命の尊さ
トントントン。
次の日の昼、サーシャは2階にあるリントの部屋をノックしていた。
「リント。何かあったの?昨日も今日もご飯を食べに来ないなんて」
返事はない。
「ねぇ。聞いてる?心配しているのよ・・・」
やはり返事はない。
「・・・ゴラァー!テメェ聞いてんのかぁーー!この超絶美少女エルフのサーシャ様が心配してやってんだろぉがぁーーー!」
バァーン!
ドアが粉々になり吹き飛んだ!
サーシャが部屋の中に入るとリントはベッドの上で蹲り泣いていた。
「・・・何があったか知らないけどご飯は食べなさい。私の部屋に食事を用意してあるから、その鼻水だらけの服を着替えて降りて来て。私の部屋はカウンターの奥あるわ」
サーシャさんはドアを粉々にした後とは思えないような優しい声だった。
「は、はい・・・すいません・・・。」
リントは捨てられた子猫のような返事をすると着替えてサーシャの部屋へ向かった。
トントントン。
「し、失礼します」
「どうぞ」
サーシャの部屋はリントの部屋と比べて別世界だった。
リントの部屋は6畳ぐらいの広さで簡素な物入れとベッドがあるだけの部屋に対しサーシャの部屋はその3倍の20畳ぐらいはある。部屋の壁一面には様々な種類の剣が飾ってある。小さい剣から特大の剣。綺麗な装飾が付いている剣や禍々しい剣まで。リントが渡したゴブリンの剣も飾ってある。部屋の中央には8人掛けの豪華なテーブルが置いてあり、部屋の端には本棚やソファーが置いてある。ベッドは見当たらないので恐らく寝室は別にあるのだろう。ただの宿屋の主人とは思えない豪華さだ。
「座って。食事を持ってくるから」
「は、はい。失礼します」
それにしても凄い剣の数だな・・・。
あのデカい剣って誰が使うんだろう・・・。
「お待たせ」
サーシャさんは肉や野菜が載った大きな皿を持ってきてくれた。
「おお!肉!」
サーシャさんが持ってきた料理は言ってみればステーキのようだった。
「あなた肉が好きなんでしょ?マリーから聞いたわ」
「はい。でもこれ食べても良いんですか?肉はかなり高級品だって聞いたんですが・・・」
「大丈夫よ。気にしないで」
「あ、ありがとうございます!いただきます!」
そういうとリントは夢中で食べた!ナイフが置いてあったが、直接フォークで肉を突き刺してかぶりついた。甘酸っぱいソースが口に広がり絶品だった。
「うまっ!」
「フフ。そんなに急いで食べなくても誰も取ったりしないわ」
この時、俺はサーシャさんの笑顔を初めてみた。普通に笑ってくれる人なんだな。
めちゃ綺麗だし。とても先ほどドアを破壊した人と同一人物だとは思えない。
そんな事を思いながら食べているといつの間にかステーキは皿から消えていた。
「ご、ごちそう様です。すごく美味しかったです」
「良いのよ。今日は特別・・・それより何があったの?話してくれる?」
美人にそんな真剣な顔されたら話さない訳にはいかない。俺は昨日のビッグタートルとの出来事を話した。自分の卑劣さや残酷さを包み隠さず全てさらけ出した。
「・・・落ち込んでいる理由は分かったわ。それであなたはどうしたいの?」
「お、俺はもう冒険者は出来ないかもしれません。魔物を殺すなんて事はもう・・・」
「ふ~ん・・・じゃあ残った1頭は誰が倒すの?漁師が困ってるんでしょ?」
「そ、それは・・・たぶん他の冒険者が・・・」
「・・・そうかもしれないわね。でもあなたはそれでいいの?一度引き受けた依頼を投げ出すの?」
「・・・・・」
・・・・リントは返す言葉がなくうつむいた。
「・・・まぁいいわ。質問を変えましょう。リント。あなたが今食べたものは何?」
「に、肉です。」
「そう。肉よ。その肉はどうやって食べれるようになるの?」
「何か・・動物の・・・」
「・・・そうよ。動物を殺して、食べれるようにして食べるの。じゃあ何で私たちはそれを食べるの?」
「・・・い、生きるため?」
「そう!分かってるじゃない。私達が生きていくためには全て何かの犠牲の上に成り立っているわ。魚や植物も同じよ。あなたが言っている事は偽善だわ。それともあなたはこれから何も食べないで生きていくつもりなの?」
「・・・・・」
返す言葉がない。
俺が俯いているとサーシャさんが抱きしめてきた。
「リント・・・あなたは優しいのね。でもあなたは命の重さ、命の尊さを知って悔やんで泣いた・・・その気持ちがあればそれで充分よ」
「うぅっぅ。クッ・・・」
また涙が溢れてきた。
サーシャはリントが泣き止むまで背中をさすり続けた。
「リント。よく聞いて。世の中は常に非情よ。弱い者が死に。強い者が生きる。悲しいけどこれが現実なの。でもリント。あなたには優しい心と強者に立ち向かう勇気がある。冒険者なら弱者を守らなくちゃ!漁師が困ってるんでしょ?」
「はい・・・。」
「じゃあ涙を拭いて顔をあげて」
「はい・・・ずびまぜん」
リントは涙を拭って顔をあげる。
「・・・サーシャさんはどうして俺なんかに優しくしてくれるんですか?まだ会って間もないのに」
「そうね。何でかしら・・・リントがあの人に似ているからかもしれないわ」
「あの人?」
サーシャさん少し悲しげな目をした。
「・・・今日は特別に話してあげる。実は私も冒険者だったの」
「え!?そうだったんですか?」
ただの宿屋の主人とは思ってなかったけど・・・。
「そう。今から60年ぐらい前の話よ。その時代には巫女様が異世界から召喚した人間の勇者がいたの。その勇者にリントはなんとなく似ているの」
「そうなんですか・・・勇者とは知り合いだったんですか?」
「知り合いも何も私はその勇者の奴隷だったの」
「・・・え?・・・ど、奴隷---!?」