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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
迷宮都市 バイロン
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肆拾壱 森と清流

 天気もよく過ごしやすい一日だった。


 駆け出しの冒険者エメルが空を見上げ、眩い太陽に目を細めている傍らでクレールは腕を伸ばし欠伸をしている。

 エメルはクレールと連れ立って冒険者組合所まで足を運ぶ途中であった。

 昨日起きた冒険者による灰狼狩りの情報を詳しく聞くためである。その報は瞬く間にバイロンを隈なく駆け巡り、灰狼の横暴な振る舞いに怒りを溜め込んでいた市井の民は喝采を叫んだ。今も街中その話で持ちきりであった。だがクレールが党首を務める森と清流は参加していなかったため情報が不足していたのだ。

 

 軍を除隊してすぐエメルが幼馴染のクレールを伴って迷宮がある地方都市バイロンを目指したのは今から半年前。そこで経験を積み腕を磨いて市井で暮らす人々の力になる事が女の目的であった。

 軍隊でもそれは可能と思われたが上官の命令に絶対の縦社会には反発を覚えていたし、時に人道に悖る行為も強制され、除隊への思いは一層強くなった。

 故に五年という兵役義務が終わると軍を飛び出したのだ。


 この世界の軍人は全て魔力を持つマナ使いで構成されており職業軍人として成立している。マナ使いは魔術師を含め一般の人間とは隔絶した筋力、体力を持っているため、戦がない間は専ら国家の土台となる公共施設の整備に従事していた。ここ十数年、国家間で大きな戦はなく魔物の大発生や大規模な人間の居住地への侵入も無かった為、国は緩やかに衰退する中でも戦争によって疲弊することなく国内の整備に力を入れる事が出来た。微温湯に浸かった様な平和は、上層部の政策転換を齎し、いつしか戦闘訓練よりも治水や治山、街道の造成が優先された。 

 

 国はマナ使いを国家の矛と盾と讃えながら、その一方で、契約と税の免除という利で体よく利用し続けている。強制ともいえる五年間は棒給も僅かしか払われず、故郷の村の税の一部を免除と言った特権によって縛られていた。

 数少ない利点と言えば一日三食腹が膨れるまで食べる事が出来る、宿舎が用意されている、軍服、他衣類が提供されるの三点のみ。五年の兵役を終えても金は溜まらず、その僅かな資産も冒険者を目指す者にとっては、これからの商売道具となる軍の払い下げの武器に当てられる事になる。無論貴族の子弟などはこの限りではないし、一般階層出身でも優秀な者はそれなりの待遇を用意され慰留される。

 貧相な武器に防具を纏っている少年少女の冒険者は除隊組と呼ばれ軽んじられていた。

 

 バイロンに着いて右も左も分からぬまま過ごす内に、ひょんな事からベアーテ、クララ、コルドナと知り合い徒党を組む事となった。それが森と清流である。それから今日までの半年間幾度も迷宮に挑んだが成果は芳しくない。

 エメルとクレールは勿論、ベアーテらも隣国ヴォルゲンの除隊組で経験はどちらも似たようなものであった。芳しくない原因はとにかく連携が取れない。軍隊時代にある程度の修練を積んだ筈ではあったが、皆がばらばらの行動を取ってしまう事が多々で、迷宮バイロンの極浅い層でさえ遅々として踏破が進まなかった。それでも忌憚なく意見を出し合って話し合い、苦い経験を重ねる事で何とか形になりそうになった時に現れたのが灰狼であった。

 

 灰狼は数の力と警吏の威を借りて街で暴れるだけでなく迷宮探索の妨害も行っていた。浅い層で待ち構え冒険者が勝ち取ってきた戦利品の横取りを始めたのだ。

 手だれの冒険者ほど深く潜り、より付加価値が付いた探求の成果を持ち帰ってくる、それは手強い魔物との遭遇を意味し命の危険を意味する。

 いくら熟練の冒険者と言えど迷宮内の探索に体力気力を削がれ、帰途につく頃には警戒も散漫となってしまう。灰狼はそこを狙った。


 ある上級使の隊が弱体化しているところを衝かれ灰狼に襲われた事があった、男は半殺しにされ女は犯された。後日復讐に取り付かれた隊員たちは灰狼を襲撃したが警吏によって阻まれ、そのまま街を追放されたと言われている。冒険者組合はこの措置に猛然と抗議をしたが警吏は全く取り合わなかった。

 この事があって以来、殆どの冒険者は迷宮に潜るのをやめた。表向きは追放とされたが、その上級使の隊員達が街を出て行く姿を見たものはいないのを誰もが知っていたからだ。

 エメルたちの迷宮探索もその時から止まったままになっている。





「何を考えているんだ、エメル」


 眉根を寄せ前方を見ているようで見ていない女の様子にクレールが尋ねる。深く何かを考える際、眉根を寄せるのがエメルの常であったからだ。


「あの子の、アナクレトの事さ。家族三人で一緒に暮らす手段はないのかなと思ってな」


 立ち止まってクレールを見る。


「ないね。残念だが今の俺達にはどうすることも出来ない。もう散々話し合っただろう?」


「分かっている、だが」


 そう言ってエメルは顎に手をやり、眉を顰めて再び歩きながらの思索に耽る。その姿を見てクレールはやれやれと呟いていた。

 

