表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武士 異伝  作者: 弁鳥有無
地下迷宮
99/104

玖拾捌  天に挑む者


 今まで見た事もない強張った顔のジェッソに、思わず振り返ったファシェプルティが目にしたのは己に向かって振り下ろされる魂狩りであった。驚愕に見開かれた双眸に映るのは、魂狩りの姿を借りた逃れられない死の予感。顔のない虚ろのものから、見えるはずのない愉悦の表情が感じられた。迫り来る自分の魂を刈り取る大鎌がやけに緩慢に見え、ジェッソの奴、私がいなくなっても大丈夫かなと取り留めのない事が脳裏を過った。一切の音が消え、沈黙に支配された空間の遠いところでジェッソが自分の名を叫ぶ声が聞こえる。とても悲しく哀しい声だった。知らず涙が流れる。ファシェプルティにはそれが別れの声に聞こえた。


 だが何時まで経っても魂狩りがファシェプルティに届くことはなかった。起こったのは大気の震動。


 ファシェプルティに向かって振り下ろされていた魂狩りが叩き落されていた。何が起こったのか分からない女の顔がゆっくりと横へ向く。男がいた。黒づくめの男だった。髪や瞳、髭が黒なら身に纏う民族衣装まで黒だった。背には木塊を背負う。面貌は白き民とは明らかに異なる異人。獣のような双眸は虚ろのものを前にしてさえ嬉々としてぎらつく。ファシェプルティへと振り下ろされた魂狩りを男の持つ太刀が横から両断するが如く大地に叩きつけていた。命を救われた女が呆然と異人の横顔を見る。


「......貴方は」


 己の生存を信じられず、両目を見開いて男を見るファシェプルティの半開きの口から言葉が漏れた。異国の男はそのままファシェプルティを護るように虚ろのものの前に立ちはだかる。


 感情があるのか疑わしい虚ろのものが、苛立たし気に地に墜とされた大鎌を半回転、動きの起こりもなく水平に薙ぐのを異人が太刀を掲げて防ぐ。大鎌と太刀が激しく衝突、高音が響くのではなく大気が震える。虚ろのものが、すぐさま魂狩りを引いて上段から振り下ろすのを異邦の剣士が太刀を横にして受け止める。


 颯爽と現れファシェプルティの窮地を救った異国の剣士を見る傍観者たちの目には賞賛よりも胡乱さがあった。


「何者だ、あの男」


 厳しい表情のクリストフ大隊長が傍らに立つベルノルトへと問う。


「分かりません。見た事もない顔です」


「虚ろのものの大鎌を受け止めているぞ。あの異国の剣も重き波の大剣のような特殊な武具と言う事か」


「......おそらくは」


 そういって黙り込んだ二人の視線の先では、異国の男が緩やかに反った異国の刀剣を掲げ、禍禍しく黒光りする魂狩りを受け止めている。並大抵の武器では決して受け止める事の出来ぬそれを。激しく咬み合う大鎌と太刀。赤い髪の巨人ジェッソの剛剣を難なく凌いでいた虚ろのものの持つ大鎌が、闖入者の魂を刈り取ろうと小刻みに震えているが男はびくともしない。


「応!!」


 鍔迫り合いから転じて異邦の剣士が魂狩りを力任せに叩き落す。抗う事も出来ず前のめりとなり体勢を崩した虚ろのものへと返し刀で切り上げた。水を斬るが如き流麗な動きで、異邦の剣士が持つ太刀が虚ろのものの影のような身体を斬り裂く。美しきファシェプルティが思わず叫んだ。


「駄目よ!!こいつの身体は......」


 通常の武具では決して傷を与える事が出来ない星幽体で構成された闇が上下に分かたれていた。一瞬、その中から真紅の六面体が露になったが、すぐさま隠れる様に漆黒に呑まれるのを見咎めた男の双眸が光る。苦痛の様な低音を漏らしながら不利と悟ったか、虚ろのものの身体が陽炎のごとく揺らめき後方へと距離を取った。二つに分かたれた闇は復元。機を伺っていたジェッソが虚ろのものの死角から重き波の大剣を振り下ろそうとするも


