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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
迷宮都市 バイロン
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陸拾壱 理解

「では私はこれで。体調は未だ万全では無いでしょう、身体を休めて下さい」


 決して埋められぬ大きな溝を再確認した森人は、重苦しい空気に耐えかねたように部屋を出て行った。武蔵は無言で見送ると視線を窓の外に移す。先に見たよりも更に昇った太陽が雲のない晴天に燦燦と輝いていた。

 降り注ぐ陽光の下では、市井の民の日常が営まれているのだろう活計たつきの音が聞こえる。暫くの間眺めると起こしていた上半身を伏せ目を瞑った。身体が眠りを欲していたのか、幾らもしないうちに意識が深く沈んでいった。



 森人が扉を開く。

 広い部屋ではエーレンにツィトス、アベルが卓を囲んでおり沈痛な面持ちで会話を交わしていた。女の登場で中断され無言の間が訪れる。卓の上に置かれた珈琲椀から湯気と共に上った芳醇な香りが部屋を満たしていた。 


「君も飲むかね?」


 しじまを破り、リグテュスに声を掛けたのはアベルであった。森人は首を横に振る。今は珈琲を飲むような気分ではない。空いていたアベルの横の椅子に座る。


「どうかしたかね?」 


「武蔵が目を覚ましました」


 アベルの顔が明るくなる。


「それは良かった、だが君は何故そのように浮かない顔をしているのかな?」


「いえ」


 口籠る森人。アベルには心なしか長耳が萎れているように見えた。


「ムサシさんと何かありましたか?」


 機微を読むのに長けたツィトスが、女の纏う陰鬱な気を敏感に感じ取る。

 暫し逡巡した後、リグテュスは重い口を開いた。


「武蔵が自分が恐ろしいかと聞いてきたので、私は正直に恐ろしいと答えました」


 アベルとエーレンが不可解気に目線を合わせる。一人理解出来たツィトスが続きを促した。


「それで?」


「それだけです」


「そうですか」


 青年は微笑を湛え優しく語りかける。


「あの人を理解しようとは思わない事です。あの人には我々とは異なる、何か得体の知れぬ物を感じる、異国人としてだけではなくね。貴女も感じていることでしょう?」


 森人は顔を俯け何も答えなかった。


「まぁムサシさんに限った話じゃありませんがね。人という種は他人と分かり合えないように出来ているのですよ。分かり合えた、心が通じたと思えてもそれは錯覚ですよ、大いなる錯覚です。

 どれだけ歩み寄っても相手の心の内の内など読みようがありませんからね。同じ言語、価値観を共有する国の民でさえそうなのだから民族が違えば尚更です、結局誰しもが侵されたく無い心の領域を持っているのですよ」


「私はそうは思わない、人は理解しあえる。国も言語も宗教も超え、種さえ超えてな。例え君の言う通りだったとしてもその努力を放棄すべきでは無い」


 珍しくアベルが真剣な口調で反論する。森の精霊人であるリグテュスをも突き放すような物言いを牽制する意味も含まれていた。それに対し青年はわざとらしく目を見開き大仰に手振りをする。


「貴方が博愛主義者だったとは驚きです」


「俺もそうとは分かっていても人類は融和の方向へ向かうべきであり、努力すべきだと思う」


「組合長まで。ここは博愛主義者の寄り合い所ですか」


「ツィトス」


 エーレンが苦い顔をして青年を窘める。感情的になり過ぎた己の未熟さに気づき一つ息を吐いた。


「失礼、口が過ぎた様です」


「で、異人殿の容体はどうだった?」


 取り直すようにエーレンが、黙って三人のやり取りを聞いていたリグテュスに尋ねた。森人が今の話をどう聞いていたのか、表情からは伺い知ることは出来ない。


「傷は塞がり、後は魔力の回復を待つだけです」


「そうか。それにしても来訪者を退けるとはな、大した男だ」


 唸りをあげて感心するエーレン。


「あれは退けたというより相手が勝手に退いていったと言ったほうが正確だがな」


「それにしてもだ。想像を超える力の持ち主だったんだろう、来訪者は?」


 実際に目撃していたアベルの弁にエーレンの瞳は好奇心旺盛に輝いている。既に報告済みの話であったが、組合長は童心に返ったように何度も聞きたがった。


「あぁ、ムサシ程の強者を相手にして尚、力を温存していた、正真正銘の化け物だよ、あれは。上級使程度では何人いようが全く歯が立たない。星持ちでないと勝負にもならないだろう」


星階せいかいの住人か」


「選ばれし者さ」


 常に諧謔に富み余裕のある態度を崩さなかったアベルの顔には、畏怖と羨望、嫉妬が錯綜した表情が浮かぶ。そんなアベルを静かに見つめるエーレン。ツィトスは聞いているのかいないのか、椅子を後ろに倒し天井を見上げている。リグテュスは瞑目していた。

