冬
―1月1日 月明かり
いま、年が明けた。またあの人と過ごす一年がめぐってきたのである。
わたしはそれを、嬉しいと思う反面悲しく感じている。
なぜなら、新年早々後ろ向きなことを書いてしまうけれど、今年もあの人がわたしになびくことはないだろうと思うから。だって、あの人は
いや、それをここに書くのはよそう、わたしにとってあまりに酷すぎるから。
今年もわたしの大切な人たちにとって、よい一年になりますよう。
ろうそくの灯りだけが灯る小さなカフェの店内で、キビは日記を閉じた。ろうそくの灯がかすかに揺れた。
つい先ほど新年を迎えたばかりの王都は闇と静寂に包まれていた。これがこの王都においての新年の習わしであった。師走の頃、王都は様々な照明やオーナメントできらびやかに飾り付けられる。それはひと月をかけて次第にその豪華さを増していき、そして年を越す瞬間に全ての光が一斉に消灯されると、王都は一瞬で闇と静寂を迎えるのである。その闇と静寂の中で人々は、ろうそくの灯りを頼りに厳かに新年を迎えるのであった。
幸い今年は月が出ている。月明かりが闇を照らすろうそくに力を貸してくれているのだった。キビは一番奥のカウンター席から月明かりに照らされた店内を眺めた。いくつかのカウンター席と2席のテーブル席があるだけのこじんまりとした店内。キビは窓際のカウンター席に目をやると、ぎゅっと唇をかみしめた。いつもそこに並んで座る2人の光景を思い出したのだった。それは、微笑ましい光景であり、またキビにとっては心を締め付ける光景でもあった。
そうしていると、窓の外にろうそくの灯りが見えた。キビが灯りを目で追うと、灯りは窓を通り過ぎ、扉の前で止まった。
「こんばんは」
甲高い鈴の音と共に、扉を開けて入ってきたのは手燭を持った、髭をたくわえた常連客だった。キビは常連客に笑いかける。
「いらっしゃい、ガラルドさん」
ガラルド、と呼ばれた常連客は暗がりの中でにこりと微笑むと窓際のカウンター席へとまっすぐに歩いていく。
「おばあちゃん呼んでくるね」
「ああ、いや、いいんだ」
座っていたカウンター席から降りて、カウンターの中へ入ったキビを、ガラルドが制した。微笑んだガラルドの顔が、手燭のろうそくの灯りに照らされる。
「キビに会いに来たんだよ」
キビはガラルドの言葉に目を丸くして、それから目を閉じた。
「強がり言っちゃって、でも、うん、おばあちゃんをわざわざ起こすのもしのびないし、私でよければお相手しますよ」
ふふと笑ってそう言ったキビに、ガラルドは困ったように笑う。
「強がりじゃ、ないんだがなあ」
ガラルドのつぶやきは、カウンターの中でマグカップを用意し始めたキビには届かなかった。