伍拾捌 対決
「ようこそバイロンへ」
練兵場で待っていたのは整然と並ぶ百人の警吏と、その列の前に立つ細身で洒落た雰囲気を漂わせる貴族然とした中年の男であった。道化師の如く大仰に礼をしてジョジョたちを迎える。
豪奢な刺繡を施した外套を軍服の上に羽織り肩の上に乗る面貌は秀麗。金色の髪は良く整えられ、微笑みを浮かべる顔にはマナ使いとしての厳しさなど微塵も浮かんでいない。
荒事とは大凡無縁の世界に住んでいる人間に見えた。タンベルクがジョジョたちから離れ男の横に控えるように立つ。という事は
「貴公がシャルル殿か」
聊か拍子抜けした声でジョジョが尋ねた。頭の中で勝手に作り上げられた人物像では野卑で粗暴な貴族崩れの男であったのに現実はまるで違ったからだ。
「いかにも、私はシャルル・ドゥト・ゴール。偉大なるトゥルース公爵家の末席に名を連ねる者にございます。貴方がまだ赤子の頃一度お目にかかっているが当然覚えておられないでしょうな」
男からは丁寧で品の良い言葉が返ってくる。詩人が歌うような張りのある聞き心地の良い声であった。
「残念ながら。一応名乗っておこう、私はジョジョ・ドゥト・イルテア。トゥールス公爵の長子だ」
シャルルは愉し気にジョジョの顔に見入る。好奇に溢れたその視線をジョジョは逸らさず受け止めた。
「若い頃の公爵によく似ていらっしゃる。早速ではありますが、はるばるトゥールスより御足労頂いた要件をお伺いしましょうか」
ジョジョは頷く。その後ろでアニエスやバスティアンが分かり切った事を、と苦い顔をしていた。
「バイロン領主レオポルド・ドゥト・イルテアの名においてシャルル・ドゥト・ゴールの警吏長の職を解く」
言って懐から委任状を取り出し掲げて見せた。羊皮紙にはこれを持つものに全権を委ねるとの旨が書かれ、公爵家の家紋の押印、レオポルドの署名が為されていた。
予め予想していたのだろうシャルルにも背後の警吏たちにも動揺の色はなかった。
「素直に従ってもらいたい。これ以上事を荒立てても互いにとって良いことは一つもない」
「構いませんとも。ただ一つ条件と言うか要望が」
余りにも軽く受け入れたシャルルの続く言葉にジョジョの右の眉尻がひくつく。
「聞こう」
「貴方に一騎打ちを申し込みたい。どのみち私は処分を免れない身の上、貴方が直に手を下すことで次期公爵の力の誇示と見せしめにもなる、如何」
警吏長の端正な顔に一瞬鋭い刃の翳が差す。シャルルのマナ使いとしての顔を垣間見た瞬間であった。軟弱な容姿に隠された牙、油断ならぬ相手と気を引き締める。
「いいだろう、それが貴公の望みとあらば」
唯の悪足掻きなのか、それとも他に何かを企んでいるのか、どちらでも構わない。一族の不始末は一族の者がつける。これは公爵家の長子として生まれた者の使命。ジョジョはシャルルの要望を受け入れた。
「素晴らしい。それでこそトゥールスの明日を背負って立つ御方。では早々に始めましょうか」
シャルルが手を上げると背後に控えていた警吏が後方へと移動を開始する。
「おい、いいのかよ。一騎打ちだってよ」
思わぬ事の成り行きにバスティアンがエーレンに声をかける。戦闘を想定していたアニエスも困惑した表情を浮かべていた。何も応えず組合長はジョジョの横まで歩を進めるとシャルルと相対した。
「ジョジョ様、少しお待ちを。シャルル卿、確認しておきたいのですが本当に解任を受け入れるのですな?」
「勿論。貴族に二言はない」
柔らかな笑みを浮かべて答える。とても今から命を懸けて闘う男の顔には見えない。甘んじて罰を受ける様な顔にも。
「契約の神ヴォレオクトゥスに誓ってですか」
「ヴォレオクトゥスに誓って」
「これで言質は取りました、貴方が契約を破った場合ヴォレオクトゥスによって契約破棄の呪いが降りかかるでしょう」
