ノェウ防衛戦Ⅳ
――ノェウ居住地区
都市の落下速度は、いまだに早くなっている。
少し早めのエスカレーターのように、雲の間を抜けていく。
インテリジェンスの多くは、自らの羽で上空に舞い上がり、エアフィルターの近くにまとまっている。そのに出るのは命取りになるので、落下の衝撃を避けられる程度の飛行をしているのだ。
もちろん、町人の多くが空を飛べるわけもなく、議事堂などの丈夫な建物に避難しようとしているが、バランスは保っているとはいえ、揺れる地面を歩くのも困難の様だ。
いよいよ魔導エレベーターを目視できる所まで、落ちてきていた。
しかし、恐怖を感じる事はない。
自分を信じているというのは、嘘になる。
自分の業の深さを考えていた。
周辺の森から、鳥たちが一斉に飛び立ち。
町の人々の混乱がピークに達し、瞬きをした瞬間。
世界は、星々に囲まれ、都市は激突する地面を失った。
上も下も無い世界。
しかし、次の瞬きを終えると、都市は黄昏時を終え、薄暮をむかえた元の世界へと帰ってきた。
衝撃などはなく、ただ大きな岩の塊にのった都市が、地面に置かれていた。
自分たちが無事であった喜びに、町は歓喜している。
僕は、上空を見上げていた。
薄暗い世界に、星のように輝く、インテリジェンスたちのハロ。
一段とまばゆい光が、エアフィルターを突き抜けこちらに飛んできた。
それは、太陽のように明るく、美しく、強い。
「久しぶりの外は気持ちいいかい?」
その者は、美しい顔をややしかめて
「慌てふためいている姿が見れると思ったから、急いで飛んできたのに、何だ余裕そうじゃないか。つまらないな~」
子供が、悪戯を失敗してしまった時のような顔をしながら拗ねている。
「クンヘル、僕は君に頼ってしまった。出会って間もない君に……。それに、君のその力を利用してしまった。許してくれとは言わない、皆を守ってくれてありがとう」
その者、クンヘルはいつもと違い。ショート丈で襟の付いたタンクトップのような服装。白を基調にし、襟などの淵は金属で装飾されている。肩は露出し、二の腕の中間くらいまで白い鱗が張り付いており、その先は長く鋭い鍵爪になっている。スパッツに、細い前掛け状の鎧。レッグリングなどの宝石のついたアクセサリーを身に着けていた。
大きな特徴は、頭の上のハロと、腰から翼が左右合わせて4枚、背中から竜の羽がはえていた。魔人化していた。
「利用されることには慣れている。誰にそうされるかが重要だと今日分かったよ」
「どうゆうことだい?」
「なんでもないよ。それよりノェウ周囲に、千の影が迫っているけど、どうするかね?」
「テロリストのお友達かな?」
「ノェウの兵士は、生き残った市民を救出しているから、防衛することができなそうだよ」
「なら僕の出番の訳だな」
「ベヘモトにも勝てなかったくせに?」
「みっ、見てたんだね?」
「ふふふ、ここは最強のクンヘルさんにお任せだよ」
僕の言葉は無視して、ドヤ顔をする。もちろん胸も張っているので、ありがたや~ありがたや~
「世界の輪郭を作るのは何だと思う?それは、『光』だよ」
「だから、君は世界を作る事が出来るんだね」
「そう、光竜の力で輪郭を作り、インテリジェンスの知性や感性を加えて、その空間を形成する」
「まるで神様みたいじゃないか」
「けして無から有は生み出すことができないから、正確には違うけどね」
「十分尋常じゃない力だけど」
「まあ、その力で、架空の世界を作り、都市をキャッチしたわけなんだけれどもね。
それでは、さっさと片づけるから、君はそこで見ているといいよ」
「おっおう……おなしゃす……」
【光被】
千の敵が、映像として現れる。
一度にこれだけの索敵能力は脅威だ。
「プロの引きこもりは、コミュ力の代わりに、外敵への索敵能力が高いのだよ」
カッコいいが、中身はダサい台詞を、ドヤ顔で言い放つ。
【妖光】
彼女のハロと羽が怪しく、そして仄かに光を放つ。
彼女の作り上げた空間に、千の軍勢が迷い込む。
彼らは、方向を失った。
