃんダメ! 戻って!」


 亜美子の声は届かない。周りも自分のことで精一杯で、千波に構っている余裕はない。亜美子が諦めかけたその時、一人の女子生徒が千波に近づき身体を押さえる。


「夢奈ちゃん!」


 夢奈はそのまま千波の腕を引っ張り、グラウンド中央へ向かってくる。千波は必死に抵抗する。


「痛い! 何するの! 私は助かりたいの! 生きたいの! 離せよ! 離せぇぇぇぇ!」


 力で全く夢奈に勝てない千波は、罵詈雑言を夢奈に浴びせる。しかし、夢奈は表情一つ変えない。そして、静かに言う。


「あの霧の向こうに行けば、確実に生き残れるの?」


「うぅ……」


 千波は抵抗を止め、ただめそめそ泣き始めた。夢奈は千波の腕を引っ張り、グラウドの中央へと進む。




 夢奈と千波が到着する。これで、女子生徒全員がグラウンド中央に集まった。亜美子は夢奈に駆け寄る。


「ありがとう。夢奈ちゃん」


「間に合って良かったわ」


 亜美子が冷静でいられたのは、たぬきがまた助けに来てくれるという希望と、夢奈がくれた勇気があるからだ。そして、夢奈は亜美子の話を心から信じていたため、事態をすぐに飲み込み冷静な対応が出来た。

 たぬきが怪物を倒せば、殺された人が生き返ることはもちろん知っていた。だが、二人は人が死ぬのを見たくなかった。よって、事前の打ち合わせも何もなく、二人は助けることを選んだのだ。

 しかし、周りは謎の霧に囲まれて、状況は八方塞がりに変わりはない。




 霧が充満した校舎に、一人の若い男が入ってきた。


「おはようございます!」


 男の元気なあいさつに返事はない。代わりに聞こえるのはうめき声だけだ。人がいる部屋、全てから聞こえてくる。男は霧の中を何事もなく歩き進む。


「近くに引っ越してきた者です! ごあいさつに来ました!」


 男は嬉しそうに廊下の景色を見ながら歩いている。どうやらこの霧の中でも見えているようだ。男は職員室の扉の前で立ち止まる。


「失礼します」


 男が扉を勢いよく開けると、中にいる教師達が床に倒れていた。


「あぁ……」


「う……」


「あぁぁ……」


「ああ……」


「うぅぅ……」


 みんな身体を痙攣させながら、うめき声をあげている。まるで、殺虫剤を浴びて死にかけているゴキブリのようだ。もう、動いていない教師も少なくない。男はしゃがみ込み、近くに倒れていた50代くらいの男性教師に笑顔で聞く。


「放送室の鍵の場所わかる? 教えてくれたら助けてあげるよ」


「うぅ……鍵の……場所……」


 男性教師は助かりたい一心で、声を振り絞りながら、霧で顔がよく見えない不審者に、放送室の鍵が掛かっている場所を教える。呂律が回っておらず途切れ途切れで、今にも消え入りそうな声だが、男はうんうんと頷きながら聞く。


「ありがとう」


 男は持っていたナイフで、いつのまにか男性教師の首を切り裂いていた。吹き出した血は男の顔にも吹きかかったが、気にしていないようだ。倒れている人間の上も、まるで普通に床を歩くかのように歩く。


「これかな」


 男は壁にかかった放送室の鍵を取り、ポケットにいれてそのまま職員室から出ていった。放送室は職員室からそう遠くなくすぐに到着すると、そのドアを開け中へ入った。




 霧に包まれたグラウンドの空気は張り詰めていて、思いのほか静かだ。今の状態に理解が追いつかず、もはや喋ることもできないのだろう。亜美子も夢奈もたぬきが助けに来るのを待つしかなく、特に何も喋らなかった。

