命の重さ
今日は新しいクエストを受けようといつも通りに冒険者ギルドに向かった。
「リントさん~!おっはようです~!今日もゴブリンですか~?」
そりゃ毎日狩ってたけども・・・。常連みたいに言うな・・・。
「今日からはFランクのクエストを受けようと思ってね。何か良いのある?」
「そうですね~。これなんかどうですか~?緊急クエストなので報酬とギルドポイント高いですよ~!」
マリーはそういってウィンドウを表示させる。
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ランクF
ビッグタートルの討伐(2頭)
場所 ヴェネの町東側の浜辺
クエストクリア報酬 ¥3500リェン
ギルドポイント 500P
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「緊急クエストって?」
「その名の通り!緊急にお願いしたいクエストです~!浜辺に魔物が現れて漁師が近づけなくて困ってるんです~!ゴブリンをソロで毎日20匹倒せるリントさんなら楽勝でしょ~!」
「もしかしてこれクリアしたら、もうランクUPするんじゃない?」
「そうですね~!FランクならギリギリでランクUPしますよ~!リントさんは孤高のソロリストなので報酬もギルドポイントも1人じめですからね~!」
「マジか!!よっしゃあ!やってやる!」
・・・好きでソロやってる訳じゃないけどね。
リントは早速、町の東側にある浜辺に向かった。町の近くの街道には魔除けの魔導器が設置してあるので街道には滅多に魔物は現れないらしい。そのためリントは魔物に遭遇することなく浜辺付近に着く事が出来た。
「・・・お!いたいた!あれ?1頭しかいないぞ。本には2頭で行動してるって書いてあったのに」
初心者の心得によるとこうだ。
ビッグタートル・・・・・夏が近くなると浜辺に現れる魔物。危険を察知すると甲羅の中に隠れる。甲羅は非常に硬いため、普通の武器では傷1つ付かない。物理攻撃をするなら手足と頭。産卵のため2頭で行動している。2足歩行可能。体長はおよそ2m〜4m。
この情報を頭に入れつつ物陰に隠れながらビッグタートルに近づいた。
近くで様子を見るとどうやら産卵中みたいだ。
雌かな?
そう思いながら言霊を飛ばした。
オーラは・・・緑だ!
「水治癒」
持続回復の魔法を唱えて俺は剣を構えた。音を消し、背後からゆっくり近づくと四つん這いのビッグタートルの頭に目掛けて剣を突き刺す!
「クェェ!」
手応えはあった。血しぶきを上げながら悲鳴を発しているがまだ死んでいない。
オーラが赤くなるとビッグタートルは大きな手で右フックしてきた。
「ぐぁ!」
何とか剣でガードしたが、俺は回転しながら吹っ飛んだ!もの凄い衝撃と激痛が体に走る。
肋骨が1.2本折れたかもしれない。
剣も落としてしまった。
「ハァハァ。やっぱり一筋縄じゃいかないか」
間髪入れずビッグタートルが突っ込んできたが間一髪で躱せた。
危ねぇ!でもこのままだと殺られる!
リントがそう思っているとビッグタートルの様子がおかしい・・・リントの後ろの方を気にしているみたいだ。
ん?なんだ?
不思議に思ったリントは後ろを振り返る。卵だ。どうやら卵の心配をしているらしい。
リントはある考えを思いつく。
一か八か・・・やるしかない!
リントはすぐさま後ろを振り向きダッシュし、落ちた剣を回収。そして素早く卵に向かって走り出す。ビッグタートルは不意をつかれたのか反応が遅い。3秒遅れてリントの後を追った。しかしリントの方が早く卵に到着。そして卵に剣を振りかざした。たまらずビッグタートルは卵を守ろうとリントに体当たり。
「クェェェェ!」
悲鳴をあげたのはビッグタートルの方だった。
ビッグタートルは自分の身に何が起こったのか分からないまま命を落とした。
「ハァハァ・・・」
リントは卵を斬りつけるフリをして卵には危害を加えず、体当たりしてくるビッグタートルの頭を目掛けて剣を投げつけていた。剣は頭を貫通し今度こそビッグタートルは絶命した。
普通なら剣を投げつけてもまず当たらないだろう。当たったとしても大したダメージは期待出来ない。しかし、獲物が一直線に向かってくる事が分かっていれば話は別だ。走ってくるビッグタートルの反動を利用して投げつけた剣の威力を増したのだ。
リントはその場に座り込み水治癒を唱えた。1発体当たりを受けただけだが、HPは僅かしか残っていない。予め水治癒を唱えていなければ、剣を投げる事も出来なかっただろう。
そしてリントはようやく立ち上がりギルド証を取り出そうとした瞬間に遠目に魔物が見えた。
ビッグタートルだ!さっきのより一回りデカい。きっと雄だ。
こちらに向かって来ている。
本能が逃げろ!と言っているのが分かった。
MPも底を尽きかけているのでリントは剣も回収せずに急いで逃げだした!
・・・先ほどの現場から500mぐらい離れたところで不意に雄叫びが聞こえた。
「グオォォォォォ!」
こちらに気づいたのかと驚いたが違うみたいだ。
さっき俺が殺したビッグタートル雌の死体を見ながら悲鳴を上げているようだった。
・・・・・・ふと気がつくと俺はいつの間にか宿に着いていた。
「お帰りなさい。早かったわね・・・あら?どうしたの?そんな暗い顔して」
「いや。なんでもないんです・・・」
俺は心配してくれているサーシャさんを横目に部屋へ向かった。
俺は・・・何てことを・・・ッ!
気づくと目から涙が零れ落ちていた。
ビッグタートルと戦う前までの戦闘はどこかゲーム感覚であった。
自分の命の危険を感じる事はあったが魔物の命の事などは考えた事もなかった。
魔物を倒せばドロップアイテムになるしお金も貰える。
しかし今日の戦闘で思い知った。これはゲームではないと。
人間に置き換えれば、夫が家を留守にしている間に妻が何者かによって殺され赤ちゃんが泣き叫ぶ。
その家に夫が帰ると思いもよらない妻の死体を見て泣き崩れる。
そのような光景だった。
しかも、リントはその赤ちゃんを人質にして母親を殺したようなものだ。
気分は最低だった。
何が言霊だ!生物と意志疎通が出来るだって?冗談じゃない!クソ!クソッ!
ビッグタートルの悲痛な叫びが頭から離れない。
リントは自己嫌悪に苛まれながら泣き続けた。自分の愚かさと残酷さを噛みしめながら・・・。