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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
地下迷宮
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玖拾陸  異形


 迷宮前広場は探索を終えた者たちや露店を構える商人、これから昼食に出かけようとする冒険者や交代の時間を迎えた衛兵らで賑わっていた。そんな昼下がりに漂う、ゆったりとした時の流れを破ったのは迷宮内から響く絶叫だった。


「何だ!?この魔物!?攻撃が効かない?」


「ゆゆ、幽鬼だ!!!」


「何故こんな処に幽鬼がいるんだ!!」


「来るな、来るなあああああああああああああ!!!」


「駄目だ、物理攻撃は無効化され、生半可な魔法も通用しない。対星幽体魔装具か、魔法がない限りどうにもならん!!」


「皆逃げろ、相手をするな、無駄死にになるだけだ!!!」


 突如として迷宮内の浅い場所から聞こえてくる悲鳴や怒声に、広場が騒然となる。最初に迷宮から姿を現したのは息も絶え絶えの重装備の男であった。顔を紫色に染めた酸欠状態の男は大勢の冒険者を見て安堵したのか、それとも体力の限界を迎えたのか地面に両膝を落とし倒れ込んだ。只ならぬ様子に近くにいた女冒険者が駆けつけ問いただす。


「どうした!?何があった!?」


「ゅ、幽鬼、が......出た。じょぅ、ぃしゅ」


 そう言って重装備の男ハインツは意識を失った。様子を伺っていた冒険者の好奇心と衛兵の警戒心が一点に集中し、広場が静まり返る。商人たちは危機を感じ取ったのか、素早く露店を畳み始めていた。品が多い店主は持ち運べる高価なものを厳選し脱兎の如く逃げ出す。迷宮内からは今も戦闘の音と断末魔が届いている。


「幽鬼の上位種?」


 女冒険者がハインツの言葉を繰り返したのと同時に、迷宮から喧噪と共に多数の者たちが溢れだした。


「逃げろ!!幽鬼だ!!幽鬼が出た!!」


「闘うな!!攻撃が通らない、逃げろ!!」


 皆顔を恐怖に歪め、広場前の冒険者たちに大声で避難を呼びかけると蜘蛛の子を散らすように逃げていく。只ならぬ様子に一斉に浮足だす冒険者。状況を見極めんとしていた上官らしき衛兵が、幽鬼出現を聞いて部下へと檄を飛ばす。


「緊急事態だ!!ヘゼット、屯所と本部へ応援の要請をしろ!!他の者は一種警戒態勢!!」


 ヘゼットと呼ばれた衛兵が場を離れて詠唱を始め、十一人の門番は迷宮の入口から距離を取り敵を迎え撃つ態勢となる。広場前にいる全ての人間が注視する中、一目で生者ではないと判断できる干からびた冒険者と共に迷宮より現れたのは、ずたぼろの黒い法衣を纏った何か。その異形に冒険者、衛兵、残った商人を問わず皆息を呑む。頭巾の中に浮かぶ二つの青白い火は、冥府への誘いの様であった。まともに見てしまった商人や抵抗値の低い駆け出しの冒険者の何人かが意識を失う。底の知れぬ人外の前に恐れ知らずの数人の冒険者が立ちはだかった。


「......あれが幽鬼かよ。へっ、俺はテメーで経験したものしか信じない主義なんだ。本当に攻撃が効かないのか確かめてやるぜ。ヴォルツ援護頼む。行くぞテメーら!!」


「応!!」


 二十代前半の若い冒険者の一党が吶喊とっかんし、佇む幽鬼へと向かっていく。広場前にいた冒険者の半分ほどは戦意を失っていたが、残りの多くは好戦的で命知らずの血気盛んな若いマナ使いであった。話に聞く幽鬼がどれ程のものか。そしてその幽鬼に己の力が通じるのか試したくなるのも道理というもの。だがしかしそれは仇となる。未知の敵へと戦いを挑もうとするだけあり、各々が非凡な動きを見せて幽鬼へと迫り打ちかかるが、先の冒険者たちが言っていたように武器による攻撃が通らない。


