表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武士 異伝  作者: 弁鳥有無
地下迷宮
98/104

玖拾漆  虚ろのもの


 見る者に不吉な思いを抱かせる、おどろおどろしい大鎌をだらりと下げ幽鬼はただ佇んでいる。


「......どうしますか隊長」


 極度の緊張から異常なほど顔に汗をかいた隊員が、喉を鳴らしながら隊長へと問う。


「絶対にこちらからは仕掛けるな。奴の出方を伺う他ない。だが此処から出しては街の民を危険に晒してしまう、もしもの時は命を捨てて時を稼ぐ」


「......はい」


 十二人の衛兵の目には決死の覚悟が浮かんでいた。


「そう死に急ぐことはない。ここは俺たちに任せるんだな」


 巨大な気配を感じ振り返った隊長の首がほぼ垂直に向く。見上げてもまだ顔が見えない大男がいた。いや大男どころではない、小柄な女の倍もある巨人だった。鈍色の全身甲冑姿の先に、かろうじて燃えるような赤い色の髪が見える。


炎頭えんとうのジェッソか」


「その呼び名は好きではない」

 

 煩わしそうにジェッソと呼ばれた巨人が己の赤い髪を触る。衛兵の隊長の顔には安堵の色が浮かんでいた。


「あんたが来てくれるとはな、私達にもまだ運が残っていたようだ」


「私もいるわ」


 ジェッソの巨体の陰から、しなやかな肢体を持った妖艶な女が姿を現す。見る者の欲望を喚起させる豊満な肉体を煌びやかな装束が密着するように覆う。その姿を見た隊長の顔が綻び朱が差す。


「ファシェプルティ!!君までいるとは。これは希望が出て来たぞ」


 赤い髪の巨人ジェッソと妖艶なファシェプルティを見た衛兵から歓声が上がる。


星階せいかいのマナ使い」


「一つ星のジェッソとファシェプルティだ」


 衛兵だけではなかった、残っていた冒険者たちの口からも雄叫びが上がっていた。幽鬼の圧倒的な強さを見せつけられて尚この二人ならばという期待。勝ってくれと言う皆の願いを一心に浴びて二人は幽鬼と対峙する。


「あれが相手か。どう見るファティナ?」


「気配は恐ろしく希薄なのに途轍もない魔力を感じるわ。......ただの幽鬼じゃなさそう、恐らくあれは......魔導書にも載っているうつろのものね」


「虚ろのものだと?それは確か千年以上前から存在していると言われる深淵の魔物ではないのか?」


「そう、歴史に名を遺す超高位のマナ使い達の討伐の手を逃れてきた伝説級のね。わくわくしてきた?」


 ファシェプルティは目を細め悪戯っ子のように微笑む。


「いや、帰りたくなってきた」


 巨人は困ったように眉根を顰め、天を仰いで炎の様に赤い頭を搔く。


「いい?あいつの体はこの主物質界にありながら星幽体で構成されてるの。だから通常攻撃では歯が立たないわ。あいつの本体がある星幽界、別次元に届く攻撃じゃないとね。逆にあいつの攻撃は私達に有効」


「何だそれは。反則だろう」


「もう一つ厄介なのがあるわ、あの大鎌。あれ魂狩りよ」


 婀娜あだな女の視線の先にあるのは、虚ろのものが持つ禍々しい髑髏の大鎌であった。


「あれで斬られると魂が刈り取られて死ぬに死ねぬという、あのお伽噺のか?」


「そう、いやんなっちゃうわね。もう放っておいて帰る?」


 揶揄からかう様な口調でファシェプルティがジェッソを見上げる。


「そういうわけにもいかぬだろう。やれやれ」


 溜息を一つ零すと巨人は背から人の背丈を遥かに超える大剣を持ち出す。剣先は緩く楕円を描き剣身は漆黒。斬るというよりは撲殺する為のような長くとても長くぶ厚い大剣だった。一体どれ程の重量になるのか想像も出来ぬそれを小枝でも振るように一振りすると、風圧でファシェプルティの艶のある長い黒髪が巻き上がる。


「ちょっとやめてよね。髪が乱れたじゃない」


「悪い」

 

 髪を整えつつ恨めしそうなファシェプルティの抗議の声にジェッソは素直に謝罪の言葉を口にする。深淵の魔物と呼ばれる伝説の存在を前にしても二人は普段と変わらない。


「さて、そろそろやるか。向こうさんも待っててくれてるみたいだしな」


「言うまでもないけど初めから全力で行かないと、いくらあなたでも死ぬわよ」


 お道化た調子は鳴りを潜め、真剣な表情を浮かべた女は横目で巨人を見た。


「わかっているさ」


 巨人の闘志漲る双眸が、魂狩りを構えたまま身動ぎ一つせずに佇む虚ろのものを見据える。妖美な女はその容姿に相応しい美しき声で高らかに詠唱を始めた。対峙する二人を見て己の敵に相応しいと感じ取ったか、虚ろのものを包む大気が陽炎の如く揺らめきだす。超高位のマナ使いと千年を超える歴史に名を遺す魔物の戦いが始まった。


