回帰
佐藤博人。
何処かで聞いた事のあるような名前。
平凡な名前にふさわしいありふれた人生。
ゴメンよ母さん。別に名前をディスってる訳じゃないんだ。
「はぁ……。疲れたな」
何の変徹も無い会社員の佐藤は、昨日の動きをなぞる。
疲れて帰って、
うわぎも鞄も投げ出して、
まずは労いの一杯。
「ッはー。旨い。この誘惑には勝てん!」
昔は苦く感じたこの味の、名前は"大人"と言うのだろう。
「……何考えてんだか29にもなって」
中二かな?口元だけの笑みを浮かべてみる。
「でも、現実逃避にはちょうど良いか」
こんどははっきりと苦笑いを張り付け、スマホを弄る。
「お。ラッキー。お気に入りの小説、さっき投稿されたばっかりじゃん」
……。
ふ、と。独り言が増えたな、と思う。独りだからか。
「俺にも、こんなヒロインいねーかなぁ」
あり得ないからこそ、口に出す。いや、現実的だと必死感有ってカッコ悪いし。どちらかと言うとチョロインより、ちょっとガード固い方が浮気とか心配ないっていうか……。
「……ん?」
バナーが有った。
━━あなたは選ばれました。
最近は広告詐欺含めて過激と言うか、派手なのが多かっただけに文字だけのシンプルなそれは目を惹いた。
「小説の題名か?」
勇者に、賢者に、英雄に、神に、
選ばれました。
それは人に特別感を与える魔法のような言葉。佐藤もその手の小説は大好物だ。見れば見る程、何に選ばれたのか、そもそも小説なのか。分からない。だから気になる。
えい!
「ポチッとな」
危険か?
いやいや、明らかにやる気の無いバナーだから。
まあ、俺は釣られた訳だが。
開いた先は、
「はい?」
━━あなたは 選ばれました。
あなたのスキルは【回帰】です。受け取りますか?
「……」
無言で下にスクロール。
━━【回帰】
属性・時間
消費・無し
タイプ・自動
待機・3秒
スキルを持った時点まで身体の状態を戻す。
「状態を戻す?時間巻き返し系はチートだろ。怪我どころか欠損は無かった事になるわ、年はとらないわ。どうやって倒すんだレベルの。しかも消費無しって。消費も身体の時間が戻るから無かった事になるって事か?」
佐藤は小説に感情移入するタイプだった。スキルの説明の利点を見いだしていく。
━━但し、発動まで3秒かかる。スキルは死亡した場合、発動しない。
「なるほど。こうきたか。瞬殺しろって事ね。例えスキルを持ってしまっても、死ねない、何て事も無いわけだ」
ふむふむ、と説明を読む。
━━身体に変化が起きた時点から自動で発動する。
「やっぱタイプ・自動ってそういう事か。怪我をしても3秒後に自動でって、便利だな。けど、日常生活でも勝手に発動したら隠すの大変そうだな~」
佐藤はいつの間にか自分が手に入れたら、と考えていた。
「……説明は終わりか……って!」
━━なお、このサイトにかかっている【弱精神操作】は"真実である"と認識させる為の物で、害は有りません。
「あはは。このサイトを真実だって思う奴が居る訳ない。地球人にスキルは効きませんって言い訳でもするのか?……っと。終わりか」
広告、サイトまで作ってこれだけなのが逆に笑える。いや作った奴は、これだけの事に釣られた俺を笑って居るのかもしれないが。流石にここまで怪しいと言うか、おかしいサイトで詐欺は無いだろ。本物はもっと、らしい、筈だ。
「受け取る、と」
スキルは魅力的だから、貰えるなら貰っとかないと。
━━佐藤博人はスキル【回帰】を受け取りました。定着まで暫くお待ち下さい。
「え?……は?え?」
さっきまで見ていたのと同じフォントの文字が目の前に浮かぶ。読み終えると同時に消えたそれは、頭に強く残った。
「"佐藤博人はスキル【回帰】を受け取りました"?まさか、本当にっ」
━━佐藤博人にスキル【回帰】が定着しました。
━━佐藤博人はスキル【回帰】を使用できるようになりました。
「凄いっ!指先だけ切って試して━━」
━━スキル【回帰】が発動しました。
「凄いっ!指先だけ切って試して━━」
━━スキル【回帰】が発動しました。
「凄いっ!指先だけ切って試して━━」
━━
━
…
…
━
━━
「凄いっ!……あれ?もう朝になっ━━」
━━スキル【回帰】が発動しました。
……。
「凄いっ!眩しっ?いつの間にひr━━」
━━スキル【回帰】が発動しました。
━━あなたは『廃棄スキル保持者に』選ばれました。
『狂ったスキルが押し付けられます』
あなたのスキルは【回帰】です。受け取りますか?
『はい』
『yes』
『受け取る』
身体が変化って、怪我以外にもいっぱい有りすぎるだろ、とか。脳ミソで動く地球人なら、身体が戻ったら記憶が無くなるのは当然だよね。に、基づくお話。
スキル(不思議能力)ならそこら辺融通きかせろよ、を省きました。
例え、記憶を持って戻ったとしても世界は変わらないし、自分だけが成長しないまま。欠損はともかく鍛える事が無意味で何処まで頑張れるか。