「き、効かねぇ!!」


「何なんだ、こいつは!?」


 驚きの声を上げる前衛の背後でヴォルツと呼ばれた魔術師が紡いでいた魔法を発動させる。


「皆、退け!雷超熱白温高撃球(エ・ウル・トゥラス」


 ヴォルツの呼びかけに魔法の射線を咄嗟に空ける。金属さえも瞬時に蒸発させる超高熱の雷球が奔り、周囲の空気を膨張させ幽鬼へと到達。そして消失。巻き起こった突風が幽鬼の衣をはためかせるが、それだけだった。


「......何が起こった、無効化されたのか?」


 上位光学魔法を放った魔法使いの疑問が大地に落ちる。物理攻撃も魔法もまるで通じない目前の光景に、次は自分たちの番だと闘志を漲らせ傍観していた冒険者たちは呆然自失。愕然とする衆人を前に、幽鬼は黒衣から覗く骨と皮だけの右手を背中へと伸ばす。戻された右手には何処に仕舞われていたのか、異形の背丈以上の髑髏で形成された禍禍しい大鎌が握られていた。

 

 見る者の恐怖心を喚起させる悍ましい髑髏でできた黒光りする大鎌が、命ある者らを嘗めるようにねめつける。冒険者が固唾を呑んで凝望する中、突如として幽鬼の姿がぼやけた。黒の異形は転移したかと思うほど一瞬で間合いを詰め、戦いを挑んできた一党へと大鎌を振るっていた。並外れた反応を見せて、その動きにも対処した一党の長であったが、防ごうと掲げた長剣を大鎌の刃がすり抜けていく。幽鬼が振るった大鎌は党首だけではなく、近くにいた仲間四人をもその刃圏に捉えていた。冒険者たちは何が起こったのかまるで分らない。


「!?」


「ディルク!!!」


 雷球を放った魔術師ヴォルツの双眸が大きく開かれた視線の先で、ディルクと呼ばれた冒険者の身体が掲げた長剣と共に上下に分断されていた。男の表情は疑問を浮かべたまま己の死にさえ気づいてない様であった。時間差で四人の冒険者たちの身体も二つに分かたれてゆく。傍観者たちが唖然とする中、分断された五人の身体が防具と衣服を残して砂の様な粒子となり、大気に溶けるように消える。目の前で仲間に起きた現象に頭が追い付かず、言葉を失い立ち尽くすヴォルツ。一番手を黙認されたように一目置かれるディルクの一党が意図も容易く惨殺された事実に、観戦していた冒険者たちに戦慄が走る。


「……おいおい、ディルク達がやられちまったぜ」


「上級使のあいつらが、ああも簡単に殺されるなんて」


 恐怖が支配しだした場で冒険者たちが凝視する中、幽鬼が持つ髑髏で形成された大鎌が蠕動を始める。黒光りする長い柄から長大な刃まで波を打つように収縮を繰り返すと、浮かび上がったのは殺されたばかりの五人の苦悶する顔。


「ぃやぁ、だぁぁぁぁ、たすけ、てぇぇ」


「いたぁぁぃぃぃ」


「あぁぁぁあああ」


「ひぃぃぃぃいいいい」


「くるしぃ、ころ......」


 死ぬことさえ許されず、苦痛に顔を歪め嘆願する五人の顔は直ぐに髑髏の中に沈んでいった。余りの悍ましさに絶句する冒険者たち。最早闘う気など異次元の彼方へと消え去っていた。


「......やべぇ、やばいぞ」


「......あぁ、こいつはやばい」


「逃げろ!!」


 誰かが叫んだ途端、強気だった冒険者達さえも一斉に逃げ出す。恐慌は波の様に大きく、音の速さで伝播していった。その様子を喉を鳴らしながら静観する衛兵の隊長。


「これ程とは......。まずいな。俺たちでは歯が立たんぞ」


「え、えぇ、にに、逃げますか隊長」


 幽鬼から目が離せず、恐怖で顔が蒼褪めた衛兵の一人が震える声で隊長に問うていると、ヘゼットが戻ってくる。


「屯所と本部に連絡が取れました。至急向かうとの事です」


 隊長は部下の言葉を受けると瞑目する。数秒の後、迷いを断ち切るように開けた目には覚悟が浮かんでいた。


「......よし。いいか、まともに相手しては犬死するだけだ。牽制して本隊が来るまで時間を稼ぐぞ。絶対に近づくな!!」


「はっ!!」 


 十一人の衛兵は半ば死を覚悟しながら声を張り上げた。逃げ惑う冒険者たちが起こす喧噪の中、幽鬼はただ佇んでいる。

 

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