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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
迷宮都市 バイロン
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伍拾参 青年

 ツィトスらが謎の少女と闘ってるのと同じ頃、冒険者組合に一人の冒険者が訪れていた。襤褸になるまで使い込まれた革の外套を纏う精悍な顔つきの青年であった。歩く度にめくれた外套から鈍色が覗き、甲冑が音を立てる。

 男は冒険者が屯する所内を一瞥すると、その重さをまるで感じさせない動きで正面にある受付まで行き、組合員に声をかける。


「もし、エーレンハイド組合長に取り次いで貰いたい」


 何かの書類に筆記していた見目麗しい受付の女組合員が、青年の言葉を聞くと訝し気に顔を上げた。


「失礼ですが面会の約束はおありでしょうか」


「ない」


 女はあからさまに不審な表情を作る。


「それではお受けしかねます。面会予約の書類を提出してください」

 

「そのような時間はない。イルテアが面会を希望していると伝えてくれ。それで通じるはずだ、頼む」


 男は真摯な態度で女に向かって言った。組合員を見下ろす青年の顔は纏う襤褸とは対照的に育ちの良さを感じさせる。何処となく漂う高貴の香りに断り切れず、女は溜息を一つ吐くと渋々と承諾する。


「分かりました。伝えるだけ伝えてきます。少々お待ちください」


 組合員の女は立ち上がり、奥に連なる扉を開き中へと入っていく。男は組合員の背中を悠然と見送るとそのまま所内を見渡した。視線の先には徒党を組んで蛮声を上げる者、一人静かに掲示板を見つめる者、血気盛んに言い争う者、椅子に座り俯いたまま身動ぎ一つしない者、様々な状況の冒険者たちの姿があった。そんな冒険者たちを何とはなしに眺める男の視界の端で扉が開き、女が戻って来ると言った。


「組合長がお会いになるそうです。こちらへ」


 女が手で奥への部屋を示す。男は促され後についていき女が開けて待っている扉を潜る。室内には卓を挟んで両側に安楽椅子が置かれ、奥には重厚な机があり椅子には組合長と思しき中年の男が座っていた。

 冒険者の男が部屋に入るなり組合長は立ち上がって迎えた。礼を失しないよう、青年の全身を素早く観察し値踏みを終える。


「イルテア閣下の縁者の方とお見受けするが、何か証明できるものをお持ちか」 

 

 開口一番素性を問い質す。男は頷くと罅割れた外套を捲り、腰の革帯にかかっていた煌びやかな装飾の短剣を鞘から抜くと逆手に持って刀身を組合長に掲げて見せる。

 鈍く光るそこには、イルティアの象徴である幻獅子が相対するトゥールス公爵家の紋章が精緻に彫り込まれていた。


「トゥールス公爵からの委任状もあるが」


 組合長はそれには及びませんと言うと恭しく礼をする。

 

「初めましてイルテア閣下の御子息、確かジョジョ様でらしたか。私はエーレンハイド。ここの組合長をしております」


「トゥールス公爵レオポルド・ドゥト・イルテアが一子、ジョジョ・ドゥト・イルテアだ。貴兄に頼みがあって参った」


 エーレンの博識と推察に軽く瞠目しながら青年は口を開いた。若々しく活力に富んだ声が明朗に響く。エーレンは姿勢を戻すとジョジョと名乗った青年と相対する。


「お聞きしましょう」


 手で安楽椅子に座るよう示す。ジョジョは短剣を鞘に納めると腰を下ろした。甲冑が重い音を立てる。エーレンも反対側の安楽椅子に座ると後方に佇む女組合員に声をかける。


「ミレーテ、お茶を」


「いや、その必要はない。今すぐ警吏の庁舎へと向かいたい」


 即座に断りの言葉を入れるジョジョに組合長はほぅと言葉を漏らす。 


「そのご様子ですと既にバイロンでの見分は終わってるようですな」


 エーレンは青年を見る。その顔には品こそ感じられるが、甘やかされて育った者特有の弱さや脆さと言ったものがまるで見いだせない、鍛え抜かれた戦士の顔をしていた。どうやらトゥールス公爵は物見遊山で息子をバイロンへ寄越したのではないらしい。


