完食のからあげカレー
「あんたは何でそういうこと言うかな!」
僕が大学の食堂で一人カキフライ定食をついばんでいると、隣のテーブルに座っていたカップルらしき二人の男女が、喧嘩をし始めた。お互いの弱みを言葉にして大声で言い合い、なるほどこの人はこんな性癖があるのか、とか、この人は実はこう見えて泣き虫なのか、とか意外なことを話していた。
何だか聞いてはいけないような気がするけれども、本人達が人前で罵り合っているのだから、仕方はなかった。幸いこの時間帯の食堂は空いていて、ほとんどが午後の授業を受けている最中だろう。
「あんたのその、すぐに人を悪く言う癖、やめた方がいいわよ。だから、今まで女に逃げられ続けてきたのよ」
「はあ? 俺がお前にいくら金出してやったと思ってるんだよ。調子がいいんだよ、この貧乳まな板!」
「何ですって……今あなた、絶対に言ってはいけない10のことの、一つを言ったわね。もうあんたの朝ごはんは作ってやらないわ。別れましょう」
「いいよ、別れてやる。てめえみたいな貧乳は、男に金ばかり絞られていればいいんだ」
「な、何ですって! 私だって絞れば、いくらでも――」
「やめたやめた、俺はもう行く。じゃあな」
男はすぐにバッグを肩に掛け、憤然と去って行ってしまった。代わりにテーブルに残されたのは、彼の食べようとしていた、からあげカレーだけだった。僕は貧乏な学生暮らしで、奮発してカキフライ定食を食べていたのだけれど、そのからあげカレーはまだ手が付けられていなかった。
お味噌汁を全て飲み終え、平らげてしまったけれど、この三日間まともなものを食べたのは今が初めてだった。そのからあげカレーがもくもくと湯気を立てているのを見ると、思わず唾を飲み込んでしまった。全く、見境もないというのはこのことだ、と僕はそんな自分自身に苦笑してしまう。
「なんでよ……私が何をしたって言うのよ」
その貧乳の彼女は俯きながら、今にも涙を堪えている。彼女はしばらく嗚咽を零していたけれど、すぐに自分の味噌ラーメンを食べ始めた。味噌ラーメンは、彼女の失恋よりも、彼女にとって大切なものらしかった。実際、ものの五分で全てどんぶりを空にしてしまった。
「あんな奴、さっさと女に騙されて、貧乳の有難さを身に沁みればいいのよ」
彼女はどんぶりの上に割り箸を置きながら、ああいやだいやだ、と首を振りながら、その場を去って行った。
残されたからあげカレーは、前よりは湯気の量が少なくなっていたけれど、まだまだ美味しそうに皿の上でたゆたっているように見えた。勿論錯覚だけれど、僕はまたも唾を飲み干してしまった。
僕がそろそろと立ち上がり、隣のテーブルに移ろうとしていると、そこでふと、立ち去りかけた彼女がふと足を止めた。そして、くるりと振り返り、「よし」と大声で叫んだので、僕は危うくすっ転びそうになった。
「あのからあげカレーも、私が半分奢ってあげたんだし、せっかくだから食べておこっと」
僕の隣を素通りし、彼女は元彼氏が座っていた席に腰を下ろすと、物凄い勢いでカレーを掻き込み始めた。まるで彼氏との思い出を噛み砕いているように、眉を逆立てながら食べ続ける。
僕の目の前でからあげカレーが見る間に無くなっていく。やがて彼女はスプーンを皿に置き、うまかった、とゲップを一つ零した。そしてすぐに立ち上がると、憤然と去って行く。
「新しい恋を探さなくちゃね」
彼女は小さくそう零しながら、いやだいやだ、と首を振りながら食堂を後にしていった。僕は自分の席に座り直し、あの彼女は恋よりカレーの方が大事みたいだな、と何とも残念な気分になっていた。
そして、再び足音が聞こえて振り向くと、何とあの彼氏が忍び足でテーブルに戻ってきた。そして、その空の皿を見つめて絶叫した。
「あの野郎、俺のカレー食べやがったな! 俺が半分金出したのに、半分残さずに全部食べやがった」
そういう問題かよ。