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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
迷宮都市 バイロン
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肆拾漆 真相

「ムサシさん」


 ツィトスが武蔵へ目配せをする。武蔵が目を閉じると、すぅっと音でもしたかのように気が霧散した。失神している者の横で何人もの団員が膝をついて肩で息をしていた。

 顔から脂汗が滴り落ち、磨かれた石床を濡らす。壮年の男だけが荒い息を抑え敬礼をして女を迎えた。平然と見えるのはツィトスと女のみ、それはこの両者が相当の力を持っていることを示していた。


「オーギュスタン、気を失った者は救護室へ」


 壮年の男に視線をやり手短に命令を下す。オーギュスタンと呼ばれた男は「はっ」と首肯すると部下たちに指示をし、何とか息を整えた団員たちが失神者を背負い覚束ない足取りで、広間を抜けて奥にある部屋への扉を開き出て行った。壮年の男だけが女の傍に残る。

 女は氷の様に冷えた青い瞳を青年へ、続いて武蔵に向けた後、もう一度ツィトスへと戻し口を開いた。


「私がフィルモアです、無礼な冒険者組合の書記官殿」


「いやぁ、これは手厳しい。ですが挑発をしたのはそちらが先ですよ」


「貴様っ」


 オーギュスタンが怒声を放つが女が手で制す。フィルモアと名乗った中年の女は目を閉じると一拍置く、これがこの女の精神を鎮める作業のようであった。


「まぁいいでしょう、ここで水掛け論をしてもしょうがありません。訪問された理由をお聞きしましょうか」


「では単刀直入に言います。この街を出て行ってください」


 ツィトスは女の氷の視線を真っ正面から受けて立った。


「何故とお伺いしましょうか」


「分かっているくせに。勿論貴方方克肖会がバイロンの敵だからですよ」


 その言葉に壮年の男の眼が僅かに開きフィルモアへと走る。女は泰然としていた。


「何を根拠にそう仰っているのか」


「貴方方もご存じのとおりここ数ヶ月、灰狼という賊徒がバイロンを荒らし回っていました。本来なら取り締まらなくてはならない警吏は、如何なるわけか奴らを黙認していた。

 それどころか味方することさえあった。私達の最大の疑問はなぜ商工組合がその状態を傍観していたか、という事です。幾ら警察権がないとは言ってもバイロンが無法地帯と化せば冒険者は寄り付かず、迷宮探索は滞り経済は停滞、結果衰退していくのは目に見えている。バイロン統治を委託された彼らの利益にも直接かかわってくるというのに商工組合は動こうとしない。私たちはこれがどうにも解せなかった」


 言ってフィルモアを見るが反応は返ってこない。


「この謎を解く手がかりが貴方達克肖会です。私は一連の事件の流れを追って整理しました。それで不審に思ったのは度重なる灰狼との戦闘の結果、バイロン同盟、克肖会、探求の団の中で克肖会だけが極端に死傷者の数が少ない、死者にいたっては零だったと言う事です。同盟は死者が十名を越える上、総長含め幹部連中が軒並み追放で弱体化が甚だしい、探求の団も十人近い死者が出ている。にも拘らず規模では同盟に次ぎ、三者のうちで最も激しく灰狼と争っていたように見えた克肖会が零と言うのは余りに不自然だ。何人か殉教者にしておくべきでしたね」


「君の言い方ではまるで克肖会が灰狼と組んでいるように聞こえるな。我々に死者が出てないというだけでは根拠として弱過ぎるのではないか。そもそも我ら克肖会が灰狼と組んでどのような利がある?」


 フィルモアの口調が変わる。


「克肖会は確か聖十字教会の熱心な信者で構成される団体でしたね?教会の工作機関という噂もある」

                              

 ツィトスはフィルモアの問いには答えず逆に問い返す。


「その通りだ。克肖会は全て聖十字教の信徒で組織されている。それで?続きを聞こうではないか」

 

 工作機関と言う言葉については肯定も否定もしなかった。


「私の考えでは灰狼の背後には克肖会が、そして克肖会の黒幕として聖十字教会が控えている。つまり此度の騒動は教会の思惑という事になります。ではなぜ教会は克肖会や灰狼を隠れ蓑に使うという回りくどい手段でバイロンに混乱を招いたのか」


 フィルモアの心に感情のさざ波が立つか見極めようと注意深く見つめるが浮かべる表情に変化はない。


「これがさっぱりわからない。どう考えても教会が得る利益が思いつかないんです。それで考え方を変えてみる事にしました。灰狼と克肖会、克肖会と教会の図式と同じように教会に働きかけた人物がいたとしたらどうでしょう?教会を動かせるほどの大物で、バイロンが混乱をきたし悪評が広まることで利を得る者、更に言えば商工組合が傍観せざるを得ない相手。まぁ最初と最後は若干被っていますが、こう考えれば一人の人物の名が私の頭に浮かんできました。カリル・マテリアル、そう宮宰閣下その人です」


