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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
迷宮都市 バイロン
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肆拾肆 黒猫は満月に己の影を映す

 鉄屋くろがねやの分厚い木の扉を潜ると鉄が鉄を打つ甲高い音が強く響いてくる。更に奥への扉を開くと熱気と共に一層強く音が身体を叩く。

 小柄ではあるが頑強な肉体を持った男の発達した背中が見える。武蔵の気配を感じたのか振り上げた小槌を宙に止めると振り返った。くろがね精霊人せいれいびとの特徴とも言える髭面のいかめしい顔が武蔵を迎えていた。


「何じゃ、お前さんかい」


 火箸で掴んだ真っ赤な刀身を金庄から持ち上げると水につけ冷やす。小槌と火箸を傍らに置くと布で手を拭きながら立ち上がり髭を緩ませた。鉄人の向こう側には燃え盛る石炭の橙色が垣間見える。


「すまぬ。昨日来ると言うておきながら遅れてしもうた」


「構わんわい」


 言うと太く短い腕で壁に立て掛けてあった刀をとると武蔵へと差し出す。破損していた鞘までも修復されていた。


「確かめてみるがええ」


 目礼して左手で受け取ると右手で柄を持ち鞘からゆっくりと引き出す。白銀に輝く刀身が現れるが、そこに波打つような刃文はない。

 鞘を腰に差して一振り、逆風、軽く弧を描いて袈裟切り、さらに縦横無尽に振ってゆく。銀の尾を引き風を断つ音が遅れて聞こえる。流れる水のような剣舞に歴戦を何人も見てきた鉄人が見惚れていた。

 武蔵は長くゆっくりと息を吐くと刀を鞘に納めた。同時に鉄人も大きく息を吐き出す、呼吸をするのを忘れていた様だ。


「本物の使い手の剣を振る姿は何度見てもいいもんじゃ。それで出来はどうだ」


 僅かに緊張した面持ちで鉄人が聞く。武蔵の顔に苦味が過ぎり直ぐに消えた。


「やはり元通りとは行かぬか」


「いかぬな。こないだもゆうたがやはり同じ様には打てなんだわ。特別な技法があるんじゃろうて。恐らくこの刀本来のものより一つ、いや一つ半ほど落ちるな」

 

 鉄人自身も出来上がりに満足できず、己の業に落胆を隠せない。

 心なしか髭も萎れて見える。


「いや、無理を言うたは俺の方。ここまで直してもろうて感謝する。幾ら払えばよい?」


「わし自身納得できておらん。金なぞ受け取れんわ。こいつぁわしのこれからの課題よ」


 腕を組み厳しい顔を更に顰め唸る。


「かたじけない」


 言って頭を下げた。


「やめろやめろ。それより精霊銀の長剣はどうじゃった?お前さんの話は聞いておるぞ、灰狼を十人近く斬ったんじゃろ?」


 手を振ると一転、子供のような好奇心を顔一杯に広げる。


「中々の逸品よ。金剛亀の甲羅と言うくろがねより硬い盾も断ち切る事ができた」


「なんと!!金剛亀の甲羅を斬ったか!?あの亀の甲羅はその名の通り金剛石に近い硬さを誇ると言うに」


 込み上げて来る歓喜を抑えるように顔を震わせていた。髭を左手で触りながら、そうかそうかと頷く。

 流石はわしが打った業物よ、と悦に入った独り言が聞こえてきた。武蔵が苦笑する。


「返すのを忘れておった」


 武蔵は腰から精霊銀の長剣を引き抜き渡そうとするも鉄人が手を掲げて止める。


「今暫く持っておれ。刀のほうは打ち直したワシが言うのもなんだが正直頼りない。お前さんには未だ剣が必要じゃろう」


 鉄人の言葉に数瞬考えると


「では今少し借りておく」


「そうせい」

 

 会話が途切れた。


「ゆく」


「おう、何かあったら何時でもこんかい」


 鉄人の言葉に口の端を歪めて鍛冶場を後にした。



 





