ループワールド・勇者ケイン編 76
「ケイン!大変なの!大変なのよ!」
べそをかきながら、俺にすがり付いて来たのは、南の海の守護者、ドワーフだ。
「落ち着くだぞ。話すぞ。私たちは頭の中が読めないから、言葉で話さないと分からないぞ」
アリスがなだめるが、ドワーフは落ち着きを取り戻す気配がない。
「鍵が盗まれたようです」
隣に居たアズサが代わりに答えてくれた。
「鍵?何処のだ?」
「なんでも、南の神殿で守られていた鍵で、無いと世界が滅んでしまうようなことを言っていました」
アズサは、さらっと怖いことを言う。
「落ち着けだぞ!話すぞ!落ち着かないとボラギノー草ぶち込むぞ」
アリスは棒状にしたボラギノー草を見せる。
ドワーフはぴたりと泣き止んだ。
「記憶を元に戻すわ」
ドワーフの言葉を聞くと、俺の頭には走馬灯のように、ドワーフとの会話がよみがえった。
ドワーフに連れられて、始まりの地へ行った時の記憶だ。
「聖杯と起源の水だぞ。思い出したぞ」
「ああ、世界を浄化し、再生するアイテムだ。まさかそれを取られたのか?」
ドワーフは首を左右に振る。
「違うわ。盗られたのは、聖杯と起源の水がある場所に行く為の鍵なの」
同じだ。盗られたも同然だ。
「私が守る南の神殿と、ポセイドンが守る北の神殿。それぞれで鍵を守っているのよ」
「鍵は2つ、と言う事か?」
「2つ無いと、聖杯と起源の水のある場所には行けないわ」
盗まれたのは1つ。まだ最悪ではない。
「怒られるわ!!」
また泣きだした。
アリスは無情にも、尻の穴にボラギノー草を突っ込んだ。心の傷も治す、優れものだ。
「あら、あまり気にならくなったわ」
ボラギノー草、すげーーー。
落ち着いたドワーフは話し始めた。
「私はアズサと、お茶しようと思って来たの。戻った時には鍵が無かったのよ」
空き巣に入られた、と言う事だな。
「そんなに簡単に、大事な鍵が盗めるのかだぞ?」
そうだ。ティナが5日居ただけでクリスタルに固められるセキュリティーを持つ場所で、簡単すぎないか?
「今回は、神殿の非常口から来たから。非常口を使うと、出入りの際にセキュリティーは働かないわ」
ザルだな。
だが、鍵は1つでは意味がないはずだ。ポセイドンの方を盗まれなければ、慌てることはない。
「それがね、鍵が神殿から持ち出されると、防犯システムが動き出すの。南の神殿の鍵が戻るか、聖杯が使われる迄は、解除しないわ」
「それはどんな防犯システムなんだ?」
「分からないの。知らされていないのよ。でも絶対防犯と言うシステムで、盗難に対応してるわ」
「よくわからないぞ」
なら大丈夫じゃないか?その防犯システムが作動しているなら。
「だと良いのだけど・・・」
ドワーフは不安げな顔つきだ。
「他の守護者には相談したのか?」
「勿論よ。とりあえず、北の神殿の守りを強化して貰っているわ」
今できる事は、それぐらいか。問題は誰が何のために・・だな。
犯人を捜すとなると、事が事だけに女神の力を借りる必要がある。
「ドワーフ、ティナに相談しよう。盗んだ奴を探すには、女神の力が必要だ」
「・・・ええ。星の守護者からも、同じことを言われたわ」
「一度戻る。ティナを連れて、また来る」
俺達は、王都へと戻った。
「婿殿!大変ですわ!大事ですわ!」
こっちもか?
「どうしたぞ、ママ?落ち着くぞ。これぶち込むぞ」
手にはボラギノー草の束。
「大大大女神様ですわ!ヴィーナス様ですわ」
なに?ティナの母だと?
「パパ、凄い女神が来てるよ。後光が凄すぎて、直視すると目が潰れるから、気を付けてね」
流石はティナたちの母だ。
「後光が~危険だから~トイレに隔離してあるよ~」
扱いが最悪だ。
「これつけろ」
太陽観測用メガネだ。
「ケインさん」
エクセレントだ。
「母が大切な話があるので、会っていただけないでしょうか?」
トイレでか?