「あぁ、この目で確かめた。想像以上にひどい有様だった」


 険しい表情を浮かべたジョジョにエーレンが問う。


「警吏の庁舎へ行ってどうしようというのですか?」


「私はトゥールス公爵より全権を任されてこの地に赴いた。警吏長のシャルル殿を解任するつもりだ」


「バイロンに来たのは貴方お一人でですか?護衛や私兵は連れてこなかったので?」


「隠密に調査するために私一人で来た。父上、トゥールス公爵は遠縁であるシャルル殿に裏切られたと考えている。間者とも連絡が途切れ、誰が敵で誰が味方か分からぬ状況だ。故にもっとも信頼すると言うか裏切りようのない息子の私をバイロンへと遣わせたのだ」


 エーレンは歴史上、息子が父親を売る、或いはその逆の例が幾らでもあるだろうにとは思ったが口にはしなかった。そして解せぬ、とも。トゥールス公爵の立場から考えて、いくら隠密に調査する為とは言え大事な後継ぎ候補を一人で危険に晒すだろうか。他に何らかの意図があるのか、分からない。


「それにしてもお一人とは随分と大胆な話ですな。で、我々にどうしろと?」 


「見届け人になって欲しい。私一人で行って何かあっては死人に口なしだからな」


「我々でよろしいので? ご存じとは思いますが灰狼という荒くれ集団は警吏と通じていました。冒険者組合とてシャルル卿と手を組んでいるかもしれませんぞ」


「貴兄ら冒険者が警吏と対決姿勢に入ったと聞き及んでいる。そして今エーレンハイド組合長と会い見えて確信した。私は若輩だが人を見る目はあるつもりだ。貴兄は信頼に足る人物だと」


 組合長は過分な評価に苦笑いする。


「分かりました。私と手練れの隊を二つほど連れて行きましょう、幾らかの抑止力となるはずです。それと老婆心ながら一つ。一見しただけで人を判断するのはおよしなさい、長い時をかけてさえ人の本性を見抜くのは至難。これは貴方より長く生き経験を積んだ者からの忠告です」


 ジョジョは神妙な顔で頷いた。


「ではお願いする」


 言って立ち上がる。エーレンはせっかちな青年に再び苦笑し後ろに控えているミレーテを振り返る。


「ミレーテ、アニエスとバスティアンがいるはずだ。彼らを呼んでくれ」


「はい」


 女が組合長室を出て行った。エーレンは立ったままのジョジョを見る。


「座ってはどうですか」


「いや、このままでいい」


 程なくしてミレーテが冒険者風の男女を連れて再び室内に現れた。二人ともまだ若い。長い茶色の髪を束ねた総髪で、穏やかな雰囲気を纏う青い瞳の女がアニエスと名乗り、傍らで立つ痩身でくすんだ金髪を撫でつけた男は口を開かず、淡褐色の瞳で無遠慮にジョジョを睨むように見ている、バスティアンであった。

 温和な印象を与える風貌のアニエスであったがジョジョを見る瞳は冷徹な翳を帯びていた。バスティアンは見たままで猛々しい。二人ともに尋常ならざる精気を発散していた。


「今から少し俺に付き合って貰いたい」


 そう言ってエーレンハイドはジョジョを見る。青年は目で頷く。


「この方はトゥールス公爵が長子ジョジョ様だ。見届け任の役を我らに望んでおられる」


 二人の顔に驚きはなかった。バスティアンの鼻から、ふんと面白くなさそうな音が漏れる。貴族に対するあからさまな反感であった。それに対しその様な態度を取られることに慣れているのか、公爵家の子息は特に反応を示さない。ジョジョの了承を取った組合長は説明を続ける。


「トゥールス公爵より全権を委任されたジョジョ様は警吏長シャルル卿を解任するおつもりだ。当然警吏の反発が予想される、俺たちはそうさせないための抑止となる」


「了解した」


「私もだ」

 

 下手をすれば全警吏を敵に回すかも知れず、命を落としかねない案件にも二人は即諾した。若さゆえの蛮勇なのか。


「危険な任務だ、最悪我らの命をもってジョジョ様だけは逃さねばならない。だが無事やり遂げる事が出来れば相応の報酬は期待してもいいだろう」


 組合長の言葉をジョジョが頷きながら引き取る。


「バイロンを治めるトゥールス公爵の名において約束しよう。その為には生きて帰らねばならないがな。では諸君、行こうか」


 軽い冗談にアニエスだけが目で笑う。エーレンハイド、アニエス、バスティアンの順に視線を流すと外套を翻し扉へと向かう。その背中には貴族の御曹司のひ弱さなど微塵も無かった。


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