 昼食時で雑多に賑やかな通りを歩きながら、何処で飯を食うかと考えていると酷く真剣な面持ちの女達がこちらへ駆けて来るのが見えた。


「あぁ、あんた!!私の顔を覚えているかい?エメル、あんたに突っかかってった女の仲間さ」


 若い女が武蔵の姿を見咎めると驚いたように目を開き足を止めて近寄ってくる。その後ろからはまだ幼さが残る少女二人がついてきていた。


「覚えておる」


「そうかい、不躾だけどアンタに頼みがある。エメルとクレールがロランを追ってそのまま消えちまったんだ!!捕まったか、或いは......」


 気が昂ぶっているのか段々声が大きくなり、言葉を区切ると一転沈痛な表情を浮かべる。或いは、その先を言葉にするのが怖い。奥歯を噛み締めていた顔を上げると


「もう半日以上経っちまってるけど、もしかしたら未だ間に合うかもしれない、分かってる、楽観的過ぎるって事は。でも最後まで諦めたくない、あの子らは大事な仲間なんだ!!」


 ベアーテの真摯な叫びを武蔵は黙って受け止める。女の後ろから武蔵を見る二人の少女、クララ、コルドナも同じ思いを顔に浮かべていた。


「私らだけじゃもしロランを見つけてもあの子達の二の舞になるかもしれない。一緒に探してくれないか」


 必死の想いが篭った一心不乱な目が真っ直ぐ武蔵を見ていた。それを受け取ったように目を瞑る。


「よかろう。で、ロランの居所はわかっておるのか」


 三人に喜びの表情が浮かぶが直ぐに何処かへと沈んでいった。


「分からない。でも灰狼狩りをしてる冒険者が残党を捕らえたって言ってたから何か聞き出してるかも知れない。ついてきておくれ」


 そう言って必死の形相で駆ける女の後ろをついてゆく。武蔵は女らと連れ立って冒険者組合所まで急いだ。

 建物に入ると先日、百人の冒険者を率いていたドニスが待ちうけていた。ドニスの前には顔を腫らし弱気そうな表情を浮かべた男が手足を縛られ床に転がされている。ドニスは入り口に立った武蔵に気付くと


「あんたか、話は聞いてる。だが駄目だ、こいつは何も知らないようだ」


「この者は」


 武蔵が床に這い蹲っている男に目をやる。苦痛に満ちた表情のその顔に見覚えがあった。昼食を取っていた店で灰狼とアベルが揉めた際、仲間割れを起して逃げ出した男であった。

 殴打された痛みに顔を顰めた男が、自由にならぬ身体を芋虫の様に動かし顔を上げる。武蔵に気付くと男の目には希望の光。


「あんた、異人さん!!あんたも俺が灰狼を追い出されたとこ見てただろ!?こいつらに言ってやってくれよ、俺はもう灰狼じゃねーって」


「さっきからこればっかでな。異国の旦那、本当かい?」


 辟易したように武蔵に問う。


「確かに仲間割れを起しておったのはまことよ」


「へぇ、おい、本当に隠れ家の見当はつかないのか?ロランの糞野郎に捕まっちまってるかも知れない冒険者がいるんだ。一刻を争う。何かあるんならさっさと言え」


 まさか本当の事を言っているとは思わず話半分に受け流していた。この手の輩は助かりたい一心で嘘をつきかねない、その真贋を見極めねばならなかった。


「さっきから言ってんだろ!!俺は最近入ったばっかでぺーぺーだったから何にも聞かされてねーんだ、本当だ!!」


「そうか。残念だったな、じゃぁお前は用済みだ。灰狼なんかに入った己の馬鹿を呪うんだな」


 一転ドニスの目に非情な色が浮かぶ。男の身体から発された殺気は本物であった。


「待て待て待て、待ってくれ。そっそうだ!船の手配をさせられた事があった!結構な量の日持ちのする食いもんを積んでたみたいだからもしかしたら」


 脅しではないドニスの本気を感じ取った男は助かるために死に物狂いで頭を巡らした。

 