「母は下界に長く居られません。母の女神力は、周りを浄化し、神聖なものへと変えてしまいます。下界に居られるのは3分が限度です」
何処の光の戦士だ?
「分かった。俺も話したことが有るから、会おう」
「では、私が対後光防壁を張ります。母の前では身をかがめ、防御姿勢でお願いします」
電話で話した方が良くね?
俺とアリスは、ヴィーナスの隔離されたトイレの前に来た。
「申し訳ありませんが、アリスさんはご遠慮ください。防壁は頑張って一人分しか張れません」
「私は此処で待ってるぞ。とても中に入る勇気はないぞ」
あのアリスが、トイレから漏れる女神の威厳に屈し、うつ伏せになり、頬を床に擦り付けながら祈りを捧げていた。
「では、ケインさん、どうぞ!ご対面です!」
防壁+太陽観測用メガネ。これでも眩しくて光の塊しか見えない。
「ケインさん、初めまして。ティナの母のヴィーナスです」
なんて高貴な声!涙が出て来た。鼻水も止まらない!
「おかぁ様、もう少し気合いを抑えていただけないでしょうか?ケインさんが花粉症患者のようになっています」
「それは大変です。久々の下界なので、力の抑え方を忘れていました。これでどうですか?」
涙が止まった。鼻水も止まった。
「今日来たのは、とても大切な話です。貴方にとって、嫌な思いをするかもしれませんが、最後まで冷静に聞いてください」
ティナとの結婚の話?
「では、ご清聴を」
エクセレントは静かに聞けと言う。
ヴィーナスが話し出す。その内容はティナとの結婚などと言うレベルの話ではなかった。
「カモミールはループワールドと言う、歴史が繰り返してしまう事象に見舞われています。原因は不明です。後30日程度で、世界は1200年前に戻り、同じ歴史を繰り返すことでしょう」
!?なんだと!
「既にこの時代も、私が知る限り8回目の周回です。ケインさんは少なくとも8回、カモミールの魔王を倒しています」
!!!!!
「ループワールドは、カモミールに関与した者を巻き込み、周回ごとに多くの世界と人を、過去へと送ります。今回は過去最大規模のループワールドに成るでしょう」
「止める方法?ないのか?」
「分かりません。ですが、発動はアイリスさんの魔法の暴走からです」
アイリスだと?
「アイリスさんの魔法は、この世界を凍らせます。カモミールを完全に凍結させた時、ループワールドは発動します。考えられる阻止の方法は・・アイリスさんの殺害です」
!?
「アイリスを殺せだと!?」
「ループワールドから多くの人を救う為です。過去には色々な方法を取りました。アイリスさんを他の世界に移動したり、防壁の中に保護したり・・。でも駄目でした。予兆が始まると、アイリスさんが、どこで、どうしていようと、カモミールは凍り付きます」
「手が無いと言うのか?」
「はい。殺害以外の方法が無いと判断いたしました」
くそ!なんてことだ。
「私からも良いでしょうか?ケインさん、アイリスさんは、魔法の暴走で自らの命も落とされます。ループワールドの発動の直前に亡くなってしまいます」
エクセレントが付け加えた。
「だから、殺しても良いと言うのか?」
俺は立ち上がった。後光など気にならない位の怒りが、体を駆け巡っていた。
「方法は他にはありません。過去4回、貴方はアイリスさんの殺害を拒否し、方法を探すと言いました。しかし、ループワールドの原因を特定できないまま、世界は巻き戻されてしまいました」
「・・・・」
「ケインさん、辛い決断ですが、どうか世界を救う為に、英断を」
エクセレントが頭を下げた。
「・・・ダメだ。俺は認めない」
「ケインさん!」
「アイリスの殺害だけはない!過去の俺が探せなくても、今の俺が探し出す!方法はあるはずだ」
「やはり、何回周回を重ねても、貴方は貴方なのですね。私たちは女神です。見守り、共に歩むのが女神。貴方の判断を尊重します」
ヴィーナス?
