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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
迷宮都市 バイロン
53/104

伍拾弐 瞠目

 

「おい、お嬢さん。人違いでしたなんて事になったら後味悪いから確認しておくぜ」


 フィルベックが巨斧を構えた臨戦態勢のまま少女を見据えて言った。


「お前さんがアルフレム達をやった灰狼か?」


「さぁ? アルフレムという方は存じ上げませんし私は灰狼などと言う名ではありませんが貴方方の敵と認識していただいて構わないと申し上げておきます」


 能面の様な顔にはどのような感情も浮かんではいない。人を象った精巧な人形がこの世に生み出された瞬間、表情が固定される様に凍てついていた。


「どういう事だ、灰狼じゃないのか? ならば何故敵になる?」


「貴方方三人の内の何方かがツィトスなのでしょう? フィルモアに頼まれたのです、少々おいたが過ぎたので懲らしめてやってくれと」


 克肖会の一支部とは言えマナ使いの信徒を束ねるフィルモアを呼び捨てにした事にフィルベックとハィガニーは視線を交わす。少女の言葉を聞いたツィトスの顔に珍しく苦みが走る。


「はっ幼児扱いですか、これは困りましたね。ですがこれで確認できました。やはりこの少女こそフィルモアの言う灰狼のようです」


「そのようだな」


 少女から片時も視線を逸らさず大男が太い顎で頷く。

 フィルベックとツィトスが少女と対話をする後ろでハィガニーは静かに精神を集中し始める。


「一応聞いておきますが何か言い残しておくことはありますか?」


「何も。あぁ出来れば場所を変えたいのですが。こんな街中で闘っては一般の方が犠牲になってしまうのでね」


 青年の脳裏をつい先ほどまで会っていた親子が過る。出来るならば同じような家族を増やしたくない。


「優しいのですね。ですが場所を変える必要はありません。貴方方程度ならば周囲に被害を与えることもありませんから」


「これは舐められたものだ、お前さん武器を持ってないところを見ると魔術師だろう? 魔法を使わず俺たちの相手をするつもりか」


 格闘家という可能性もあったが少女が纏う動くことに適していない服と、僅かに見える拳に鍛錬の痕が無かったことから排除した。強者の矜持を害され片眉を吊り上げたフィルベックの言葉に少女は何も答えずツィトスを見る。


「どうしてもと言うのなら一分だけ待ちます。避難させては如何ですか」


「お優しいことで」

 

 フィルベックが呆れた声を出した。ツィトスは息を吸い込むと大音声で叫ぶ。


「此処は危険です、直ちに避難してください!!繰り返します、この一帯は戦場になります。直ちに避難を!!!」 


 その声は辺り一帯に響き渡った。ツィトスの警告に市井の民が続々と家屋から出てくると少女と男たちを一瞥するのみで、不平も不満も何も言わず慣れた様子で一斉に避難を始める。

 乳飲み子を抱いた女や足や体が悪い老人には近くにいた者が手を貸し、子供までもが黙々と退避してゆく。一種異様な光景であった。

 遠ざかる人々とは対照的に好奇心を旺盛にした冒険者たちが何処からともなく集まってきた。屈強な三人の男と対峙している美しい少女を見るなり、更に興味が増したように目を輝かせている。

 多くは傍観するつもりだったが中には可憐な少女側に参戦しようとしている者もいた。

 フィルベックがそんな気配を見せる冒険者たちに鋭い視線を投げつける。


「手を出す奴は殺すよ。これは俺達とこの娘の闘いだ」


 冒険者がざわつく。「フィルベックだ」「誰? あの大男」「知らないのかよ、探求の団の団長だよ」と声が聞こえてくる。


「さて一分経ちました。退屈な遊戯の時間です」


 一身に好奇の視線を集めながら少女が無機質な声で本当に退屈そうに言った。フィルベックとツィトスの後方に影のように控えていたハィガニーの口が開き魔杖を空に掲げた、と少女の足元から黒い蔦が出現し螺旋を描いて身体を絡めとる。

 闘いは既に始まっていた。ハィガニーが行使したのは蔦からは無数の固く鋭い棘が生え、その先端からは透明な液体が染み出ており、動きを封じる作用と傷つけた箇所から即効性があり致死性の高い毒を注入する二重の効果を持つ魔法。好機を逃さずフィルベックの巨体が風のように動き、少女の遥か頭上から一瞬の躊躇いもなく巨斧を振り下ろした。誰もが柘榴のように赤い肉を露出させた美しい少女の悲惨な最期を予想する。

 

 しかしそれは裏切られた。少女は蔦に封じられたはずの体を難なく動かし手を頭上に掲げて斧を止めていた。少女によって引きちぎられた黒の蔦は光の粒子となって大気に溶けていく。鋭く尖った棘が少女の柔肌を傷つけたはずだが毒を受けた気配は微塵もない。「そんな!?」と後方で魔術師の驚きの声。

 

 己の斧を容易く素手で受け止めた眼下の少女のあり得ない姿に、大男は瞠目し歯を食い縛る。ただでさえ太い上腕が更に膨れ上がるが少女によって掴まれた斧はびくともしない。

 そこへツィトスが踏み込む。右手に握った鋭利な短剣を少女へ向かって突き出した。避ける素振りも見せずに少女は斧を掴んでいた手を捻った。

 フィルベックの樹木の様な両足が大地を掴みそこない宙に投げ出され反転、迫る巨体から逃れるべくツィトスは咄嗟に横へと転がって避ける。大男は背中から地べたへ受け身も取れず叩きつけられた。


