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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
迷宮都市 バイロン
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肆拾参 無念

 森と清流の皆で食事をした帰り道。通りのあちらこちらから嬌声が聞こえてくる。何処の飯屋も居酒屋も灰狼の脅威から解放された喜びで宴が催され、酒と罵声が飛び交っていた。

  

「アナクレトの奴、あれだけ言ったのに、まさか灰狼を探っていないだろうな」


 ベアーテとクララ、コルドナが酒に酔い心地いい気分で話しながら歩いていると、最後尾にいたエメルの独白が会話の空白に落ちる。


「一昨日の男の子の事かい?ったくあんたって女は」


 半ば呆れ気味にエメルの顔を見るベアーテ。


「まだあの子供の事を心配しているのか、幾らなんでもいい加減にしておけよエメル」


 必要以上に肩入れする事を憂うクレールの片眉が上がり、小言を続けそうになるのをコルドナが押し留める。


「いーじゃんいーじゃん、他人の心配が出来るのはエメルのいいとこだよ。導印をつけたあの首飾りあげたんでしょ?教えたげた探知の魔法を使ってみれば良いじゃん」


「私の力では僅かな捜索範囲にしかならないじゃないか」


「やってみよぉ」


「やってみよぉ」


 腕を景気よく突き上げて言ったコルドナの言葉をクララが反芻する。二人とも金髪に青い瞳、年頃も同じで顔立ちも何処となく似ているが血縁関係はない。隣国ヴォルゲン出身でエメルとクレールと同じ様に幼馴染、ベアーテもまた幼い頃からの知り合いであった。クララとコルドナが腕を突き上げて騒いでいる後ろでベアーテとクレールが顔を見合わせ苦笑していた。


「折角だ、使ってみるか」


 エメルはコルドナに教えられた探知の魔法式を構築し魔韻を含んだ言葉で魔力を注ぎ込んでゆく。極初級の魔法なのであっという間に完成した。


探知ディ・プリー


 左の掌に光の半球が浮かび上がる。範囲内に導印があれば光点が生まれるはずだが生じる気配はない。

 

「つまんなーい」


「つまんなーい」


 興味の光を目に輝かせながら凝視していたクララとコルドナが落胆の声を上げた。

 

「やはり反応はないな。当たり前か、あの子がこんな時間に街をうろついてるわけがない、私と約束したんだ。もう灰狼を探らないと」


 嘆息している二人を見ていたその時エメルの視界の隅を何かが横切った気がした。幼い子供のようであった。子供は通りを横切ると何かを追いかけるように裏へ入る路地へと消えていった。


「今子供がいた、見たか!?」


「何言ってるの?エメル。誰か見た?」


 何も見ていないクララが仲間に問うと皆が首を振る。


「いや、確かに見た。確かめて来る」


「えっ?ちょっとエメル」


 戸惑うコルドナとクララに構わず通りを横断しようとする。 


「待ちな、エメル。皆で行くよ」


 エメルの様子に異変を感じたベアーテが仲間を振り返り後を追うことを促した。エメルを先頭に通りを駆け抜けていく一党を人々が何事かと注目する。広い通りから一本奥に入っただけで人気が無くなった狭い路地を進んでゆく。


「確かこの先に、いないな。!?」


 その時大きな魔力の衝突が感じられた。マナ使い同士の喧嘩なのか、それとも冒険者と灰狼が戦っているのか、近い。

 薄暗い闇の中、エメルは仲間の顔を見て確認する、皆が頷いた。直線では目と鼻の先なのに迷路のような下町の細い路地のせいで中々辿りつけない。それでも駆け抜け、ぶつかり合う魔力を頼りに方向を決めてゆく。


 エメルは距離を詰めるうちに妙な胸騒ぎが込み上げて来るのを感じていた。先ほどの子供がアナクレトに思えて仕方がなかった。膨らむ不安を抱え、杞憂であってくれと念じながら走る速度を速める。甲高い剣戟のが更に近づき角を曲がる。干戈の交わりの音から察するに、どうやら極少数による前衛同士の闘いのようであった。やがて三方を家屋で包まれた袋小路に行き着いた。


 エメルたちの眼に三人の人の姿が映った。二人の男が剣を構え対峙している、男たちは現れたものが敵か味方か判断がつかず距離を取って互いに牽制していた。片方の男の顔を見てエメルの眉が僅かに上がる。灰狼の団長ロランであったからだ。外套を纏っているもう片方は見たこともない男であった。四人も長身の男がロランと気づき思わず息を呑んだ。

 現れた冒険者風の五人に対しロランが内心で舌打ちする。目の前で剣を構えている謎の男の仲間でもないようであったが自分の顔を見た時に目が開かれたのを見逃していなかった。

 三方向は家屋で逃げ道は冒険者によって塞がれている上、外套の男は油断ならぬ相手であった。迂闊に動けない。


 エメルの視線が三人目の人間に釘付けになっていた。幼い子供が僅かに動く事もなく地面に俯せに倒れている。エメルは恐る恐る子供に駆け寄り、震える腕で抱え上げて顔を見た。男児の知り合いと分かりロランが動こうとしたが外套の男が制す。


 子供はアナクレトであった。


 顔はどうやったらこのようになるのかというほど腫れ上がり、面影を残すことなく鬱血、どす黒く変色していたが紛れもなくアナクレトであった。子供が持つ綺羅綺羅と輝くような目の光は失われ、虚ろな瞳は闇色でこの世界を映していない。

 脈をとるまでもない、既にこと切れていた。顔だけでなく悲鳴が漏れない様、喉が潰され手も足もあり得ない方向へと曲がっており拷問を受けたのは明らか。

 なぜ幼い子供がこのような目に合わなければならないのか。ロランが此処にいるということは後をつけてしまい殺されたのだろう、もっときつく言い含めておくんだった、悔恨の情が次々と込み上げてくる。


「あああああああああああああああああああああああああ」


 エメルの口から意味をなさない言葉が溢れ出す。それは心が張り裂ける音であった。皆の注意が女に集まったのを好機と捉え、ロランは双剣を収め跳躍し軒に手をかけると軽々と己の体を引き上げる。

 そのまま屋根伝いに逃亡を図りあっという間に見えなくなった。虚を衝かれた為、誰も反応できない。外套の男の目は見えなくなったロランを追っていた。


「許さない」


 エメルの憎悪の声がクレールの背筋を冷たくさせる。これほどの負の感情が篭った声を聞いたのは初めてであった。宝物を扱うように優しく優しくアナクレトを地面に置き、ロランと同じ様に軒に手をかけ身体を持ち上げて屋根に上ると憎き男が消えた方向へと走り出した。


「待てエメル!!お前だけじゃっ、ベアーテ直ぐに組合に走ってくれ。ロランを見つけたと。俺はエメルを止める」 


 前衛が全力で出す速度に後衛は追いつく事が出来ない。クレールは冷静に応援を呼ぶ判断を下す。


「分かったよ。クララ、コルドナ行くよ」


 党首の考えを正確に汲み取ると、ベアーテは外套の男に一瞥を残し少女達を連れて急いで駆け出してゆく。慌しく足音が去っていき、時折聞こえてくる通りの喧騒が夜の静寂の邪魔をする。一人残された男は外套を脱ぐと地面に寝かされている幼子へとかけてやった。


「冥府の神、シグルテスよ。どうかこの幼子を天楽園てんらくえんにお導きを」


 子供の遺骸に黙礼し、自身の故郷に伝わる神話の神に祈りを捧げると影に紛れて姿を消した。

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