プロローグ バレンタイン1週間前
バレンタイン短編の第1話です。
全部で5話になります。
『さあ、バレンタインまで残すところ1週間となりました。今日の特集は、そんなバレンタイン商戦の最新事情に迫って行きたいと思います……』
テレビから流れてくる女性アナウンサーの声を聞き流しながら、俺――五家宝悠介はトーストを頬張る。
バレンタインデー、日本においては、女性が男性にチョコレートを贈ることで想いを伝える日。全国の男性諸君がそわそわと落ち着きをなくす、年に一度の重大イベントである。
「まあ、俺には関係ない話だよなあ……」
彼女いない歴=年齢の俺にとっては地獄のような日だ。毎年、淡い期待をいだきつつも玉砕を繰り返している。今年の収穫も演劇部の仲間からもらえる義理チョコだけだろう。
やはり見た目がいけないのだろうか? 特別不細工というわけでもないし、太っているというわけでもない。しかし、180cmという高めの身長と鍛え上げた筋肉のせいか怖がられてしまうのだ。特に初対面の女の子は必ずと言っていいほどびびる。
「そうでもないんじゃない? 今年こそはもらえるかもよ?」
向かいの席に座りつつコーヒーを飲んでいるのは俺の姉ちゃん――五家宝柚希だ。市内の大学に通っている姉ちゃんは、いかつい俺とは違ってモデルのようにすらっとした美人さんだ。これは決して身内贔屓というわけではなく、実際に姉ちゃんはモテる。男性にも女性にも……。
「毎年たくさんもらってる人は言うことが違うよなあ」
「あら、今年はチョコいらないのね? せっかくだし演劇部の後輩ちゃんたちにも言っておくわ」
「ごめんなさい、それだけは勘弁してださい」
義理とは言え、貴重なチョコを人質に取られては白旗を上げるしかない。姉ちゃんは俺と同じ高校の演劇部出身で、今でもたまにOGとして指導に来てくれるのだ。
「しょうがないから許してあげる。それよりこれ見てみなさいよ」
そう言って指差してのはバレンタイン特集を続けているニュースだった。
『最近では義理チョコ、友チョコ、自分チョコ、さらには男性の方から贈る逆チョコなんてものまであるんですねえ……』
「もらえないなら自分から渡せばいいのよ! これなら関係あるでしょ?」
どうだと言わんばかりのキメ顔をしながら姉ちゃんはマグカップを置いた。もはや言っていることが無茶苦茶である。
「そもそも誰に渡すんだよ。演劇部のみんなか?嫌だよ、めんどくさいし」
「ノンノンノン。甘い、ミルクチョコレートよりも甘いわよゆうくん」
「いや、意味わかんないし……」
ノリノリで人差し指を降るその姿には苛立ちしか感じないが、ここはグッと我慢する。正直高校生にもなって「ゆうくん」と呼ばれるのには抵抗があるが、それを言ってしまうと今度こそ貴重な義理チョコを失ってしまう。それだけは避けなければいけないのだ。
「……それで、誰に渡すって言うのさ」
「部活仲間に渡すだけじゃあ男の子から渡してもただの義理チョコよ。逆チョコってのは男の子が好きな女の子に渡すものなの、おわかり? 好きな子いるんでしょ?」
「……ハハハ、スキナコナンテイナイデスヨ」
そんな馬鹿な……! なぜ姉ちゃんがそのことを知っている……! このことは信頼のおける数人にしか話してないんだぞ。わかった、カマをかけてるんだな。どうせお得意のハッタリに違いない。ここは白を切り通せば……。
「……同じクラス」
姉ちゃんが小声でつぶやく。冷や汗が止まらない。
「カマをかけたって無駄無駄。そもそもそんな大きなくくりじゃあ……」
「手芸部」
なんだか体が震えてきた気がする。おかしいなあ、部屋の暖房ちゃんとかかってるはずなのに。
「小柄で笑顔のかわいいクラスのマスコット。チャームポイントはツインテール。友達も多くいつも周りには人が絶えない」
おかしい、姉ちゃんはまるで特定の誰かのことを言っているみたいじゃないか。
「出席番号22番、その名前は……」
「わかった、わかったから! 降参、降参です!」
「素直に認めなかったから、罰ゲームとして後片付けよろしく」
そう言って姉ちゃんは台所に食器を起きに行ってしまった。
吉原杏――それが俺の好きな女の子の名前だ。
次話は明日、2月12日に投稿します。