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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
迷宮都市 バイロン
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伍拾陸 来訪者

 武蔵は少女が展開する不可視の結界を見つめ思惟する。弾かれたのは結界の強度に対し己の力が足りなかったせいである。アナイスが不可思議な術で身を護るのならばその結界ごと斬ってしまえばいいだけの事。

 武蔵の思考は何処までも合理的であった。


「まさか物理障壁まで出すことになるとは思いませんでした。なかなかの強さをお持ちですね」


 少女が落ちていた巨斧を拾いながら武蔵を誉めた。武蔵の剣を持った腕は今も重く痺れている。果たしてあの結界を斬れるか。己に問う。斬れる。否、斬れぬはずがない。

 高めろ、気を何処までも高めるのだ。轟っと息を吐き武蔵がアナイスへ斬りかかる。


 気を練る。あの結界を切り裂くためには気が足りない。武蔵は丹田に溜めた気を背骨に沿って昇龍の如く上昇させてゆく。

 気を練る。剣を振り、剣で防ぐ間にも頭頂から尾骨まで、気の龍が己の尾を咥えるように昇降を繰り返す。

 気を練る。円環となった龍が灼熱の溶鉄と化し体の内から熱せられる感覚。

 

 高めた気を爆発させ上段からの渾身の振り下ろし。少女が大斧を頭上に掲げ防ぐ。甲高い激突音に混ざる軋む音。強固であった大斧が初めて下に弾かれる。少女に反撃の機会を与える間もなく反動を利用し袈裟切り。狙うは大斧。激しい衝突で更に揺れる。火花に何かが罅割れる音。逆袈裟。破砕音。巨斧が砕け散った。


「応っ!!!」


 輝く白光の剣閃を引きながら打ち下ろす。アナイスの頭頂部斜め前方で紫電が発生、拮抗する間もなく防御結界の強度を武蔵の長剣が上回る。

 ぶわんと音を立て大気が振動。結界が切り裂かれアナイスへと到達するかに見えたその瞬間、再び不可視の障壁に跳ね返された。測り知れない力を持つ少女は物理結界を多重展開していた。

 弾かれた武蔵は距離を置き、歯ぎしりを立てアナイスを覆う見えざる結界を凝視する。長剣を持つ武蔵の両腕には更なる重い痺れ。握っているかさえ分からぬ程の感覚の麻痺が起きていた。


「人が魔法を多重展開できるはずが!?」


 リグテュスから驚きの声が漏れる。隣に立つアベルもまた瞠目していた。マナ使いの常識的な知識として、人類は魔法を並行展開する事が出来ないと言われている。

 魔法とは世界の理を局所的に変異させ任意の現象を励起させるものである。演算により魔法式を構築し魔韻を含んだ言葉で世界を構成する物理の弦を振動させ魔法を発動する。

 演算と呪文の詠唱という二つの理由により人類は魔法の同時展開が出来ない。それは技術的な問題であると同時に、人の持つ脳の限界に起因する根源的なものであった。

 人間である以上何人もその軛から逃れる事は出来ない。


「あの娘の人を遥かに超越した魔力、そして魔法を同時並行展開出来る事実」


 アナイスを睨みつけるように見る森人の白皙の眉根に皺が寄る。


「来訪者」


 ぽつりと呟いた。リグテュスの言葉にアベルは驚きと共に得心する。確かにあの少女の人知を超えた力をそれならば説明できる。

 来訪者、それはこの主物質界とは異なる高次の世界の住人。別次元から訪れる者という意味を込めて来訪者と呼称される。人類の歴史に幾度となく登場してはその度、世界に大きな災禍を齎し、ある時には神と畏れられ、またある時には悪魔と恐れられてきた。その存在の多くは謎に包まれていたが精神生命体であること、それ故この世界に顕現するためには魔力を帯びた物質を依り代にする必要がある事が知られていた。そして来訪者の力は依り代に依存するとも。


 冒険者の中にも気付いた者がいたようで、それは波のように広がり来訪者の言葉が口々に上る。本来ならば恐慌をきたし我先にと逃げ出しても可笑しくはない事態であった。

 万夫不当、嘗て一体の来訪者によって国家が滅びかけたという逸話も残る、マナ使いにとって来訪者との遭遇は絶対の死を意味するとさえ言われていた。来訪者の名はそれほどの意味を持つ。しかし逃げ出す者は皆無であった。狂乱するには少女は美し過ぎ、退避するには目前での闘いが刺激的過ぎた。好奇心が死の恐怖に勝ってしまっていたのだ。


