参拾玖 広場
店の前で待っていたリグテュスと武蔵はアベルと合流すると一路、屋台広場を目指して街路を歩いていた。女給と何を話したのか店を出て以来饒舌なアベルの口は閉じられ、時折彼方に視線をやり何やら黙考しているのが二人にも感じられる。
幾らも行かないうちにアベルが足を止める。気付いた武蔵とリグテュスも立ち止まった。思案げなアベルの瞳が武蔵を見る。
「ムサシ、護衛の前に少し時間を貰っていいかな。野暮用でね、なぁにそう時間は取らないよ」
そこで一旦区切り、顎に手を当て僅かに考えてから
「そうだな夕暮れ前には帰ってこれるはずだ」
どうかねと言ったアベルに
「構わぬ」
武蔵が答える。アベルは頷き
「よし、では寄る所がある。また後で会おう。場所は屋台広場でいいかね」
「うむ」
「では」
武蔵とリグテュスに別れの言葉を告げると足早に街の中へと姿を消した。リグテュスはアベルの様子に珍しく若干の焦りらしきものを感じていた。
森人は武蔵に向き直る。目線が殆ど変わらない翠の澄んだ瞳に武蔵の姿が映っていた。
「私も用事があるので此処で。後程、広場でお会いしましょう」
女の言葉に無言で頷くと
「リグテュス殿、アベル殿を紹介いただいた事感謝する」
「ふふっ貴方に礼を言われると可笑しな感じがします」
淡い笑みを残して森人も背を向け何処かへと歩いていく。周囲の視線を集めながら去っていく女の後姿を見送ると武蔵もまた歩き出した。
屋台広場の通称の通り、大きく開かれた場所には二十軒を超える食べ物から日用品まで様々な種類の屋台が等間隔で整然と広場を埋めていた。どの屋台にも少なからず人がついて世間話や値段交渉の声が響き雑然とした活気がある。
武蔵は広場に着くなり母娘の姿を探すと直ぐに見つかった。広場の中央からやや離れた場所に屋台を構えている。
ブリブリを見れば会った時と同じ様に明るく闊達に声を上げ、往路を行く人々を呼び込み接客していた。
その顔には昨日受けた心の傷をまるで感じさせない陽気さがあった。
邪魔にならぬよう距離を置き見守る事にする。母親も娘も笑顔を浮かべ、よく声をかけよく働く。空に目をやれば雲もなく日差しも柔らかな昼過ぎのまどろむ様な一時。一刻も経った頃だろうか騒ぎが起こった。
「ブリブリって娘は何処だ!?」
広場を劈くような怒号が響き渡る。声の主は武蔵が懸念したとおりの者であった。そう灰狼である。団長であるロランに率いられた総勢三十人は下るまい大所帯での登場であった。服屋の店主より聞かされた数よりも若干多い。どういう手段を取ったのかブリブリまで辿り着くまでの時間が思いの外短かった、その勤勉さを悪事ではなく善行に向ければ世界は平和になるだろうにと思わずにはいられない。
ブリブリと言う言葉に母娘を知る周囲の屋台の店主たちが思わず視線をやってしまう。それを見逃さなかったロランは一人の男を連れていた。荒事の世界に身を置く人間が纏う独特の雰囲気をその男は持っていなかった。
怒声を上げ客を蹴散らし突然の出来事に呆然としている少女の前まで歩いて行くと
「こいつでいいのか」
男に聞いた。
「あぁそうだ。俺が昨日見たのは確かにこの娘だ」
昨夜にブリブリの悲鳴に駆けつけた自警団の一人であった。襲われた記憶が蘇っているのかブリブリの瞳には恐怖の色が宿り体が小刻みに痙攣しだす。
「そうか、じゃぁお前はもう用無しだ。消えろ」
ロランが面倒そうに手を払う。
男は恐怖で固まって動けないブリブリに目をやり、苦渋の表情を浮かべ小さな声ですまないと謝罪の言葉を述べるとこの場を去ろうとした。
「おう、悪い。俺とした事が手間賃を渡していなかった」
ロランが男に声をかけた。
「そんなものはいら」
言葉の途中でロランの腰に下がっていた剣が消え男の心臓を貫いていた。男はきょとんとした表情で己の胸から生えている剣を不思議そうに見つめる。
「少ないが取っておけ」
そう言うと男の胸から剣を引き抜いた。男は口から血を溢れさせ何かに縋るように右手を出すとそのまま大地へ倒れこんだ。光を失った虚ろな目は既に何も映していなかった。
少女の口から悲鳴が漏れる。忽ち辺りは騒然となった。
「ブリブリ!!」
母親は屋台から急いで出て来ると、ロランから庇うように震えるブリブリの身体を両手で抱えこんだ。
「人質は一人いればいい」
感情の篭らない目で娘を護ろうとする母親を一瞥するとロランはブリジットめがけて剣を振り下ろす。恐怖に染まったブリブリの瞳が母親の肩越しに向かってくる剣を捉えていた。ブリジットに届く寸前、ロランは何かが飛来する気配を感じ取り、剣の軌道を曲げ振り向きざまに払う。重い手応え。
見れば部下の一人が今のロランの一撃によって体を両断されて苦痛を上げる間もなく屍と化していた。怒りに震えた目が部下が飛んできた方を見る。
異国の男がいた。ロランが求めて止まない男であった。
男は燃えるように目を輝かせ口元を大きく歪めていた。それは肉食獣が獲物を見つけた歓びであり、子供が新しい玩具を前にした喜びであった。