 それきり誰も口を開かず、聞こえてくるのは互いの呼吸音だけ。


「聖典に曰く、終末の日に降臨し人類に審判を下す大いなる御使いが持つとされる六対の輝く翼。それに例えられる聖十字教会の十二光翼じゅうにこうよく


 静まり返る部屋に響いたのは、珈琲椀を傾けながら零れるエーレンの独白。それをアベルが聞き咎める。


「あの娘がその一翼だと?」


「恐らく。噂に聞いたことがある。カロレアン枢機卿がまだ幼い少女を侍らせているとな」


「あのカロレアンがか。聖域以外に姿を現さないと言われているのに冒険者組合の諜報能力も馬鹿には出来んな」


「商工組合に比べれば赤子のようなものだ。今回の事で思い知らされたよ」


 エーレンの言葉を聞いたツィトスの口元が苦笑いを浮かべる。

 「十二光翼」とアベルが呟く。


「あの娘がそうだとして他の十一人も、人と言っていいのか分からないが、同じ位階の力を持っているのだろうか?知られているところで、罪を背負うものラスプルフト、暴食のグィン、白痴のヴァッハ、罰を与える者ホルプルスト」


「何とも言えんな。それにしても敵対者であるはずの来訪者が何故人類の下についているのか」


「う~む、信じられない事だが、あれほどの力を持つ来訪者を従わせる事ができる者が教会にいる、とかな」


 腕を組みながら顎に手を当て、エーレンの疑問に推測で答えるアベル。それを受けてエーレンも推論を口にする。


「来訪者が欲する何かを提供することで契約を交わしたのかもしれない」


「異なる世界の住民である来訪者に契約という概念があるのか」


「情報がない以上、いくら憶測を並べても仕方がありませんよ」


 ツィトスの合理的な一言で二人の推論は幕を閉じた。リグテュスは会話が途切れたのを機に気掛かりだった質問をぶつけた。

 

「あの娘に囚われていた四十人の冒険者はどうなりました?」


 武蔵に付きっ切りだった為、問う機会を逸していたのだ。女の言葉に男たちは目線を交わす。答えたのはエーレンであった。


「四十人の内、二十五人は疲弊していたが無事だった。残りの十五人は衰弱が激しかった」


「八人は精神的損傷を負ってはいたが回復の見込みがあると判断された。残りの七人は完全に精神を砕かれていたよ」


 組合長の言葉をアベルが補足する。


「その者たちは今?」


 アベルは目を閉じツィトスは壁を見つめていた。エーレンだけは視線を上げリグテュスの顔を見て口を開く。


「処理をした」


「処理?処理とは何です?」


「肉体から魂を解き放ってやった」


 森人の表情が凍り付く。


「同胞を、仲間を殺したのですか?」


「そうだ」

 

 数舜の後、重々しくエーレンが頷いた。森人の秀麗な顔が厭わし気に歪む。


「信じられない。貴方たちは何処まで野蛮なのです」


「では聞くが、リグテュス。誰が彼らの面倒を見るのだ?最早自我はなく人の形をした獣の彼らを。彼らは肉体的には健康だ。あと数十年は生きるだろう。そして魔力だ。マナ使いの振るう力は途轍もない暴力となる。一般の民からすれば尚更だ。これから彼らが死ぬまでの数十年もの間、毎日食べ物を与え排泄の世話をしなければならない。四六時中、気が休まるときはないだろう。いったい誰がそれほどの労力を費やして彼らを生かすのだ?」


 論理的なエーレンの説明に言葉に詰まる森人。それでも収まらない気持ちが口から零れる。


「しかし」


「冒険者はこういう時のために遺言を残しておくのだよ、リグテュス」


 項垂れる森人の肩に手を置きアベルが語りかける。


「自分が命を落とした後の財産の処理、或いはそれに準じた状態に陥った時にどうするかと言ったことを予め決めて文字が書ける者は書き残しておく、筆不精の者は口頭で伝えておくのだよ」


「確かに君の目から見れば俺達は同胞殺しだ、だがこれは彼ら自身が望んだ事でもある。未だ我らの社会には他人を養う余裕はないのだ」


 エーレンの哀惜の目がリグテュスを見る。エーレンとて好き好んで仲間の命を奪ったわけではない、出来れば何とかしてやりたかった。だが現実がそれを許さない。

 これはエーレン一人の手には余る人類社会が内包する問題なのだ。


「理屈はわかりました。ですが貴方方のやり方を受け入れることができません」


 絞り出すように言って立ち上がると森人は足早に部屋を出て言った。その背中を見つめるエーレンとアベルの顔には理解してもらえぬ寂しさが浮かんでいた。


「仕方ありませんよ。所詮彼女は森人です。私たちとは種も違えば考え方も違う」


 ツィトスは私が言った通りでしょうと言外に匂わす。


「君は彼女に好意を抱いているように見えたが?」


「勿論ですよ。彼女は美しいですからね」


 アベルの遠回しな批判にもツィトスは怯まない。


「それだけか」


「それだけです」


 冷酷に言い切ったツィトスを見て、彼の持論を肯定したくなったアベルであった。

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