「その船が向かった先は?」


「南区画の倉庫街だったと思う、いやわかんねー、多分だ、絶対とは言えねーよ」


「かろうじて命を繋いだな、暫くは生かしておいてやる。南の倉庫街か、確かにあの辺はまだ調べていなかったな」


 ドニスは男を一瞥すると集まってきた冒険者達に向かって指示を下す。


「聞いたか、南区画のイゼルオス街の倉庫一帯を洗え。但し見つけても踏み込むな、相手はロランだ。返り討ちになり兼ねん。やるなら三隊以上かこの異国の旦那に知らせろ」


「応」


 三十人を超える冒険者の声が重なった。


 冒険者達は待機していた数台の馬車に乗り込むと倉庫街を目指す。

 武蔵とベアーテらは特別に用意されていた駿馬を酷使し15分程度でイゼルオス街に着いた。川を挟んだ両側に綺麗に切り揃えたような大きな赤煉瓦造りの建物が整然と立ち並ぶ。倉庫街とは言ったものだ。運河を利用して遠くは国外から運びこまれ保管し、また何処かへ運ばれて行くのだろう。


「これからどうする。手当たり次第に探すのか」


 武蔵の問いに魔術師であるコルドナが答える。


「今から探知の魔法でエメルを探すわ。おそらくロランはエメルの首飾りを持ってるはずなの」


「探知?それであの娘を探せるのなら何故そうしなかった?」


「もう何度も試したの。でも反応しなかった。エメルがつけた導印は直径300メルトン程度しか反応しない。でもこの辺に隠れ家があるのならもしかしたら」


 メルトンとはこの国の長さの単位で武蔵の知識で言えば一メルトンは三十三寸(約100cm)となる。


「導印とは何だ」


「魔力を使った目印みたいなもの。探知の魔法で何処にあるか分かるの」


「解析は?」


 今にも爆発しそうな不安を胸に抱えベアーテが聞く。


「今やってる、エメルの導印の解析完了。今から探知魔法を発動、場所を特定するわ。探知ディ・プリー


 そういうと少女が持つ杖の先に半円の光の球体が浮かび上がる。ベアーテ、クララが固唾を呑んで見守っている。お願い、出てと懇願する想いを受けてか、その球体の中に蒼く光る点が出現した。三人の目が見開く。


「出た!!こっちよ!!」


 少女が駆け出し武蔵もついていく。


「お願い、生きていて。エメル、クレール」


 ベアーテの必死の懇願が口から零れ、拾われることなく大地に落ちて砕けた。











 もうどれぐらいの時が経ったのかクレールは自問する。大して経ってない気もするし結構な時間が流れた気もする。意識は酷く虚ろであった。

 

 その部屋には三人の人間がいた。一人は瀕死の状態で床を舐めているクレール。そして一糸纏わぬ姿で寝台に括り付けられているエメル。最後の一人がロランであった。

 

 睡眠とは異なる死の誘いに飲み込まれまいとクレールは必死で抵抗していた。男の意識をかろうじて繋ぎ止めていたのは幼馴染の女への想い。

 あれは何時だっただろう、自分の後ろに隠れてばかりだったエメルが己の両足でしっかりと立ち、世界へ向けて宣言したのは。俺を置いていくな。

 俺の手を離さないでくれ。


「エ     メ   ル」


 掠れた様な息も絶え絶えの声がロランの耳に届く。寝台から下り、蛇のような冷たい笑みを口元に張り付かせて、床に這い蹲るクレールを見下ろす。


「まだ生きてやがるのか、クク、ったくしぶとい奴だぜ」


 言って今にも息が絶えそうなクレールの頭を足で踏んだ。


「どうだ自分の仲間の女が犯されているのを何も出来ずに見ている気分は?最高か?はーはっは」


 突如ロランは足の裏に強い力を感じた。エメルと同じ様に手足の腱を切られ、動けるはずのない瀕死のクレールの頭が持ち上がる。しかしそこまでだった。ちっと舌打ちして力を入れたロランの足がクレールの頭を床へと叩きつけていた。 

 その一撃で後頭部が陥没した。致命傷であった。


 後頭部から溢れ出た血が顔にまで広がり赤く濡れた目の光が急速に弱まってゆく。


 誰 か   誰か    誰 でもい い  エ メルを助けて  くれ


 命の灯火が消え、薄れゆく意識の中でクレールが望んだのはただ一つ、己より大事な女の命。


 その時頑丈な分厚い煉瓦造りの壁に直線が走ると紙でも裂くように切れた。更に火花を伴って直線が走る。四角形に走った線から重い音を立てて壁が崩れてゆく。

 崩れ落ちた煉瓦から上がる土埃が収まってゆくと、直線によって創られた歪な四角形の入り口に黒尽くめの異邦の剣士が姿を見せた。 

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