「承知」
言ってシャルルは一言も私語を漏らさず秩序正しく並ぶ警吏を振り向いた。
「聞いての通りだ。私はたった今トゥールス公爵の代理人であるジョジョ・ドゥト・イルテアによって警吏長の職を解かれた。諸君は私の部下ではない、よって私の言に従う理由もない。今まで私の下でよく働いてくれたことに感謝する。タンベルク、後の事は頼んだ」
副長は一つ息を吐くと重々しく頷いた。警吏たちも無言で受け入れていた。
シャルルの穏やかな双眸がエーレンを見る。
「これでいいだろう。そちらも野暮な介入は慎んでくれ給えよ」
エーレンは答えず視線をシャルルからジョジョへと移し問いかけた。
「宜しいですか」
シャルルは黙って殺されるつもりはない、それでもやるのかと言う意味を込めていた。
「あぁ、手出し無用に願う」
エーレンの含意に青年は分かっていると目で了承の意を表す。瞳に鋭い光を宿らせるとジョジョは心の内奥を覗き込むようにシャルルの顔を直視した。
「私からも一つ、闘いの前に聞いておきたい事がある」
「何なりと」
「なにゆえ貴公は公爵を、バイロンを裏切ったのだ」
シャルルの目が寂しげに伏せられた。
「それは、貴方が勝った時にお教えしましょう。さ、始めましょうか」
外套を脱ぎ捨てると腰に下がった鞘から刺突剣を抜いた。先端が尖り光を放つ細い剣身に、美しく装飾された柄が目につく。ジョジョもまた長剣を抜くと振ってエーレンを下がらせた。
広い練兵場の中心でトゥールス公爵が長子ジョジョ・ドゥト・イルテアと元警吏長シャルル・ドゥト・ゴールが対峙する。
「このままやらせていいのかよ」
退いたエーレンの下へバスティアンが近づき言った。
「本人がやると言ってるんだ。我々がとやかく言う事ではないだろう」
「あの警吏長、どのぐらいやるんだ?」
「元でしょ。元警吏長」
男たちの会話にアニエスが割って入る。
「こまけーな、通じんだろうがよ」
「上級使だよ、あの男は」
腕を組んだエーレンが元警吏長を見ながら答える。シャルルとジョジョは向かい合ったまま動かない。
「へぇ、とてもそうは見えないわね。紅茶碗以上を持ったことないような顔してるけど」
「クック、ハッハッハ、何だ茶碗以上って意味が分かんねーよ」
何が可笑しいのかバスティアンは腹を抱えて笑う。それを冷めた目で見るアニエス。
「優男って事よ、見てみなさい、あの指。貴婦人のように細くて白い。私より綺麗な手をしてるわ」
若干自棄気味に刺突剣を握るシャルルの手を指さす。
「我々は見届けるだけさ、始まったぞ」
エーレンの言葉にバスティアンは笑うのをやめ真顔になると二人の男の方を向く。
三人の視線の先ではシャルルが掲げた刺突剣にジョジョが長剣を合わせていた。交差した剣が高い金属音を立てると両者が引いて構えた。
「ほぅ、もしかするとそれはイルテア家に伝わる名剣、恋するランスロットですかな」
シャルルは魅入られたようにジョジョが握る剣を凝視する。
「いや、これは」
一瞬ジョジョの注意がシャルルから外れた。アニエスに優男と揶揄された男はその名に似つかわしくない反応を見せる。踏み込むと電光石火の一撃をジョジョへと撃ち込んだ。隙と刺突剣の速さに躱しきれず鎧で覆われていない右脇の僅かな隙間を貫かれてしまう。シャルルは刺突剣を引き抜くと同時に身体も退く。
「卑怯な!!!」
苦痛を堪え顔を顰めたジョジョが罵った。思いのほか大量の血が滴り落ちる。どうやら動脈が傷ついたようであった。脇を占め止血をするが、十分ではないうえ動く事が出来ない。これは闘いなのだ。気を逸らされていなくとも防げたかどうか。相当の使い手である事を示した眼前の男を睨む。
意気込む事なくシャルルは薄い笑みを口元に浮かべ静かに佇んでいた。




