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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
迷宮都市 バイロン
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参拾伍 午食

 

 依頼の件を話し合うべく三人は揃って昼食を取る事にし、アベルが推す店に来ていた。二十人程で満席になる大きさの店で昼時と言うこともあり全ての席が埋まっている。運が良いことに待つ事なく席につくことができた。客層を見れば冒険者の姿はなく身なりの整った富裕層と思しき者が多い。店の内装も華やかだが決して華美にならず、それでいて落ち着きのある重厚な作りであった。卓も椅子もよく選ばれている、どうやら相応の値段を取る店のようだ。武蔵が腰から剣を抜き、リグテュスが腰に下げていた細剣を手に取り、アベルが背負っていた大剣を下ろし、それぞれ席に立て掛け腰を下ろす。

 

 日ノ本にいた頃、食事は朝晩の二食であったが、こちらに来て以来三食が常となっていた。当初は不思議な感覚であったが慣れとは恐ろしいもので朝食を食べても昼になれば自然と腹が空いた。気が現実的な力となって超常を発揮出来る反面、異様な空腹に悩まされる武蔵にとって一日の大半何処かで店が開いていることは好都合であった。庶民にまで日に三食が習慣となって定着していると言うことは食料事情は悪くないのか、物の値も安定しておるのだろうと、とりとめもないことを考えているとアベルが口を開いた。 


「この店は私の贔屓でね、煮込み料理が絶品なのだよ」


 紳士然とした男は端正な顔を綻ばせて説明する。


「さぁ、二人とも何にするかね?」


「お主に任せる」


「私は前回と同じものを」


 アベルは頷くと客席と厨房を忙しく行き交ってる赤毛の女に声をかけた。


「ツィンベル、頼む」


 年若い女給の女が微笑みを浮かべて注文を取りに来る。


「こんにちは、アベルさん。今日も男前ですね」


「ありがとう、ツィンベル。そう言ってくれるのは君ぐらいだ」


 言ってよく揃った歯を見せて笑う。

 愛想のいい女は、眩しい笑みを見せる中年男の横に座る森人へと視線を転じる。はーっと溜め息をつくと


「相変わらず美しいですねリグテュスさんは。ここまで来ると嫉妬の気持ちもわきません」


「ありがとう、ツィンベル。貴女も可愛らしいですよ」


 自嘲気味に言った女に森人が鈴の音のような声で返す。更にもう一人、アベルにしては珍しく男の連れがいた。ツィンベルは見たこともない異国の男に目を移す。黒い髪に黒い瞳、顔の半分は濃い髭で覆われており、身体の線を隠すような黒色の奇妙な服を身に纏っていた。見慣れぬ風貌のせいか得体の知れぬ恐ろしさを感じる。


「こちらの方は初めてですね」


 僅かだが警戒を含んだ声で言う。その声質に誰もが気づいたが誰も気にしなかった。


「あぁ、彼は異国からの客人だよ。注文をいいかね?私と彼には何時ものを、彼女には前回と同じのを頼む」


「畏まりました。飲み物はどうされますか」


「私はアンペリオンの葡萄酒の赤を。君たちはどうするね」


 アベルの中では既に決定されていたようで即答し、武蔵とリグテュスへ視線で問いかける。


「では私はコジェスの白を」


 森人は目を瞑り過去の記憶に検索をかけたのち答えを出した。


「俺は水でよい」 


 武蔵の素っ気ない声が食卓の上に落ちる。


「せっかくだ、葡萄酒を頼んではどうだ?産地が近いこともあって、この店は中々の物を揃えているぞ」


 翻意を促すべく語りかけ、大仰な手振りで店を示す。武蔵は然して興味もなさそうに


「任せよう」


 アベルは満足そうに頷く。


「では彼にも私と同じものを頼む」


「畏まりました」


 赤毛の女給は目礼し厨房へと戻っていった。女が料理人に注文を告げる声が聞こえる。無言の空白に食器の音が響き、周りの席からのささめきや談笑が耳に届く。囁く声に耳をそばだてれば中にはリグテュスの噂も混じっていた、客の中にはちらちらと盗み見している者もいる。この辺は富めるものも貧しき者も冒険者も変わらぬようだ。麗人は慣れたもので泰然としていた。そんなリグテュスを整った顔に苦笑を浮かべてアベルが眺める。