「がっ」


 肺の中の空気が残さず漏れた。石畳で舗装された地面が割れ、人型に窪んでいた。少女は手に残った大斧を悶絶しているフィルベックの傍に小枝でも放るように投げ捨てる。

 ツィトスの、ハィガニーの、そして傍観する冒険者たちの目が驚愕に見開かれていた。


「どうしました。終わりですか」


 少女の感情の籠らない声だけが静まり返った一帯に静かに響く。


「まだまださ」


 苦痛に顔を歪ませたフィルベックが斧を拾い身体を起こす。ふらつきながらも何とか立ち上がり一瞬ハィガニーに視線を送る。ツィトスが疾風のように少女へと迫った。

 右手の短剣を眩惑に左手に握られた短剣が風を切り少女の首筋を狙う、がまたしてもか細い手で難なく防がれ握られていた。少女の外見からは想像もできない力で握られた短剣は微塵も動かない。

 空いている少女の右手から圧力を感じたツィトスは短剣を離し後方へ退く。今まで体があった場所を少女の右手が掠めていった。少女の体が僅かに泳ぐ。機を計っていた大男の目に怜悧な光。


「たっせいぃぃ!!!」


 吠える声と共に再びフィルベックの巨斧が少女の脳天を目掛けて振り下ろされる。少女の左手が掲げられ受け止められるが、今度は先ほどと違いより頭部に近い場所であった。そこへハィガニーによる筋力強化の魔法がフィルベックにかけられる。魔術師は結果を見届けるより前に新たな魔法の詠唱に入った。


 筋力強化が発動。フィルベックの巨体が更に膨れ上がる。全身の力を両腕に込め斧を力押しで少女の頭部へと叩き込もうとしていた。少女の細く白い腕が徐々に力負けし下がり始める。少女の斧を掴んだ手の甲が額に触れたと思われた時、フィルベックが目を剝き開かれた口から黒い血が溢れた。少女の右手がフィルベックの鍛え抜かれた強靭な腹部を貫いていたのだ。赤く濡れた手が引き抜かれると更に大男は大量の血を吐いた。巨斧の柄を握っていた左右の指が小刻みに震え握力を失うと手から零れ落ちた。巨斧が大地と口づけをしそうになるのを少女の軟な細腕が阻む。


「っは!!」


 フィルベックの全身から力が抜け少女の身体に縋りつくように倒れこんでゆく。


「ひまはっ!!」


 血を口から溢れさせながら大男が叫ぶ。致命的な急所である後頭部を晒してまで両腕を少女の腰に回し動きを封じていた。ツィトスが反応し身体に隠し持っていた短剣を次々と投擲する。音より早く飛来する短剣を少女は刃の部分を掴んだままの巨斧を掲げて防ぐ。金属と金属が衝突する高く澄んだ音が立て続けに響いた。


 少女は斧を掲げたことにより己の視界を塞いだことに気づく。視線の先からツィトスの姿は消えていた。背後から殺気。ツィトスは凄まじいまでの速さで少女の死角へと移動し鋭い光の尾を引いた刺突を繰り出していた。決して避けることも防ぐことも出来ない必殺の機。

 だが精霊銀で出来た白銀の眩い光を放つ短剣は、少女が振り返り様突き出した右手の掌で止まっていた。驚いたことに白く華奢な手の腹には一滴の血も浮かんではいない。少女の腰の回転で動きを封じたつもりであったフィルベックは、軽々と振り回され足元に投げ出されて苦悶する。


「馬鹿な」


 呆けた様な青年の声が開いた口から零れる。言葉とは裏腹に少女を見つめる目の奥には欺瞞の光。


「と言うとでも思いました?」


 小馬鹿にしたような笑みを残して少女から大きく距離を取る。少女は瞬時に今の攻撃が時間稼ぎを兼ねていた事を理解した。後方より大きな魔力と朗々とした声が響くのを感じる。三人目の男、魔術師ハィガニーの詠唱であった。


 ハィガニーの杖を掲げた先には魔法陣が展開、更にその先に拳大で椎の実型の光の物体が出現し、それを包むように光の線によって筒、砲身が立体的に描かれてゆく。男の顔には苦痛と共に大量の汗。全魔力と精神を集中させて強大な力の制御に挑む。少しでも気を緩めれば構築した魔法式が霧散してしまう。呪文が紡がれてゆくに従い物体が仮想質量を持つ。光の砲身が少女へとむけられた。娘は己を狙う砲身を人形の様な虚ろな目で見つめている。


「フィルベック!!!」


「構わん、俺ごと撃ち抜け!!!」


 ツィトスが少女の足元に転がるフィルベックへ退避を呼びかけるが、最早そのような時間は存在しなかった。覚悟を決めた男の顔がハィガニーを見て叫ぶ。巨大な魔法の制御に限界を迎えつつある魔術師は瞬きで頷いた。


激大衝破灰壊塵撃砲突コンク・ラス・タレ


 ハィガニーの咆哮と共に轟音。砲弾が超音速で少女へと放たれた。目を閉じるより早く到達。衝撃波が一帯を伝播し、巻き上げられた土煙がその場にいた者の視界を覆う。


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