「手出し無用!!」


 異国の男が声を荒げた。


「......おいおい、本気か」

 

 ジェッソは呟きを漏らすと渋々大剣を下ろした。虚ろのものは、一対一に拘る男を甘いとでも思ったかグッグッグと肩を震わせると魂狩りを縦に掲げ詠唱、正四面体が生まれる。異邦の剣士はただ太刀をだらりと下げ佇み、目には好奇と狂気の光。ぶうぅんと超高速振動すると正四面体が音速を超える速度で射出、回転しながら形と大きさを変えてゆき男へと到達。見守る多くの者の目に止まらぬ速度で迫る立方体を、異国の剣士は右手に持った太刀を左から右へとただ薙いだ。巨大な正二十面体が爆散、光へと変換される。

 虚ろのものの前面に更に正四面体が展開、射出されようとする寸毫すんごう前に異人が踏みしめた大地が爆ぜる。雷が如き踏み込みからの異邦の剣士の太刀が、空を断つように横一閃。正四面体と共に虚ろのものを斬り裂いていた。その余りの速さにジェッソ以外の全ての者達には何が起きたのか認識できない。唯一理解できた赤い髪の巨人は息をするのも忘れ、男の動きに魅入られていた。何処からともなく轟く、断末魔の悲鳴のような重低音。両断された闇から覗く真紅の六面体が二つに分割、大きな魔力が凝縮していく。時が止まったかのような静止ののち。


 爆風。


 広場にいたほぼ全ての者が吹き飛ばされる。ファシェプルティは咄嗟に結界を張り防ぎ、ジェッソは大剣を掲げて耐えた。辺り一帯を飲み込み膨張した大気は一転、六面体へと収束していき、虚ろのものの残骸をも飲み込み消失。静寂の中、主を失った魂狩りが石畳と邂逅を果たした甲高いが戦いの終わりを告げていた。どういうわけか無事だった異国の男は太刀を一振りすると鞘に納めた。


 爆風による衝撃で百人を超える衛兵や冒険者たちは一人残らず気を失っていた。仮初かりそめの躯が石畳を埋め尽くす中、異人の元にファシェプルティが近づいて行く。異次元にも届く魔法を持つ魔女と異邦の剣士が相対した。間近で見る男は意外にも若く、黒い蓬髪に太い眉、その下にあるやや吊り上がった大きな目に坐すのは炯々とした黒い瞳、顔の半分が黒い髭で覆われた獣の様な風貌をしていた。黒の民族衣装を身に纏い、腰に只ならぬ力を帯びた異国の刀剣を差している。先刻、垣間見せた強さは嘘のように静まり、深い森の湖面の様に凪いでいた。


「ありがとう、貴方のおかげで命拾いしたわ。心から感謝を」


 異様な風体の男を前にして、妖艶な女は右手を豊かな胸に当て最上級の敬礼をする。異邦の剣士は目を細めて美しきファシェプルティを見る。


「他者の戦いに介するは野暮なれど、散らすには惜しい美しさだったのでな。許せ」


「許すなんて。でも貴方、野蛮な見かけに反して諧謔を持ち合わせてるのね。まぁ私が助けたくなるほど美し過ぎるのは事実として」


 そう言ってファシェプルティが右手で髪を掬い、しなを作る。六尺余りの異国の男と然して変わらぬ長身、更には豊満な肉体を持つ、美しいという言葉が過言ではない匂い立つような色を放つ女であった。