ここがどこなのか、上なのか下なのか、左なのか右なのか。
彼らは、亜人のリザードマンであり、各々が屈強な戦士である。
しかし、そんな彼らでも、この幻影を看破する事が出来なかった。
軍は混乱におちいり指揮系統が、完全に機能しなくなった。
どんな強力な軍隊でも、統率がとれなければ、集団としての力を発揮することはできない。
多くの兵士が意識を失い。意識を失わずとも、ほとんどの者が朦朧としている。
たった一人で、千の軍勢を翻弄する。
朦朧としながら兵士たちは、退却を開始する。
「骨がないね」
唖然とするしかなかった。
相手を傷つけずに、
「強大な力じゃのう」
一通り救助を終えたノゥエが突然現れた。
「同胞よ、その力を我らの為にふるってみぬか?」
「同胞とは都合のいいことを」
「我らインテリジェンスこそ至高の存在と奢っていた。その結果が今回の事件につながった」
都市では、なおも救助が行われるなか、犯行グループと思われる死体が運ばれている。
その中に、茶色の肌の男がいた。
魔導エレベーターの所で話したドルクという青年だ。
すでに、絶命していた。
「これから急いで復興しなければならない。その力貰いうけたい」
「おことわりだね。利用されるにも、誰に利用されるかが重要だよ」
ノェウは、それ以上は何も言わず立ち去っていく。
クンヘルは、僕の前に降り立つと、【魔人化】を解除する。
急に脱力して、こちら側へ前のめりで倒れ込んで来る。
抱きしめるように、体を支える。
さすがに魔力を使いすぎたようで、そのまま意識を失ってしまったようだ。
「お疲れさま」
クンヘルの頭を優しく撫でる。
意識を失ったクンヘルを見守りながら、近くの木陰で休んでいると、ナーセットが現れた。
「ここにいらっしゃいましたか」
「ナーセットも無事でなにより」
「突然、アンデットの鳩が飛んできたときには驚きました」
「そのおかげで僕は助かったのだが」
「それはようございました」
「クンヘルの事をお願いしてもいいかな?」
「おそらく本人は、まだ貴方様の腕の中にいたいかもしれませんが、致し方ありませんね」
といいつつ、ナーセットはクンヘルを抱き上げる。
「ありがとう」
「また、旅に出られるのですか?」
「ああ、あのリザードマンたちがどこから来たのか気になるしね」
「もう少しこの子の傍にいてやれませんか?」
「……」
「冗談です。早くしなければ、彼らの行き先を見失ってしまいますから」
「すまない……」
「ご出立の前にこれを」
そう言い、ナーセットは、ネックレスを渡してきた。
ブロンドの剣をモチーフにしたそれは、僕の首にピッタリとはまった。
「このネックレスに意識を集中すると、貴方様の持っている武器に、光の加護をあたえることができます『赫灼の首飾り』とでも言っておきましょう」
「ありがとう。僕からも君たちに渡したいものがあるんだ」
クンヘルに、ガラスのアクセサリー。
ナーセットにガラスの腕輪を渡す。
結局何かをほどこすことは、できなかった。
それでもナーセットはお礼をいい、クンヘルも喜ぶと言ってくれた。
そして最後に、
「それでは旅のご無事をお祈りしております。いってらっしゃいませ」
再度、動力部を見に行き、サーキットボーグの残滓を確認。
《分解》のサーキットを獲得した。
完全には、破壊できなかったようで、都市の姿勢制御は行えていたようだ。
もしこれまで消されていたら、落下中に都市が傾き、もっと多くの死者がでていただろう。
――荒野の岩陰
その後、魔導二輪で、リザードマンたちを追尾している。
度の入っていない眼鏡に《遠視》を添付、匂いで気づかれない距離から3日間追いかけている。
歩兵メインの部隊であり、行軍速度は速くない。
ただ確実にどこかへ向かっている。
それがどこなのか。
ここがどこなのか分からない。
分かる事は、これが終わったら、帰る場所ができたという事だけ。
『いってきます……』心の中でつぶやくのであった。
自分のイメージを文字にするのが、こんなに難しいとは……。