「ただ一つ、お願いがあります。ケインさんが交流をしている守護者様と会わせてください。この星を守る守護者様なら、何か知っているかもしれません」
「ドワーフとポセイドンとか?ドワーフなら会えるが、ポセイドンには聞いてみないと」
「あ、会えるのですか?ドワーフ様と?」
エクセレントは驚いたように言うが、ちょうどドワーフも鍵の事で女神と会う話が出来ている。
ティナでも親でも変わらんからOKだろう。
「では明日、もう一度降臨します。ドワーフ様との謁見の件、ケインさん、よろしくお願いします」
ヴィーナスは消えた。トイレの中には神聖な気配が漂っていた。
「ケインさん、今の話は・・」
エクセントの言いたいことは分かる。
「誰にも言わない。今回に限りアリスにもだ」
「はい。それでお願いします。私たち女神が理由はあれ、殺害を申し出るなど、本来あってはならない事です」
「分かっている。俺の希望を聞き入れてくれたんだ。感謝してるし崇めても居る」
俺達はトイレから出た。
床に腹ばいにひれ伏したアリスが居た。
「一生分の祈りをささげたぞ」
「みんな、聞いてくれ。明日ヴィーナスとドワーフを会わせる。万が一に備え、王宮の警備の強化を頼みたい」
ヴィーナスの降臨はお忍びだ。天界からの護衛はない。
星を守る守護者も居る。要人中の要人だ。警護は万全でなくてはならない。
「婿殿は会談の場に居たほうが良いですわ。警護は私たちで遣りますわ」
「ああ頼む。後、パルスも呼んでくれ。今回はドワーフの鍵の事もあるから、パルスの頭に頼りたい」
「分かった。私が呼んでこよう。疾風を使えば夕方には戻れる」
「私は軍の配備を指揮するわ」
パルムとセシルには、俺のチームの配置指示を頼む。
「分かった、坊主任せろ」
「守りを固めるのなら、パルムが適任ね」
頼りになる二人が加わり、俺達も心強い。
俺とアリスは、ドワーフとアズサ達を迎えに行く。
「ケイン、ティナは相談に乗ってくれそう?私ね、女神には良い態度取ってないから心配なのよ」
「そのことだが、少し話が変わった。ヴィーナスと言うとんでもない大物が、話をしたがっている。別件だが、そこで協力すれば、鍵の方も引き受けてくれるはずだ」
「ヴィーナスって、あのヴィーナス?」
「ああ、ティナの母親だ」
「アッチャーーーーーー。実はあの女神からは、何度も打診があったんだけど、全部スルー。印象最悪なはずよ」
「いまさら言っても仕方ないぞ。会った時に友好的な態度で、過去をごまかすぞ」
だな。それがいい。
「それから、ポセイドンも来てくれるって」
良いのか?守りは?
「侵入不可にすれば、ポセイドン以外は入れないわ。私や星の守護者でも無理。絶対な防御が出来るの」
お前も、出かける時は、そのぐらいしておけよ。
王宮の警備は、過去最大級の物に成った。
王都の軍、魔獣族、なぜかアスランの兵まで動員し、猫の子一匹通れない状態だ。
今回の会談には、カモミールの過去を知る者達も召集される。
魔王軍代表 ギー。サラ族代表アヤメさんの魂も参加だ。
会談に出るメンバーは、俺とアリス、マリーだ。
マオとターナ、ハウルは、護衛として会議室に入る。
女神側からは、ティナとエクセレント、ヴィーナス。
守護者側から、ポセイドンとドワーフ。
オブザーバーとして、科学的知識を持つトーレフも呼ばれていた。
「ケインさん、母が来たついでに、結納も済ませたいと思います」
結構重いテーマで進んでいるんだが、今、結納はありなのか?
「ダメだぞ。用意が出来てないぞ。ケインは結納の品を全く用意していないぞ」
言われてみればだ。確かに婚約の約束はしたが、結納の事は考えていなかった。
「はい。全然OKです。結納の品は、ケインさんが当家に渡す分も用意してあります。母が急ぎ済ませたいと、用意しています」
用意されたのを渡すのが結納で良いの?
「折角だから、議題に入れておくぞ」
やるんだ。
会談の時間が来た。この世界の未来が掛かる大事な会議だ。




