第八話 ホームレス小学生、日本へ行く ④
水面を走り続けて20日目。
ようやく大陸が南西向きに沿っていくようになってきた。
もう少しで日本だ。見逃さない様に注意しよう。
俺は今まで、ただ只管走っていた訳ではない。
自分の体について色々と考えながら走っている。
というのも、走り続けることに慣れてしまいぶっちゃけ暇なのだ。
今、俺の横ではイルカがジャンプをしながらついてきている。
空中で「遊ぼうよ~」と、言いたげな、キラキラした瞳で俺を見てくるが、「はいはい。かわいいね~。また今度ね~。」と思いつつイルカを追い越していく。
もちろん、イルカは俺のスピードにはついては来れない。
スピードを緩めると沈んでしまうし、珍しい生き物にも見飽きてしまったのだ。
今はそれよりも早く日本に帰りたい。
しかし、ただ走っているのも暇なので、この不老不死の体について考えているのだ。
まず、俺の体は疲れないし、怪我をしても直ぐに再生する。
これって連動しているのではないかと考えた。
普通は筋肉を動かすと筋繊維がブツブツと切れる。
そして、この筋繊維の数というのは、人間は皆同じ本数であるらしい。
その切れた筋繊維は、睡眠により筋肉の超回復という現象が起き、くっついて更に太く丈夫になるというのが常説だったはず。
それによりマッチョになるのだが……。
しかし、俺は睡眠をとっていない。
怪我をしても直ぐに治る体なのだから、恐らく俺の場合、動かしているその場で切れた筋繊維が回復していると思う。
更に、回復時に太く丈夫になっている気がする。
というのも、今の俺は、子供の体の割にボクサーの様な細マッチョなのだ。
生まれ変わった当初はもっと、ふっくらした体だったはずだ。
しかし、今の俺の腹筋はバキバキで、特に太ももが発達していた。
今の俺は、体を動かせば動かすほど、リアルタイムでマッチョになっていくのかもしれない。
このままだと、筋肉人間になり、折角の可愛さが損なわれてしまう。
(日本についたら、なるべく動かずにまったりと過ごしていこう)
「アハッ」
「アハハハハッ」
「アハハハハハハハハッ」
日本に帰った時のことを思い、なぜか大笑いしてしまう。
(寝てないせいか?走り続けているせいか?なぜかずっと気分が高揚している……。 頭がおかしくなってきている……、 笑いが止まらない……)
「アハハハハッ」
「アハハハハハハハハッ」
(今更ランニングハイだろうか? いや、恐らく俺の精神は昔のままで強靭ではないんだろう。
精神的に限界が近い……)
水面を走り続けて25日目
さっきは右側に大陸が見えていた。
試しに左側によって見ると左にも大陸が見えた。
あれはサハリンかもしれない。
もしサハリンであれば、北海道もう少しで北海道なのだが……。
「アッハハハハハハッ」
「ウッヒヒヒヒヒッ」
「テッテレー!」
「アッハッハッハッハッハッ」
もはや俺の精神は限界を超えていた。
なぜかふと頭によぎった「テッテレー!」という言葉が、妙にツボッてしまい笑いが止まらない。
「アッハッハッハッハッハッ」
「テッテレー!」
「ブッハッハッハッハッハッ」
(今の俺なら「テッテレー!」の一発ギャクでお笑い芸人として売れる!)
なぜか、確信として捉えていた……。
(日本に戻って「テッテレー!」を動画配信したら絶対成功する! パンチパーマにして、細めのサングラスをかけて、服は……金色がいい! 看板を持って事故にあった人に向かって看板を掲げるのだ! 出した時にこの「テッテレー!」を流す! これヤバイ! 絶対売れる! 芸名は……『ジコダロウ』! 看板の文字は……そうだなぁ、ドッキリ大成……功…………テッテレー……これ、既にあるな……………… )
音源の元に辿り着いた俺は、もう頭がおかしくなっていると自覚した……。
水面を走り続けて27日目
サハリンと思われる島を過ぎて暫く南下したところで、再び左側に大陸が見えた。
(ようやく……、やっと帰ってきたのだ。日本に……。きっと、あれは北海道だ……。そうであってほしい……。)
目の前の大陸に歓喜しながら俺は今、泣いている……。
涙と鼻水を垂らしながら……。
時速100km/秒以上というスピードなので、涙も鼻水も風圧で横に流れながら泣いている。
あと少し……。
あと少し…………。
どんどんと大陸が大きくなり、日本に近づいていることがわかる。
残り少ない精神力に活を入れてラストスパートをかける。
正面の大陸のみがはっきりと見えて、横の視界が霞んでいく。
更にスピードを上げて行き、周囲の霞みが大きく広がっていく。
ふと後ろを見ると10mぐらいの高さで間欠泉の様な水しぶきが上がっていた。
俺が走ることで水しぶきが上がっていたのだ。
それに驚き、波に足を取られてしまった。
「ブベッ! ――ぶほっ! ――あばばばばっ!」
このスピードでこけると、水面がコンクリートの様になり、体が何度もバウンドしてしまう。
シャチホコの格好で顔を水面に打ち付けて、スライディングしてしまった……。
とても痛い……。
少しの間、仰向けで浮いていたところに高波が俺をさらう。
すると、そのまま砂浜に打ち付けられた。
顔はまだ少し痛いが、でも今はこの痛さも心地いい。
俺はとうとう、日本に着くことができたのだ!
(長かった……。とても長かった……)
「やったった……! ……俺、やったった……!!」
暫く仰向けのまま砂浜の上で涙を流し、呆ける。
しかし、ここはまだ日本だと決まった訳ではない。
(誰かに話しかけて日本語が通じるか確認しなければ……。)
そんな時、俺の頭上から声がかかった。
「おんめぇ、こんなとごでなぁにしてぇんだぁ~?」
カーキ色の毛糸の帽子をかぶり、紺色のジャンバーを着て釣竿とバケツを持った爺さんが、俺を見下ろして声を掛けてきた。
(やった! よかった!! 日本語だ!!!)
ほっと、胸をなでおろす。
仰向けのまま、念のために訪ねてみる。
「ここはどこですか?」
予想では北海道の何処かだ。
ただ、どこら辺なのかまでの検討は付いていない。
「おんめぇ、あぁだまでもうっだか?だぁいじょうぶなのがおめぇ。」
「いや……、ここは、どこですか?」
「さっぎ、ドパーって水が上がっでたけど、あんれおめぇなのが?」
「いや、だからここは……」
「なんだか、人が飛んでだようにも見えたべさ?」
(どうしよう……。 日本語のはずなのに通じない……。答えが返ってこない……)
(ここ……、日本だよな?)
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