白とキャンパス──あの日の景色──
お題:宵祭り・君の隣で窒息死
遠く見上げる空は、一面を雲が覆っていた。冬の寒さを彩るように、重く、低く。雪でも下りてくるんじゃないかと思うほど。
校門で先輩を待つ私は、冷たくなって、痛みすら感じる耳を、庇うようにマフラーを巻き直した。吐き出す息が、ふわり。白い煙となって、浮かんでは消えていく。どれくらい待ったかな? 先輩は、まだ来ない。
「……キャンパスみたい」
空を見つめたままの私は、ポツリと呟いた。一面の白い雲に、重なるそれ。不意にいつかの景色が、身体中を駆け巡った。
まっ白なキャンパスの上で大きく動かす一本の筆。あの日重ねた色は、何の色だったっけ?つい最近の出来事だった筈なのに、あの時間があまりにも輝きに満ちていて、今となっては、よく思い出せない。
「神社でやる祭りの前夜祭の事を、宵祭りというんだよ。そう言うだけで、ちょっと雰囲気かわるよね」
文化祭前日。作品の提出ギリギリまでキャンパスと格闘していた私に、先輩は呑気そうに声を掛ける。
黒髪の綺麗な細身のその先輩は、声が酷く印象的で。
低く静かに紡ぎ出されるその声に私は、入部早々恋に落ちてしまっていた。
私は、筆を止めて先輩を見つめた。
先輩は、素知らぬ顔でどこか遠くを見ているようだった。
「なんだか、風流ですね。どこかの神社で宵祭りがあるんですか?」
「うん。隣町の神社の秋祭り。結構盛大にやるんだよ。知らなかった?」
「……すみません。この辺のことは、よく知らなくて」
おそらくその祭りは、先輩の地元の祭りなのだろう。遠距離通学の私には、先輩の話はピンとこなかった。それよりも、目の前の作品に集中したかった私は、曖昧に首を傾げた後、集中するようにキャンパスを睨みつけた。
とにかく先輩の声はずるいのだ。一瞬にして、私の動きを止めてしまう。
なのに。
「一緒に行かない?」
なんて。
「へ?」
再び私の手は、止まってしまう。
思いがけないその言葉は、私の集中力を一気に吹き飛ばしてしまった。
一瞬の沈黙。──先輩が笑った。
「顔、真っ赤」
「え、あ。その……」
私は、慌てて筆とパレットを傍らに置くと、火照った頬を冷やすように頬に両手を当てる。すると、私の方へと歩み寄っていた先輩が、私の隣で立ち止まった。
「そこの神社。学業の神様祀ってるんだよ。俺の受験合格。一緒に祈ってくれない?」
わざわざ耳元に口を近付けて、ゾクリとするその声で先輩は私に囁きかける。先輩の隣。それだけで窒息死しそうになっている私に、その声がとどめを刺したのだ。
私は、頬に手を当てたまま大きく頷く。
「行きますっ! どこまでもお供します」
部室に大きく響く私の声に、先輩はクスクスと笑った。
あれから、数か月。
部活を引退し、受験モードに入った先輩とは、頻繁に会えなくなってしまったけど、メールや電話で時折連絡出来ているから、寂しくはない。
けれど、冬休みの間は会えなかったわけで。
今日は、始業式。なんだか久しぶりに顔を合わせる先輩を待つ私は、酷くドキドキしている。
何を話そうかな。空に広がる雲を見つめながら、そんなことを考えていた時。
「お待たせ」
隠していた耳元のマフラーが、不意に下ろされる。
同時に耳元で、先輩のゾクリとする声が響いた。
フリーワンライ6回目
こういうのも書き初めっていうんですかね(笑)
新年初めての物書きです。
前回同様、一人称に挑戦中です。
前回は男の子目線だったので、今回は女の子目線で。
そして今回は、登場人物の名前が出ない。
名前考えるのって、毎回苦労するんですよね。
この際だから、フリーワンライの名前は全部統一してやろうかと思うくらい(笑)
案外名前なくてもいけるものですね。