 やがて組合が入る建物に着くと二人は組合所で顔見知りをみつけ情報を聞き出し、組合員にも話を聞いて公式の報せを確認した。

 

 組合所を後にしたエメルとクレールが街中を歩いていると件の男児を見かけた。前方の誰かを注視しているようで背後から近付く二人に全く気が付きもしない。

 エメルが声をかける。


「アナクレト、何をしているんだ?」


 跳びあがるほど驚いた童子は恐る恐る振り向く。


「あぁ、誰かと思ったらエメルお姉ちゃんか」


 昨日知り合った女冒険者の顔を見て長い安堵の息を吐いた。


「こんなところで何をしているんだ?」


 エメルの視線がアナクレトが追っていた前方を見る。


「いや、その、灰狼の奴を見かけたから隠れ家探ってやろうかと思ったんだ」


 エメルの隣に立ち二人のやり取りを聞いていたクレールの顔色が変わる。


「やめろ、危険だ。灰狼は子供だろうが容赦しない、特に今は手負いとなってこれ迄以上に殺気立ってるはずだ。尾行してる事が分かれば手足の一本じゃすまないぞ。それにあの男は灰狼じゃない。組合で顔を合わせた事がある」


 男児は初めてクレールの存在に気付いたように顔を見上げる。そして灰狼と思って追っていた男の方を見ると顔を伏せた。


「大体何の為にそんな事をしているんだ?」


 アナクレトは俯いたまま何も答えない。両手を強く握り締めては開くことを繰り返している。篭手を嵌めたエメルの冷たい金属の指が男児の肩に置かれた。


「分かっている、何もせずにはいられないのだろう?だがクレールの言うとおり危険だアナクレト。これでお前にまで何かあったら誰が母さんと妹を護るんだ」


 尚も黙って俯き続けるアナクレトに憂慮の視線を送るとエメルは首に手をやり金色の輝きを放つ首飾りを外す。小さな童子の手を掴むと外した首飾りを握らせた。それを見ていたクレールが


「おい、エメル。その首飾りは」


「いいんだ」


 女の声がクレールの言葉をさえぎる。更に何か言おうと口を開きかけるが、一度決めたら断固として譲らない色を浮かべたエメルの目を見て呑み込んだ。


「これを質屋に持っていけば幾らかの金になるだろう。少しは暮らしの足しになるはずだ」


 掌にある首飾りを一瞥すると顔を上げエメルを見た。


「お姉ちゃん、いいの?」


「あぁ、構わない。だが約束しろ。二度と灰狼を探らないと。お前も聞いているだろう?灰狼は警吏に見捨てられ冒険者に追い詰められて壊滅寸前だ。今の奴等は本当に危険なんだ、子供のお前にも容赦はしない。分かったな?」


「うん、分かった。もう止める」


「よし、良い子だ」


 目を細め柔らかい笑みを浮かべて男児の頭に手を置く。アナクレトは擽ったそうに目を瞑った。思わず口元が緩んでしまう、微笑ましいその光景をクレールは一歩引いたところから黙って見ていた。


「じゃぁ俺行くね。これありがとう」


「あぁ、また会おう」


 アナクレトが駆け足で去っていく、儚げで消えゆくような余りに小さな背中であった。その後姿が見えなくなるまで二人は無言で見送っていた。


 太陽が沈みかけ鮮やかな夕焼けが二人を赤く照らす、影は何処までも長く伸びていた。佇んだままクレールが視線を動かさずに口を開いた。


「本当に良かったのか。あれはお前の婆ちゃんから小母さんに、そしてお前に託されてきた家宝みたいなもんだろ。どんな辛い時もあれだけは手放さなかったって婆ちゃん言ってたじゃないか」


「いいんだ。あの首飾りはこういう時のために、誰かの役立つためにあったのだと思う。お婆ちゃんも母さんも分かってくれる」


 エメルもまた子供が消えた先、赤い夕日を眩しそうに目を細めて眺めたまま答える。


「昨日知り合った子供のためにそこまでするのか」


「どうしたんだクレール?私の性格ぐらい知ってるだろう。子供の頃からの付き合いなんだから」


 何時もとは異なる様子の幼馴染の顔を怪訝そうに見つめた。

 切なそうな色を浮かべた茶色の瞳がエメルを見ていた。想いが口を衝いて出る。


「俺のためにも、いや何でもないさ。そうだな、お前はあの時から弱い者を守るんだったもんな」


「そうだ。私に宿ったこの力を弱者のために使いたい」


 男の言葉に出来なかった想いに気付く素振りも見せず女は握った拳を胸に置いた。クレールは寂しそうに笑い、そして何時もの表情に戻った。


「だが何度も言うように俺たちは未熟だ。出来ることと出来ない事の線引きだけは誤ってはならない。分かってるよな」 


「くどい」


 女は顰め面をしてクレールを見もしなかった。 

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