「好奇の視線には慣れたようだね」


「いえ、まったく。特に男性からの舐るような視線には怖気が走ります」


 感情を伴わない声で辛辣な言葉を吐いた。玲瓏な顔から紡がれた言葉は聞く者により苛烈な印象を与える。これは手厳しいと大笑いしながら武蔵へと話題を振る。


「君はどうだね、ムサシ。この国には慣れたのかな?」


「問題ない」


「ふ、君は一言ですますな。もっと諧謔かいぎゃくに富んだ受け答えをしないと女性受けしないぞ」


「構わぬ」


 更に一言で返されたアベルはやれやれと首を振った。二人のやり取りを隣に座る森人は感情の籠らない翠の瞳で黙って聞いている。


「失礼します」


 そこへ先程の女給によって葡萄酒を入れた小さな陶器製の壺が運ばれてくる。独特の形をした硝子製の酒杯が食卓に置かれ、壺から注がれる。透明な杯に黒みがかった紫色の液体が揺れていた。樽の中で熟成された甘い香りが鼻腔を擽る。森人の前にはやや黄みを帯びた透明な液体が入った酒杯が置かれた。女給は一礼して去っていく。


「では乾杯といこう」


 アベルが葡萄酒用の酒杯を目の前に掲げる。


「美しき森人と強き異国人と知己になれたことに乾杯」


 リグテュスも同じように掲げた。男と女の視線が異国人に集まるが、目を閉じたまま微動だにしない武蔵にアベルはおろかリグテュスまでもが苦い笑いを浮かべる。


「貴方は染まらないのですね」


 森人の言葉を聞いているのかいないのか、目を開き、もうよいかと言うと卓の上に置かれた酒杯を持ち一気に呷った。困った子供でも見るような目で見届けるとリグテュスも酒杯に口をつける。


「どうだね」


 葡萄酒が入った酒杯を胸の前で掲げたまま好奇心旺盛にアベルの瞳が輝く。武蔵が一言。


「美味い」


 その答えにアベルが眉を顰める。


「君は一言しか喋れない病気にでもかかっているのかね」


 呆れたアベルの言葉にリグテュスが吹き出した。秀麗な口許から液体が勢いよく溢れ、葡萄酒が肺に入ってしまったようで激しくむせかえる。常に凛然とした森人が見せた失態に何事かと周囲の客の視線が集まっていた。女性客の中にはふんと鼻で笑い加虐的な光を目に宿している者もいた。暫くして漸く落ち着き、客達の好奇の目から解放される。


「突然変なことを言わないでください。お陰で大変な目にあいました」


 醜態を見せた麗人は餐巾で口を拭きながら恥ずかしそうに抗議する。


「やれやれ、君の笑いのツボも分からんな」


 困惑したような苦笑いでアベルは返す。そんな二人を武蔵は興味深そうに眺め思ったことを口にした。


「リグテュス殿は感情を表に出さぬたちだと見受けられたが存外そうでもないのだな」


 澄んだ翠の目がじろりと武蔵を見やる。


「そうですね、我々森の精霊人はあまり感情を発露することはありません、ですが決して無感情と言うことでは無いのです。殊に貴殿方といると様々な感情が表に発現しそうです」


 形の良い眉根に皺を寄せ頬を赤く染めながら恨めしそうに言った。


「はっは、リグテュスが皮肉を言うのを初めて聞いたよ」


 腕を組み楽しそうにアベルが笑う。

 武蔵も葡萄酒を飲みながら口の端を歪めていた。

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