伍拾漆 訪問
ジョジョ一行は大通りに面する警吏の庁舎前に立っていた。ジョジョにエーレンハイド、アニエスが率いる隊にバスティアンの隊、合わせて十二人。
アニエスとバスティアンの隊は勢いのある若手の有望株、エーレンは歴戦の兵、ジョジョも若いながら修羅場を幾度も潜り抜けてきた戦士特有の空気を身に帯びている、僅か十二人といえど少数精鋭の集団であった。
アニエスの薫衣隊もバスティアンの青嵐も同性で構成されており、道すがら何故かと問えば二人ともに「異性が入ると面倒くさいことになる」という答えが返ってきた。
故郷であるトゥールスの私軍は男女混成団であり、ジョジョ自身その事で何か不都合を感じたことはなかったが、数人の規模になり四六時中一緒にいると話は違ってくるのかと頭を捻る。異性への思慕の念が生まれそれが隊員の仲を裂くのだろうか。これから訪れる場所では相手の出方次第で戦いとなり命を落とすやも知れぬと言うのに、取り留めのない思いに捕らわれているのが自分でも不思議であった。
「では行こうか」
ジョジョが振り返って面々の顔を見る。どの顔も精強で太々しく怖気づいている者は一人もいない。頼もしいことだ、ジョジョの口元に自然と笑みが浮かぶ。
一行の前には威圧的な石製の門が立ちはだかり、横には武装した衛兵が長槍を手に厳しい視線を周囲に向けている。近付くジョジョたちを見咎めると居丈高に問い質した。
「貴様らは何者だ?今我々は立て込んでいる。詰まらぬ理由で訪れたのであればただではすまんぞ」
高圧的な態度で臨む警吏にジョジョは良く通る声で返す。
「私はこの地を治めるトゥールス公爵が長子、ジョジョ・ドゥト・イルテアだ。公爵より領主としての全ての権限を委任されこの場に赴いた。警吏長殿に私が会いに来たと伝えられたし」
「何だと!?」
トゥールス公爵の子息と名乗った男の背後に冒険者組合の組合長が目に入る。そしてよくよく観察すれば、眼前の青年の顔には一、二度見たことのある公爵の面影が差していた。付き従う他の者に目を移しても皆が皆、肝が据わった顔をしている。
揶揄われているのかと思い激高しかけたが、もしかすると本当なのかも知れない。とすれば自分の手に余る。
「一寸待って、いや、お待ちください」
一礼すると建物の中へ駈け込んでゆく。態度が改まり言葉遣いまでが変わっていた。
「シャルル殿が大人しく解任されてくれればよいが」
門番の背中を見送っていたジョジョが心情を吐露する。
「俺はどちらでも構わないぜ。警吏の連中には鬱憤が溜まってんだ、ここで晴らしておくのも悪くない」
バスティアンの威勢に青嵐の仲間内からは賛同の声が上がる。蛮声を上げる青嵐を横目に、アニエスが溜息を吐きながら口を挟んだ。
「何を言ってるんだか。あちらは百人こちらは十二人、まともにやれば勝負にならないでしょう、私たちの役目は均衡状態を作りだし話し合いの場を設けさせる事よ」
「何だお前、やられるつもりかよ」
嘲笑を込めた目でアニエスを見るバスティアン。アニエスは左手を右脇に挟み右肘を立てて、やれやれと目を瞑り否定の仕草をする。
「私はまともにやればって言ったのよ。その耳はお頭と同じで飾りなのかしら?いざとなれば百人ぐらいどうにでもしてやるわ」
「言うじゃねぇかアニエス」
不敵な笑みを浮かべるバスティアンに対しアニエスは酷薄な笑みで応える。両者の間に緊張が高まる。
「二人ともそこまでだ。闘志を昂らせるのいいが相手を間違えるなよ」
エーレンが割って入った。アニエスが意外そうな顔で
「あらエーレン、これが私たちの気分の高め方なのよ。ねぇバスティアン」
「へっ、よく言うぜ」
吐き捨てるように言って仲間の元へ戻ってゆく。
ジョジョは黙って気鋭の冒険者を観察していた。大人しい印象を見る者に与えるアニエスだったが思った以上に気が強い。バスティアンは風貌通りの獰猛な男でどちらも扱いにくそうであった。万が一戦闘になった時、二人の性質が連携の阻害要因にならなければよいが。
「大丈夫ですよ。あれで彼らは互いに力を認め合ってます。同世代なのでつい張りあってしまうのが玉に瑕ですがね」
雇い主に浮かんだ懸念の情を目敏く見つけたエーレンはそれを解消するべく口を開いた。ジョジョは黙って頷く。その横顔はこれからの事を予想しているのか張りつめて見えた。