「私の魔力によって強化された斧を砕くとは。そして私の物理障壁を斬る事が出来る人なんてそうはいませんよ。誇っていいです」


 何処までも吸い込まれそうな虚無の瞳が武蔵を見つめていた。燃え上がるような目で見つめ返す武蔵の腕には今も尚感覚がない。少女は武蔵から視線を逸らし冒険者の輪の外にいるフィルベックを捉える。


「申し訳ありません。貴方の大事な斧を壊してしまいました。ですが粉々に砕いたのは私ではないので文句を言うならこの人に」


 かなりの距離があるにもかかわらず何故かフィルベックに少女の声が届く。謝罪をすませると少女は握っていた大斧の、今はただの金属の棒と化した柄を捨てた。漸く剣を握る手に感触が戻ってきた武蔵は一振りして確かめる。


「貴方が思っていたよりも強いので私も少し本気を出します」


 アナイスの前方に呪紋が展開、百を超える銀色の短槍が出現する。魔法に必要な詠唱が誰の耳にも聞こえなかった。森人の長く大きな耳が何かの音を拾ったのか僅かに動く。


「行きなさい」


 少女の声に押されたように鈍色の餓狼が解き放たれた。音速を超えて武蔵に襲いかかる。

 突風を伴い無数の短槍が瞬時に武蔵に到達、するかに見えたが届く事無くその前方で次々と砕け散り、金属同士が触れ合う澄んだ高音が響き渡った。砕かれた短槍が光に変換されてゆく。雨の様に降り注ぐ青い光の粒子の散乱の中で、武蔵の姿は先ほどと寸毫も変わらない。


「異人も結界を使えるのか?」


 超級のマナ使いである少女が放った射出魔法に全くの無傷であった武蔵を見て冒険者の中からそんな疑問の声が上がる。


「私は自分の目が信じられないよ、リグテュス」


「私もです。まさかあのような防御の仕方があるとは」


 アベルが思わず森人へと話しかけていた。リグテュスもまた予想だにしない武蔵の技に驚きを禁じえない。冒険者の口から武蔵も結界をつかえるのかとの疑問が出たがそうではなかった。

 武蔵は先ず最も速く到達した幾つかの短槍を長剣で斬るのではなく弾いた。その弾かれた短槍の先には別の短槍があり弾く。その弾かれた短槍がまた別の短槍をと言った具合に連鎖的に広がっていく。須臾しゅゆの間に武蔵は音速を越えて飛来する短槍を上回る速さで剣を僅か二度振るったのみ。それだけで己を貫く矛を盾と化し、百の短槍から身を防守したのであった。


「面白い防ぎ方をしますね」


 変わらず露ほども感情を表さない能面の様な顔で少女が言った。だがその口調には、ほんの少しばかり興がのっているようにも聞こえた。来訪者と思しき少女は感情がないのではなく、その作り方を知らないだけなのかもしれなかった。武蔵は剣を握りなおすが未だ指の感覚が鈍い。時間が必要だった。


「お主の正体は来訪者とやらか」


 リグテュスや冒険者の呟きは戦いの最中であった武蔵にも届いていた。一瞬少女の動きが止まる。武蔵には何故だかアナイスが泣き出すように思われた。だが少女の表情に変化はない。


「私は私ですよ。さ、次は躱すのは無理だと思いますが頑張ってください」


 少女は安易に時を稼がせてはくれなかった。またもや詠唱は聞こえずアナイスが掲げた手の先に呪紋が展開する。大きな魔力が注がれているのが感じられた。武蔵は魔法の発動前に大きく横に動いていた。その直後それまであった場所を眩いばかりの光の線が穿つ。超高温で石畳が融解し陽炎が起こり景色が揺れていた。

 

 武蔵は目を細める。危なかった。短槍とは比べ物にならぬ、目で追うどころか認識さえ出来ぬほどの速度。発動後に避けようとしていれば、動く間もなくあの光の線によって貫かれていた事だろう。以前共に暮らしていた魔術師に教えられた知識が役立っていた。呪紋はその系統ごとに紋様が異なり、知識さえあれば発動される魔法を事前に察知することが出来る。少女が展開した呪紋は光学魔法と呼ばれるものであった。魔術師によれば光学魔法とは光の速さで放たれるもので、この系統の魔法は術者の視線や微細な挙動、立ち位置、そして呪紋を検案し発動前に動かなければ絶対に避けられないと教えられていた。


「素晴らしい動きです。さぁ、貴方の力の限りを私に見せてください」


 アナイスの前方左右に二つの呪紋が並行展開される。来訪者の力は未だ底が知れない。


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