 オーギュスタンが息を呑んだのが分かった。動揺を必死に隠そうとする部下の横でフィルモアは冷静沈着。ツィトスに向けた冷めた目は、その真意を測っているようにも見えた。


「どうやら聖十字教会は宮宰を支持することにしたようですね。いやぁ迂闊でした、思い込みとは恐ろしいものです。まさか犬猿の仲と言われていた宮宰と聖十字教会が手を組むとはね。

 教会は王家に近い存在であったはず、一体どのような条件を提示されたんですか?ふふ、答えられませんよね。宮宰と教会が組む事はあり得ない、そう思い込むことで視野が狭くなり真実から遠ざかってしまった。私もまだまだです」


 微笑を浮かべ芝居じみた大仰な仕草で首を振る。


「大きな疑問であった商工組合の傍観の謎がこれで解けました。灰狼と警吏、彼らの背後に宮宰閣下が控えているのならば、あの商工組合でさえも様子見を決め込むのも分かる。私が漸く辿り着いたこの結論を当の昔に把握していたのだから流石としか言いようがない。彼らの情報網が国の諜報機関に匹敵するって話も強ち嘘ではなさそうです。我々も見習わなくてなならない」


 ツィトスは息を吐く。フィルモアは青年の顔から視線を逸らさず、オーギュスタンは時折唸りながらも口を閉ざし聞き入っていた。 


「残された最大の疑問、では何故宮宰が教会を動かし今回の事を起こしたのか。これも解けてしまえば実に簡単な問題でした。知ってのとおり今この国では王権が地に堕ちています。既に王の権威は失われ代わりに宮宰が国の実権を握っている。だが当然それを快く思わない勢力がある」


 言ってフィルモアの心を覗くように見る。峻険な女の顔には如何なる表情も浮かんでいない。


「王の血に連なる方々、王家です」


 ツィトスが語る後ろで武蔵は瞑目し、話の内容に耳を傾けていた。


「このバイロンの領主であるトゥールス公爵は前国王の甥に当たる御方、反宮宰派の筆頭だ。公を支える資金の一つがここバイロンの迷宮から齎される富。宮宰にしてみればトゥールス公爵とこの街は目の上のたんこぶです。だが例え実権を手中に収めている宮宰とは言え何の咎もなく領地を取り上げることなど出来はしない、そんな事をすればトゥールス公爵を支持する反宮宰派が黙っていませんからね。ならばその口実を作ればいい。ここで宮宰の名が表に出てしまうと逆に反宮宰派に付け入る隙を与える事になってしまう。だからこそ自分に辿り着けぬよう教会に働きかけ、克肖会と灰狼を使うと言う策を弄した。とは言っても私に解けたんですから他の人に解けない道理がない、現に商工組合は私などより余程速く一連の件を解き明かしていた。まぁあそれも想定済みなんでしょうけど。近い将来、誰が利益を得たのかが分かれば一目瞭然ですからね。結局、宮宰が関わったという明確な証拠さえなければ何とでもなるんでしょう。以上が此度のバイロン騒動の顛末です」


 怜悧な光を宿した瞳で射るようにツィトスを見るフィルモアの横で、オーギュスタンは感嘆の呻きを上げていた。ツィトスの言葉は続く。


「私たち冒険者組合は基本的にまつりごとには関知しません、ここをトゥールス公爵から取り上げようが宮宰が取り仕切ろうがどうでもいいことです。しかし」


 一旦区切って強調する。


「やり方が気に喰わない」


 瞋恚に燃えた瞳がフィルモアを捉える。


「私が、私たちが愛するこのバイロンの民をそして仲間を傷つけたやり方がね」


 ツィトスの苛烈な視線を平然と受け止める女の薄い唇が笑みの形をとり目が愉しそうに細められる。だが瞳には酷薄な光が瞬いていた。


「書記官殿、君の想像力には驚かされるな。その才を生かして劇作家にでも鞍替えしたらどうだ?さぞ暇な貴族たちの支持を受ける事だろう。で、君の論を客観的に見て証明できる材料はあるのかね」

 

 ツィトスは答えず指を三本立てフィルモアの眼前に掲げる。


「事の始まりは三ヶ月前。恐らくは宮宰支持を決めた聖十字教会のお偉方からの命を受けた貴方たち克肖会は水面下で警吏に接触、何らかの策を弄して警吏長であるシャルル・ドゥト・ゴールを取り込むことに成功。次いで荒くれ者を集め灰狼を組織した。資金と人材を提供しバイロンに混沌を呼び込む事を画策する。指示通り灰狼はバイロンを暴風の如く暴れ廻り警吏はそれを黙認。克肖会は宮宰派のバイロンにおける橋頭堡であった。すべて貴方達がお膳立てをしたんです」


 ツィトスの追及にもフィルモアは氷塊のように揺るがない。


「領主もまさか自分の血縁である警吏長が寝返るとは思わなかったでしょうね。領主への定時報告は彼によって握りつぶされた。多分警吏長にも知らされていない間者も何人かいたんでしょうが貴方方が探り当て、金か人質でも取って懐柔したんでしょう。