 そして相変わらず、千波は泣いてばかりだ。亜美子と夢奈以外の女子生徒が千波に苛立ち始める。しかし、一番苛立っていたのは大人の方だ。


「おい! うるせぇから泣くんじゃねぇ!」


 大原先生の声が誰よりもうるさい。ただでさえ悪いグラウンド空気がさらに悪くなる。

 よし。私が行こう。

 亜美子が勇気を振り絞って、先生を落ち着かせようとしたその時だ。

 何の前触れもなく、校舎からクラシック音楽が流れ始めたのだ。突然のことに亜美子と夢奈を含めた全員がうろたえる。グラウンドの中がざわつく。


「何でこんな時にラデツキー行進曲が?」


「この曲のタイトルそういうんだ。さすが夢奈ちゃん」


 いかんいかん。関心している場合じゃない。

 亜美子はあたりを注意深く見渡す。しかし、真っ白な霧で何も見えない。

 そんな亜美子達の混乱を嘲笑うかの様な声が、校舎から聞こえてきた。機械で加工されたかの様な声だ。


「皆さんおはようございます。これから楽しい遊びの時間です」


「てめぇ誰だ! こんな悪戯しやがって!」


 大原先生が校舎に向かって怒鳴ると、何人かの女子生徒は同じ様に、怒りを表す言葉を校舎に向かって投げつけた。

 千波も泣くのをやめて、他の生徒と同じ様に酷い言葉を校舎に向かって叫ぶ。いや、他の生徒よりも酷い言葉を浴びせている。

 もちろん、何もできずに震えて固まっている生徒もいる。亜美子もさすがに怖くなってきた。

 喋っているのは誰? 楽しい遊び? 何が始まるの?

 手が震えてくる。


「これからルールを説明するので、皆さん静かにしてくれませんか?」

 

 校舎からの声がそう言うと霧の方から、野球ボールくらいの何かが飛んできた。それは球のような形になった霧だ。

 その球が千波の口に当たる。千波は霧を思い切り吸い込む。


「いやぁぁぁぁぁぁ」


 千波は悲鳴をあげる。一瞬にして腕と足が水飴のようにグニャグニャと溶けていったのだ。ここにいる全員が嗅いだことがないような悪臭が漂ってくる。グラウンドにいる人達は千波の周りから離れていく。

 千波がそのままバランスを崩して前に倒れると、まだある関節を動かして、殺虫剤をかけられたイモムシのようにのたうち回る。


「痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 手足が! 手足がぁぁ!」


 亜美子が千波を見て恐怖に震えていると、夢奈はその目を手で覆った。だが、その手も震えている。恐怖に包まれたグラウンドに無機質な声が響く。


「暫くすると静かになるから、みんなも静かに待っていてね。安心して。喋らなくなるだけで、しばらくは死なないから。でもすごく、苦しいぞー!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁ痛い痛い痛い! 助けて助けて助けて助けて」


「残念。多分、助けはしばらく来ないよ」


「痛いよ! 痛いよ! 殺して! 殺してぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 校舎から笑い声が聞こえてくる。まるでお笑いでも見ているかのような。悲鳴と笑い声は音程が外れた歌のように、クラシックと混ざる。

 その不快な音楽会を女子生徒達は黙って聞くしかなかった。変に声を出したり、近づいたりしたら、今度は自分がこんな目に合うかもしれないからだ。千波の顔は苦痛で歪んでいる。


「あぁ臭い。君は汚物だ。汚物として死ぬんだよ。目が離れている出っ歯のブサイクで、性格も悪そうな君にお似合いの最後だ」


 校舎の声がそう言い終わるか否か、千波は何も声を発さなくなった。目が完全におかしな方向に向いているが、息だけはしている。

 そして、何事もなかったかのようにルール説明が始まった。


「今から鬼ごっこをしてもらいます。

 赤い霧が貼り付いている人が鬼です。自分の意思でタッチすると、タッチした相手に赤い霧が移ります。

 赤い霧が貼り付いていた人は、何秒か動けないからその間にみんな逃げてください。

 ゲーム開始から5分後に鬼が赤い霧で死にます。白い霧に触れたらさっきの子みたいになります。

 後は何だろ…思い出したら教える。

 ゲームスタート!」


 クラシック音楽が止まると霧の方から野球ボールくらいの赤い霧の弾が飛んできた。それはもはや人間に避け切れるスピードではない。赤い霧が一瞬にしてある女子生徒の背後に、ピタリと貼り付く。


「えっ……」


 最初に鬼は赤井麗美だ。

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