「お前は何を言っているんだ」


 赤い髪の巨人が渋面を作って現れる。その巨体を見たファシェプルティの端麗な顔が歪むと巨人の腹へと頭を埋めた。


「もぅ、何やってんのよ、ジェッソの馬鹿。もう少しで死んじゃうところだったじゃない。貴方私の相棒なんでしょ、しっかり守りなさいよ!!!」


 ジェッソは悔悟と安堵が入り混じった表情を浮かべてファシェプルティを抱きしめた。


「......すまない、だが本当に無事で良かった。異国の剣士よ、あんたには感謝の言葉もない」


 巨人は相棒の生存を確かめるように深く抱きしめたまま、視線を男へと向けると謝意を告げる。


 異国の男の黒い瞳は、主を失い落ちたままになっている魂刈りに向けられていた。顔を上げたファシェプルティとジェッソもつられるように見る。髑髏の大鎌がカタカタと音を立てて震えだし、突如石畳に瘴気が満ち始めた。魂狩りを中心に黒い円が生まれ円周を瘴気が波のように揺蕩う。円陣が別次元と連結したことにより大気が鳴動。気圧が変化した事により鼓膜が圧迫される。底なし沼のような漆黒の門から、人のものとは大きく異なる手と思しき光の紋様が現れると魂刈りを掴んだ。光の紋様は螺旋を描き歪な手の形を構築している。異形の手に握られた魂刈りはそのまま黒い穴に引きずり込まれていった。黒い円の縁を揺蕩っていた黒い波形も減衰しやがて消え、大気の鳴動も止む。ジェッソもファシェプルティも背中に冷たい汗が流れていた。巨人の口から疑問が零れる。


「......今のは一体」


「恐らくは本体であろう。俺が斬ったは、傀儡くぐつと言ったところか」


 黒い円陣が消えた場所を見ながら異国の男が言った。ファシェプルティが右手で艶のある黒髪を鋤きながら


「......なるほどね。歴史に名を遺す虚ろのものは本体の操り人形だったってことか。道理で倒されたって話が出る度に何度も復活するわけね」


「あれで傀儡だと?やれやれ、冗談がきつい」


 巨人は大きな溜息を一つ零すと異邦の剣士と向き合う。


「名を聞かせてくれないか。俺はジェッソ、見ての通り巨人族の末裔だ。彼女は相棒のファシェプルティ」


「武蔵、と言う」


「この辺の者ではないだろう。何処から来た?」


 武蔵と名乗った男の相貌、纏う衣服、腰に差した異国の武器を見てジェッソが興味深そうに問う。ファシェプルティの瞳も好奇に輝いている。


「日出国より」


「ひいずるくに?何処それ?東方?」

 

 武蔵の面貌が遥か東方に住む黄の民に属していることに気づいたファシェプルティであったが答えはなかった。ただ武蔵は太陽がある方向を懐かしむように目を細めて見ているのみ。そんな武蔵をジェッソは僅かに訝しむ。


「相棒の命を救ってくれた恩人に不躾だが、あんた、一体何者だ?あんたほどのマナ使いなら名が知れ渡っていても良いはずだが?」


「俺は天に挑む者よ」


 武蔵は雲一つない青天を見上げた後瞑目した。


「天?」


「神と言い換えたほうが分かりよいか」


「神に挑む者」


 異邦の剣士の抽象的な答えに、分かったような分からぬような面持ちのジェッソの隣ではファシェプルティの好奇心が疼いている。


「もう一つ聞いて良い?貴方の持つその刀剣、あの魂狩りと撃ち合えて、しかも星幽体を斬る事が出来るなんて!!銘を聞いても?」


「鬼丸国綱」


 武蔵は腰に差してある鬼丸国綱の鞘を左手で掴む。


「オニマルクニツナ?変な響き......でも凄い力を感じるわ。由来は?」


 興味津々な女は魅惑的な身体を乗り出して武蔵へと迫る。


「一つと言った筈だが?......まぁよい。俺と、この鬼丸国綱で神を斬ったのよ」


 鞘ごと腰から抜き鬼丸国綱を前に掲げた武蔵の言葉に、ファシェプルティの大きく美麗なまなこが点になる。


「......神殺し、普段なら笑い飛ばすとこだけど、冗談じゃなさそうね」


「お主の様な美しき女性にょしょうを前にすると口が軽うなってしまう。俺も男と言う事か、くっく」


 自嘲的な笑いを零す武蔵。


「あら」


 妖艶な女は左手を頬に当て首を傾ける。武蔵に再び美しいと言われ満更でもなさそうなファシェプルティであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 武蔵めっちゃ喋るじゃん笑笑かわいい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