伍拾壱 少女
森人と別れ組合への帰路につくツィトスへ声をかける者があった。
「よう」
「これはフィルベック、ハィガニーも。探求の団の団長と副長が揃ってお買い物ですか?」
ツィトスに声をかけたのは道を歩く男たちより頭一つ飛びぬけている大男であった。ただ背が高いだけではない、太い骨格の上をよく発達した筋肉の鎧が覆っているのが着ている衣服の上からでも見て取れる。分厚い広背筋には使い込まれた巨大な斧が背負われていた。
青年はフィルベックと呼びかけた大男と、その横に並び立つ長身で手足が長く頭部が小さい特異な体形をした男、ハィガニーに挨拶を返す。
「冒険者が消えた話、聞いたぜ」
大男の口から低く太い声が漏れる。
「あぁ、それで犯人を捜して徘徊しているわけですか」
「相変わらず察しがいいな。何か情報はないのか」
ツィトスを見下ろすフィルベックの顔には期待が浮かぶ。何の取っ掛かりもない以上、仕方なく街をうろついていたが当然の様に収穫がなかったからだ。探し始めて大した時間も経っていないのに早くも歩くのに飽いていた。
「さぁ?ただ先ほど近いうち私の前に真の灰狼とやらが現れるなんて予告をされましたが」
「真の灰狼?何の話だ、詳しく聞かせろ」
二人のやり取りをぼんやりと聞いていた様に見えたハィガニーが顔を近づけ横から口を挟んだ。大男のフィルベックと長身のハィガニーに囲まれたツィトスは恐喝を受けているようにも見える。
「そんな迫らないでください、私にその気はありませんから」
「お前は何を言ってるんだ。それよりその真の灰狼の話だ」
青年の冗談めいた口調にハィガニーが真顔で答える。大男は割れた顎に太い指を当て、そんな二人をにやにやしながら眺めていた。
迫るハィガニーを手で押し戻しながらツィトスは克肖会での出来事を端的に話した。二人は驚きをもって受け止める。
「灰狼の後ろに克肖会、更にその裏に教会。そして黒幕は宮宰か」
「成程な、商人連中が傍観するわけだ」
フィルベックの呻きにハィガニーの得心が続く。長身の男の眠そうな目がツィトスに向けられ、やや緊張が込められた声で言った。
「フィルモアの話を真に受ければ、お前狙われてるんじゃないか?その真の灰狼とやらに」
「そうなんです、ただねぇ、真の灰狼って何なんだと思いますか?灰狼に40人もの冒険者を倒せる超級のマナ使いがいるなんて話聞いたことないですよ。私はてっきり克肖会の連中と揉め、何らかの策にでも嵌められてどっかに幽閉されているのではと考えていたのですが、そんな気配はありませんでした」
困惑気味に語るツィトス。フィルベックとハィガニーは顔を見合わせる。
「何故幽閉されていると思ったんだ?」
「それが不思議なことに40人ものマナ使いが消えたはずなのに戦闘の痕跡が何処にも残ってないんですよ。だから閉所にでも誘い込まれ睡眠魔法でも受けて閉じ込められているのでは、ぐらいに思っていたのですがね」
「克肖会の仕業ではなかったと言う事か」
思案気にフィルベックが言う。
「私が受けた印象ではね。フィルモアの口ぶりからすると当該者は彼女の言う真の灰狼なのかな、と」
ツィトスの話を聞いていたハィガニーはしかし、と首を捻る。
「ロランが精々上級三位程度。もしそんな強者が灰狼にいたなら噂にならないはずがない」
「いや、待て。追放処分を受けたバイロン同盟のアルフレムと手練れの幹部共が揃って消息不明だ。エーレンは既にこの世にいない事を仄めかしていたが、あのアルフレム達を相手に誰がそんな真似ができる?警吏か?灰狼?無理だ、出来っこない」
利き手の人差し指と親指で割れた顎を挟んで聞いていたフィルベックが己の考えを二人に聞かせる。
「組合長がそんな事を?私は素直に此処を追放されて何処ぞの都市にでも根城を移したのかと思っていましたが、言われてみればあれ程の人たちの噂が何も聞こえてきませんね」
「辻褄が合ってきたじゃないか。間違いなくいるぞ。俺達が知らないアルフレムの一党を相手に勝利を収める事が出来る化け物が。そいつこそ」
腕を組んで空を見上げるツィトスへ、怜悧な光を宿したフィルベックの青い瞳が向けられる。
「フィルモアの言う真の灰狼」
「だとするとツィトス、お前相当やばい状況じゃないか。フィルモアに死刑宣告受けた様なもんだからな」
緊迫感を孕んだハィガニーの言葉がツィトスに突き刺さる。冷静に見えた青年の顔に初めて浮かぶ懸念の情。焦眉の急を告げる事態との認識を新たにしていた。
「そうですね、全てが憶測に過ぎませんが用心しておいた方がいいようです」
「宜しいですか」
深刻な顔をして男達が語らっているところに、場違いともいえる年若い高音の声が割り込んだ。歴戦の三人が、気配をまるで感じられなかった驚愕の思いと共に声の主を揃って見る。
輝くような金髪を持ち、不自然なほど整った顔から感情が欠落した人形の様な少女がそこにいた。黒地に豪奢な金の刺繍が入る尼僧服に似た衣服に身を包む。
吸い込まれそうな紺碧の瞳には感情の揺らぎが全く存在せず、何処までも覗く深海を連想させた。
「ツィトスという方を探しているのですが」
形の良い桃色の唇から、その言葉が零れた瞬間、三人は少女から距離を取り各自の武器を抜いて身構えていた。気色ばむ三人の男たちを前に、少女は立ち竦んでいるようにも見えた。偶然近くにいた人々が何事かと目を丸くしている。
「まさかこの娘が?」
フィルベックが利き腕に背中から抜いた巨大な斧を握り締めていた。
「今話していたばかりで冗談きついな」
ハィガニーはフィルベックとツィトスの背後から、更に一歩下がる。手には魔杖。
「いや、あの娘ただ者ではありません。現に私たち三人誰も気配に気づけなかった」
何処に持っていたのかツィトスの両手には短剣が煌めく。
三人のマナ使いは警戒感を最大限に高め少女を見据えると魔力を解放する。
美しい少女はあらゆる感情を排した顔で三人の男を見つめていた。