 


 






 大勢の人間が立てる足音が開けた空間に響き渡る。五十人を超える衛兵が隊列を作り広場へと駆けつけていた。門番の十二人が一列に並び直立不動で出迎える。隊列から大柄な壮年の男が進み出ると、敬礼をする衛兵の隊長に問いただした。


「ベルノルト、どうなっている?」


「はっ、クリストフ大隊長。見ての通りジェッソとファシェプルティが闘ってくれています。彼女の話によるとあの幽鬼は虚ろのものだそうです」


「虚ろのもの?あのお伽噺のか?」


 大隊長の灰色の瞳が怪訝そうに赤い巨人と大鎌を交える黒い異形を見る。


「えぇ、そうです。情けない話ですが我々が何人いようが敵う相手ではありません。何しろ攻撃が通じないのですから」


 言葉を交わすクリストフとベルノルトの眼前では激しい戦いが繰り広げられていた。上級使であったディルクの長剣を容易く断ち切った魂狩りを、巨人が持つ特大剣が跳ね返す。虚ろのものが放つ目にも止まらぬ不規則な斬撃を、巨人が特大剣を縦横無尽に振るい防ぐ。一撃ごとに風を巻き起こすジェッソの剛撃を、虚ろのものは軽々といなしていた。魂狩りと特大剣は時に激突し激しい剣戟の音を響かせる。

 幾度となく大剣を交える中でジェッソは詰将棋のように虚ろのものの動きを封じていき、正面から受けざるを得ない一撃を繰り出した。剣先に丸みを帯びた鉄塊が点となって虚ろのものを襲う。ジェッソが放った突きを、髑髏で構成された柄で受けた虚ろのものは地面に深い刻み跡を残しながら大きく退いた。


「闘える......」


「あの化け物と闘えるぞ!!!」


 息を呑み見守っていた冒険者たちの口から希望の声が上がり始める。自分たちが入り込む余地が全くない戦いに大隊長が唸り声をあげ隊長を見た。


「攻撃が通じないと言ったな。だがベルノルトよ、あのジェッソの大剣は効いているように見えるが」


「ただの大剣ではありません。あれこそ重き波の大剣」


「あれが......かつての大戦で君主級の来訪者を追い返したと言われる、古の時代より巨人族に伝わる神器か」


 衛兵隊と冒険者が見守る中ジェッソの魔力が特大剣に集中していく。


「ひろくしき及ぼせ!!」


 巨人の掛け声と共に両手に握る特大剣が大きく歪み始める。大上段から振り落ろされた重き波の大剣が、魂狩りと激突。伝説の魔物である虚ろのものも大質量に勝てず影のような足が大地に亀裂を作って埋まる。それだけではなかった。特大剣より放たれた重き波が虚ろのものを全方位から襲っていた。遥か次元の彼方にある本体の投影とも言える星幽体で構成された虚ろのものにジェッソの攻撃は確かに届いていた。黒い法衣が散り散りになり、虚ろのものの肉体が露となる。それは人形ひとがたの闇としか形容できない何かであった。

 闇の異形の足元に白と黒の斑な円陣が発現。危険と感じたか虚ろのものが魂狩りを振るうが右足が飲み込まれてしまう。魂狩りによって斬り裂かれた円陣は黒い液体の様な物を流しながら消滅。虚ろのものの右足もまた消え失せていた。


「星幽界にいる貴方にも届く魔法のお味はどうかしら」

 

 右手で髪をかき上げながら婀娜な視線を送るファシェプルティの言葉には余裕があった。

 

 虚ろのものの平面の様な身体が揺らめくと同時に後方に出現、ジェッソの重き波の大剣とファシェプルティの魔法の連携を脅威と感じたのか距離を取る。失われた足は復元されていた。突如として大気が鳴動、虚ろのものの怒りの様であった。闇の異形が魂狩りを両手で握り縦に翳す。口があると思われる部分から低い音律が流れると両手の先に透明な拳大の正四面体が生まれた。次の瞬間射出。音速を超える速度でジェッソへと迫る。正四面体は回転するごとに正六面体、正十二面体、正二十面体へと形を変え、拳大だった大きさはジェッソを飲み込むほど巨大になっていた。