先ほどはああ言ったがエーレンは警吏がこれ以上領主であるイルテアに歯向かうとは考えていなかった。ツィトスの推測通りであれば近日中にも克肖会はこの街から姿を消すであろうし、用済みとなった末端の手駒である警吏に教会や宮宰が力を貸すとも思えない。シャルルも馬鹿ではない、その程度は思慮のうちであろう。それに半分近くの警吏が此度の警吏長の判断を快く思っていないとの情報も掴んでいた。仮に戦闘になった場合でも警吏百人全てが相手になることもあるまい。
大人数を引き連れてこなかったのも下手に刺激して突発的な事故が起きないよう考慮しての事、だからこそ手練れとは言え僅かニ隊のみを率いて訪れたのだ。
エーレンは遠縁とは言え一族の一人である警吏長シャルルをジョジョがどのように処遇するのかお手並み拝見するつもりでいた。そこへ先ほどの衛兵が一人の男を連れて戻ってくる。甲冑を纏わない軍服姿の男がジョジョの前まで歩いてくると慇懃に礼をした。
「お初にお目にかかります。私は警吏長の下で働く副長のタンベルクと申す者。シャルル様がお待ちです、こちらへどうぞ」
ジョジョは頷くとタンベルクと名乗った男の後をついてゆく。誰一人口を開くものはない。庁舎の入り口を通り過ぎ、建物の中ではなく裏手の方へ誘われていた。
「我々を何処へ連れてゆくつもりだ?タンベルク」
不審に思ったエーレンが顔見知りでもある副長に声をかける。足を止め振り返ったタンベルクの目には僅かな感情の揺らぎ。
「警吏長は練兵場でお待ちだ」
「何だと!?」「警吏は本気でやる気かよ」「上等だ、今まで虚仮にされた分返してやるぜ」「腕が鳴るわ」
その言葉を聞き怒号が、主に青嵐から湧き上がった。タンベルクは眉一つ動かさずそれらを受け止める。
「一つ聞きたい。シャルル殿はあくまで公爵への造反を貫くおつもりか?」
ジョジョが直截に尋ねる。対決姿勢を匂わす展開にも、その声には怯えも困惑もなく毅然としていた。
「私には分かりかねます。ただ練兵場へお連れしろと命を受けただけですので」
ジョジョを見る副長の目には覚悟を決めた色があった。そしてそこには幾分かの諦観も混ざる。
「クック、こいつは面白くなってきたぜ。なぁ」
バスティアンが早くも戦闘への思索に耽るアニエスへと視線を向ける。女は一瞬の内に思考を纏めタンベルクに聞こえぬよう小声で提案をした。
「我々が有利に事を運ぶには奇襲しかないわ。合図は私がする」
男は分かってらぁと口を歪めた。二人の囁きを聞き咎めたエーレンは口を挟む。
「待て。少し様子を見たい。こちらから手を出すのは控えてくれ」
「おいおい、組合長。んな悠長な事言ってる場合かよ。相手は練兵場にいるつってんだぜ?どう考えたって戦闘態勢で手薬煉引いて待ち構えてんだろうがよ」
呆れた声でバスティアンが反論をする。アニエスも無言で抗議の姿勢を取った。しかしエーレンは引かない。
「私が全ての責任を取る。ここは従ってくれ」
「責任取るってもなぁ、あんたが死んだらどうすんだよ」
密語の会話は続く。
「ならばこうしよう。万が一向こうが戦闘の口火を切ったらこの契約は反故にしてくれて構わない。お前達は即座に離脱してくれ。ジョジョ様は私が何とかする」
「何とかするって、いくらあんたでも百人からの警吏相手にあの坊ちゃんを守れんのか?」
腕には自信があるエーレンも断言はできない。そこへ黙っていたアニエスが疑問をぶつける。
「エーレン、貴方の事だから警吏が手をだしてこないという根拠を持っているのでしょう?それを聞かせて頂戴」
ツィトスが克肖会に乗り込み陰謀が明らかになりつつある今、隠しておく必要を感じなかったエーレンは此度の騒動の推測を簡潔に語った。
「なるほどね、確かにお役御免となった警吏にはこれ以上公爵に盾突く意味がないけど悪足掻きって線もあるわよ。そもそも何故公爵家に連なるシャルルが裏切ったのか分かってないんでしょう?」
「その点は不明だがそれだけではない。今回の件に不満を抱いている警吏は半分近くもいるそうだ。ジョジョ様の委任状を見て何人がシャルルに従うかな?」
「そんなのジョジョ様が名乗る前に襲撃されたら分からないじゃないの。まぁいいわ。但し戦闘になった場合、極力ジョジョ様を護るつもりだけど危なくなったら離脱しても罪に問わない。これが条件よ。貴方はどうバスティアン?」
「俺もそれでいいぜ」
アニエスとバスティアンが視線を交わし、エーレンが重く頷いて話が纏まった。
「エーレン、相談は終わったか。私もジョジョ様も待っているんだがな」
タンベルクが言う隣でジョジョも三人を見つめていた。その顔に浮かぶ表情は不退転の決意で臨む事を表していた。




