捌 勝利の代償
大猿の最期の吐息が大地に飲まれていった。
辺りを死闘の後の静寂が包む。
その静謐な静けさは男の勝利を讃えているかのようでもあった。
戦いは終わった。
男は大猿が黄泉路に旅立ったのを確かに見届けた。
次の瞬間、喀血し身体が震え地に膝を着く。全身を熱と激痛が襲う。
真っ赤に熱した鉄の棒を押し付けられてるかの様であった。
膝を突いただけでは身体を支えられず大地に伏す。
全身が痙攣し、動かす事が出来ない。
大猿の最期の、文字通り死力を振り絞った攻撃は、強かに男の全身を打っていた。
かわすどころか防ぐ動作をする時もなく、大猿の攻撃が来る寸毫の間に、残った全ての気を防御に回すのが精一杯であった。
瀕死だったとはいえ、死力を尽くした大猿の打撃は想像を超えた物であった。肉は断裂し、骨には亀裂が走った。
だが男の体はそれに耐えた。
命はあったが大きな損傷を負ってしまっている。
肉と骨で防ぎきれなかった衝撃は、体の内部へと伝わり、臓腑をも強かに打ちのめしていた。
幾度にも渡る大猿の打撃と、精根尽き果てた戦いによって、最早指先一つ動かす事が出来ないほどであった。
意識を失う間際、見えるはずの無い空に浮かぶ月が見えた。
蒼蒼とした光を湛えた不吉なほど美しい満月であった。
現実とは思えない光景に
あぁやはりこれは今際の際に己の願望が見せた夢であったのだな
男はそう思った。
視界に闇が迫り一帯を飲み込む。
男は意識を失った。
それでも尚、右手には刀が握り締められていた。