「ちぃっ!!!」


 赤い巨人が大きく歪んだ特大剣を叩きつけると正二十面体が一瞬撓んだ後、粉砕される。光の粒子となって散乱する向こうで再び虚ろのものの前面で正四面体が展開。間を置かず射出。音速を超える速度で回転し形と大きさを変えて迫る正二十面体を、ジェッソは間一髪巨体を転がして躱す。正二十面体は大地を抉りながら進み、観戦していた三人の冒険者を飲み込むと急停止。巨大な正二十面体に捕らわれた光景は、水晶の檻に閉じ込められている様にも見えた。正二十面体の中にいる冒険者たちは何かに怯えるような顔で、外に向かって訴えるように口を大きく開けているがジェッソ達には何も聞こえない。間一髪難を逃れた傍観者たちが唖然としていると、正二十面体が逆回転を始める。正十二面体、正六面体、正四面体と形を変え大きさも小さくなっていき、やがて点となり消えた。閉じ込められたはずの冒険者たちの姿は跡形もなくなっていた。美しい双眸を見開き驚きの表情を浮かべるファシェプルティの脳裏では今の魔法の分析が始まっていた。己を護るように立つジェッソへと口を開く。


「物凄く複雑な式で編まれた次元魔法......多分人の頭では演算出来ない程の。あれに当たると別次元に捕らわれるみたいね。そして次元の挟間に飲み込まれるのか分子の塵に還るのか。なかなか情熱的な魔法だ事。貴方も一度味わってみたら?」


「馬鹿を言え」


 ファシェプルティの冗談にジェッソは苦々しい表情で応える。二人がじゃれ合っていると三度虚ろのものが正四面体を出現させ射出。背後にファシェプルティを庇うジェッソは正面から受け止めるほかない。己をも飲み込むほど巨大になった正二十面体へと重き波の大剣を撃ち下ろす。通常の武器では決して受けることも破壊することもできないそれを、だが巨人の特大剣は可能にする。次元を超える重力波が次元魔法を打ち砕く。


 更に虚ろのものの前方で正四面体が発現、今にも射出されようとしているがジェッソは特大剣を打ち下ろした体勢のまま。見ていた誰もが目を見開き息を呑んだ。だが正四面体が射出されることはなかった。虚ろのものの足元に魔法陣が展開。光り輝く円陣から紋様で構成された鎖が生まれ、虚ろのものの影のような四肢に絡み動きを封じていた。傍観者たちから歓声が上がる。虚ろのものが恨めしそうに己を縛った術者を見る。


「多次元を現す紋様で構成された縛鎖よ。いくら星幽体の貴方でも捕えて放さないわ」


 美しきファシェプルティが両手の指で複雑な印を結び虚ろのものへと向けていた。闇の異形が全身に力を入れ縛鎖を破ろうとするが、身動き出来ない。


「無駄よ。今のうちにジェッソ!!」


 苦痛を堪えた顔で叫んだ。星幽体をも捕らえる魔法は大きな力を費やすようで、先ほどと違ってファシェプルティにも余裕がない。ジェッソが特大剣を掲げ撃ち込もうとすると、展開されたままであった正四面体がその場で回転を始めた。


「まずい!!」


 何かを察したジェッソが動くより先に正四面体が正六面体、正十二面体、正二十面体へと変化し巨大化。縛鎖で封じられた虚ろのものを飲み込み、急停止。そして逆回転が始まり正四面体が点となり消失。その中に一瞬真紅の六面体が見えたがすぐに消えた。目の前の光景にジェッソもファシェプルティも理解が追い付かない。


「!?」


 自爆かと思ったのも束の間、虚ろのものが消失した場所に黒い影が揺らめく。見ているうちに影は平面から立体となり、そして縛鎖から解き放たれた虚ろのものがいた。深淵の魔物はファシェプルティの封縛魔法から逃れられぬと判断すると、立方体魔法で己事おのれごと次元転移し座標を見失った縛鎖から逃れたのであった。並外れた反応でジェッソの巨体が動き、再び現れた虚ろのものへと重き波の大剣を撃ち下ろすが素通りしてしまい大地に大きな陥穽を穿つ。


「囮か!?」


 まんまと策に嵌められたジェッソの双眸がファシェプルティを見た。大きく見開かれた視線の先で、女の背後に現れた黒い異形が禍禍しい大鎌を振り上げる。


「ファティナぁぁぁあああ!!!」


 相棒の巨人の絶叫に思わず振り返ったファシェプルティが見たのは己に向かって振り下ろされた魂狩りだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 前回の神様ほどではないけど今回の敵も強そうな点。 武蔵は星幽体斬れるし案外簡単に倒せそうだけど、1000年倒されてないのには理由があるはずだし…と、今後の展開を妄想できて良いです。 [気に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