 いや、拷問して符丁でも聞きだした後に殺したのかな?飛ぶ鳥を落とす勢いの宮宰閣下の御登場となれば商工組合も様子見を決め込むほかありません、彼の御方の力は今や隣国にまで及ぶとの話。幾ら王家の血を引くとはいえ一領主と天秤にかければどちらに傾くかは一目瞭然です。殊に彼らは利を重んじる商人ですからね、いや態度を保留している事から些か領主に同情的なんでしょうか?」


「く、君の妄想は実に面白い。だがまだ何一つ証拠と呼べるものがないではないか、あくまで君の推測に過ぎない」


 フィルモアの口の端が吊り上がるが目は笑っていない。


「まぁ聞いて下さい。でも隠し通すのも限界だと思いますよ。そろそろ異変を感じた公の密命を受けた腕利きがこの街に潜り込んでる頃じゃないかな。どれほど知略を巡らそうと三ヶ月以上隠し通す事は不可能です。いや、情報なんてものは隠そうとすればするほど漏れるものですからね。

 寧ろ、よく今まで持ったと思いますよ。バイロンの悪評は近隣に広まりつつある、それはつまり貴方方の役割が終わったことを意味する。恐らく今頃王都ではイルテア公のバイロン統治に難ありと除封が議題に上がっている事でしょうね。

 おめでとうございます、見事バイロンを混乱させ役目を全うした貴方は王都に帰れば相応の地位が用意されているのでは。どうしますか?我々は状況証拠から貴方方を敵と断じました。これ以上バイロンに留まり冒険者組合と無駄で無意味な殲滅戦を繰り広げますか。お互い多数の死傷者が出ますよ」


 強い力を目に込めてツィトスはフィルモアを見つめる。


「既にこちらには新たに四十人の犠牲が出ています」


 貴方方の仕業でしょうと視線に乗せたが、フィルモアは肯定も否定もせず無言でもって応じた。


「もし否といったら私はどうなるのかな」


「残念ながら貴方が昇進することは永遠になくなるでしょうね」


 ツィトスの瞳は残忍な光を湛え、口が無慈悲な半月の形を取る。青年の言葉と共に場の空気が一瞬で重くなった。

 オーギュスタンは敏感に察知し、上司を守るべく柄に手を当て身構える。フィルモアは全く動じず、青い瞳で青年の顔を見、そして黙って傍観する異人の顔を見た。

 先ほどから何の動きも見せない異国の剣士の顔を。それがかえって不気味に感じられる。

 否、と口にした瞬間、どちらかから剣が飛んでくるのが想像された。フィルモアは決然とした表情を浮かべツィトスと対峙する。 


「威迫にも聞こえるが君の考えで行くと私に手を出せば警吏が黙っていないのではないか?」


「目撃者がいなければ警吏も動けないでしょう?」


 傲岸不遜に言い放ったツィトスの言葉にオーギュスタンの顔が怒りに染まる。その意味するところは皆殺し。今にも暴発しそうなのをフィルモアの目が止めた。


「結局明確な証拠は何もないのだな。君の推論はなかなか面白かったが冗長で些か飽きてきた。それと我々は君の脅しに屈するほど弱者ではない、例えここで君たちと差し違えることになっても構わないのだ。我々は殉教者になることを恐れはしない」


 フィルモアの毅然たる態度にツィトスの目が細められる。フィルモアとツィトスの視線が激突。しかし女の言葉は続いた。


「だが、我々はそろそろ王都に戻ろうかと思っていたところだ。口が肥えた我らにはこの街の食事は口に合わなくてな」


 ツィトスはにこやかに笑いながら


「そうですか。それはお辛かったでしょうねぇ。無用の戦いを避けるためにも今日明日中にお立ちすることを提案いたしますよ」


 オーギュスタンの顔には未だ怒りの感情が浮かんでいたが、柄から手を離し大きく息を一つ吐く事で激情を鎮めた。


「用件は済んだだろう。お引き取り願おうか」


「はい、お互いの為になる何よりの結果でした。失礼します」


 笑みを浮かべてフィルモアとオーギュスタンに一礼、背を向ける。壮年の男の顔には苦い表情。


「最後に一つ忠告しておいてやる」


 女の声にツィトスが立ち止まり振り向く。


「なんです?」


「君は灰狼が壊滅したと思っているだろう。だがそれは間違いだ。ロランが倒れても構成員が殺されてもそれは灰狼の死を意味しない、ふふ、この女は何を言っているのだと思っているのだろうな。

 いいさ、いずれ分かる。そしてその時が来たら私の言葉を思い出しながら真の灰狼の恐ろしさを知る事となる」


 上司の女の言葉を隣で聞いた部下である男の眼には疑問の光。青年の目にも同じものが浮かぶ。


「言っている意味がわかりませんが?」


「何れ分かる。何れ、な」


 フィルモアはその時貴様は生きていないだろうという言葉を、込み上げる昏い笑いと共に飲み込んだ。


「行きたまえ」


 ツィトスは大仰な仕草で一礼し、青年は武蔵に行きましょうと言うと踵を返す。その背をフィルモアの凍えるような冷たい目が見送っていた。


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