〜中身スッカスカの物語を成敗する者〜
ギーンッ、と薬莢が飛ぶ。
「ヒットォ!」
その声は大草原の爆心地から南西に“さらに”八〇〇メートル離れた場所で響き渡った。
「流石じゃねえか、ヴィルマルス! あんた最高だぜっ!」
隣で寝転がっていた少女――カリンは、同じく寝転がっていた俺の頭を荒々しく叩いた。
「……」
立ち上がった俺は地面に取り付けていた狙撃銃――モシン・ナガン1891/M30を肩に担ぐ。
俺が立ち上がったことで、一転して見下されることになったカリンは、不満そうに俺を睨んだ。
「おいおい、少しは喜んだらどうだ、朴念人」少女も立ち上がる。「異世界チート野郎の脳みそがパーンだぞッ! 見ろ見ろ! あの女ども、まだ悲鳴上げてやがる!」
「……はぁ」
見た目一〇代少女がそんなこと言うか、ふつう……。
双眼鏡を覗きながら、喜々としてはしゃぐ彼女はやっぱり狂気じみていて、俺は辟易としながら歩き出した。
「帰るぞ、腹が減った」
「はいはーい」
そうそう、そうやって素直にしていれば可愛いのに……。
「うるせぇ、不感症野郎」
前言撤回、こりゃダメだ。
半日後。
ハンターズハウス――コロラ。カウンター前。
「首尾は良さそうね、ヴィルマルス」
「ああ、おかげで今晩の飯にはありつける」
目の前に置かれたずだ袋入りの銀貨を数えながら、晩飯のメニューを頭の中に広げる。
日も暮れたハウスは暗く、淡い光を放つ魔導石の明かりだけでは心もとない。
ハウス内を闊歩する人間種や亜人種たちはそれぞれに武器を掲げ、掲示板を眺めたり、会話をしながらおのおの得意な方法で情報収集を行っている。
どいつもこいつもやんごとなき仕事を生業としているのは明白で、長剣、短剣、弓、斧。槍を担ぐものもいれば、刀を振りかざすものまでいる。
そんな中、輝くブロンドの髪を揺らす受付嬢――イーリヤ・グラムベルトは柔和な笑みを浮かべる。
その辺の山脈に負けず劣らずの胸に、キレのあるくびれ、この世界ではなかなかに高級な白いシャツにタイトなスカートがそのスタイルの良さを強調する。
腰つきがやたらエロい。これは受付嬢じゃなく娼婦の身体つきだ。
「失礼しちゃうわ」ぷぅと頬を膨らます。「あーあ、傷付いた! それだけの報酬なら今晩、三人分は余裕よね?」
お詫びにディナーにでも誘えということか?
「いや、相棒の手入れとクソ生意気な小娘の世話にはまったく足りないな」
聞こえてんぞー、とハウスの隅にあるソファにゴロ寝するカリンが足をバタバタさせている。
「カリンも大人数で食べるほうが楽しいわよねー?」
まるで媚びるように、今度はカリンに取り入ろうとする。やっぱり娼婦だ。
「んー」
その誘惑にカリンは少し悩んでみせるが、結局、出た答えは俺の想定していたものだった。
「んにゃ、二人で充分だ」
「……あっそ」
ばっさりと切り捨てるカリンの答えに、イーリヤは別段落胆した様子でもなく肩をすくめた。
「あ、そんなことより、次の依頼の話聞いとく?」
「ん?」
食指が動く。
「素直でよろしい」
まんまと反応してしまった俺に、彼女は満足そうにうなずく。
すると、イーリヤはカウンターの下から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブル上に広げてみせる。そこには地図と依頼内容が記されていた。
「ここからパラフを走らせて四日ほどしたところにバクナムって村があるんだけど、そのハズレの家で子どもが産まれたんですって。ただ、ちょっと怖いくらいに賢いらしくて、村では“ヴァルナの再臨”って呼ばれてるみたいなのよ」
「……ふむ」
顎に指を添える。
まぁこの世界じゃ、これしきのことは往々にして起こり得るが、“ヴァルナの再臨”とはなかなかに畏れ多い。
“ヴァルナ”とはこの大陸の唯一神で、とかく信奉している奴らの多い神だ。
かつて、一つだった大陸は戦乱の世を迎え、それを見かねた神ヴァルナは大陸を七つに分断し、争いを鎮めた――らしい。
あいにく学がないもんで、それ以上のことはよく知らねえが。
だが、それだけ圧倒的な存在に形容されるということは、なにか臭うな。
「怪しいな、そいつ! 見てこようぜ!」
カリンのセンサーもその違和感を察知していた。彼女はソファから起き上がると、俺の腕にしがみついていた。
「行ってみる価値はあるかもな」
「さすが! きっとあなた達なら了承してくれると思ってたわ! それじゃあ、依頼内容を説明するわね」
「いや、待て」
「え?」
機先を制されたイーリヤの手が止まる。
「まずは晩飯だ。今日は――」
肉が食いたい。