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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
迷宮都市 バイロン
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参拾肆 駆け出しの冒険者

 一人の男がバイロンの城門を潜った。年は二十を幾らか越えた辺りだろうか。旅の辛苦から護ったのであろう、薄汚れ、所々が解れた厚い皮の外套を身に纏う。歩く度に金属音が漏れ響き、揺れる外套の隙間から銀色に輝く鎧が現れる。男は冒険者のようななりをしていた。汗と垢に塗れ、無精髭に覆われた顔には旅の疲れが見て取れる。しかしその目には怜悧な光が宿り強靭な意志が感じられた。男は周囲を気にするように一瞥すると誰の目にも止まる事無く街の雑踏の中へと消えていった。













「待てって、エメル」


 若い男の声が往路に響く。街を行く人が声の先を見れば、少年の面影が残る男が冒険者の女を呼び止めていた。男の後ろには三人の女が心配そうな顔で見つめている。


「何だ」


 男の声に辟易したようにエメルと呼ばれた女冒険者が振り返る。茶色の髪を短く刈り込んでおり、一目では男とも女ともとれぬ中性的な顔立ちをしていたが声と体形で女と分かる。


「何だって、お前本当に灰狼の処に行くつもりかよ」


「そうだ、行って交渉してみる。相手も魔物じゃないんだ、話せば分かるかもしれない」


 男は溜息をつき頭を振る。


「冷静になれよ。お前が自分であの異国人に言ってたように骸になるだけだ、止めておけ」


「しかし」


「駄目だ、党首として行かす訳にはいかない」


「だったらあの子供はどうなる?このまま黙って見過ごせと言うのか」


 男は激情に駆られた女を見据える。


「なぁ、エメル。俺たちは冒険者になったばかりで自分たちの事で手一杯だ。子供は可哀想だが何処の町にも転がってる話さ」


「だが」


 尚も渋るエメルに男の後ろに控えていた二人よりも年上の女が語りかける。


「クレールの言うとおりだよ、エメル。あんたは困っている人間を一々救って歩くつもりかい?もしそんなことを思ってるなら、とんだ自惚れ屋だね。あんたは他人を助ける事が出来るほど強くない」


 エメルは女の強い物言いに胸を撃ち抜かれた様にたじろぐ。何かを言い返そうとするが言葉が出てこない。悔しそうに顔を歪めると、仲間の前を通り過ぎそのまま雑踏の中へと消えてゆく。それを追いかけようとするクレールに女が毅然と言い放つ。


「クレール、分かってると思うけど、もしあの子が灰狼に行くのならあたしらはここでさよならだ」


「あぁ、分かってるさベアーテ」


 女の冷徹な言葉に小さな怒りを感じながら吐き出すように男は言った。ベアーテの背後には十代半ばの少女が二人、事態の推移を見守っていた。あどけない顔をした少女たちはクレールを見るとベアーテの言葉を肯定するように頷く。


「大丈夫だよ、クララ、コルドナ。あいつにそんな真似はさせないよ」


 男は安心させるように破顔するとエメルを追いかける。残された三人は不安げな表情で小さくなるクレールの後姿を見つめていた。





 バイロンは街が九区画に分かれ、中央区に商工組合が運営する執行府が置かれている、川が流れる東区には鍛冶屋、皮革屋が並ぶ。北区画は富裕層が住み南東区画には武具屋、道具屋、原材料屋などの店舗がと言った風に各区画ごとに特色がハッキリしていた。


 滔滔と流れる川の辺に佇んでいる女を見つけるとクレールはゆっくりと近付いてゆく。


「エメル」


 クレールが優しく声をかける。女冒険者は背を向けて顔を手で擦っていた。


「泣いてるのか」


「泣いていないッ」


 鼻が詰まった声で怒鳴った。エメルが落ち着くまでクレールはただ黙って川を眺めていた。水面が太陽の光を反射させ目に痛いほど輝いている。


「なぁ、覚えているか。子供の頃、二人で森に探検に出かけて大騒ぎになったことあったろ」


 クレールは小さな石を拾い川に向かって投げながら、隣に立つエメルへと語りかけた。


「あぁ」


 エメルは川に波紋が浮かぶのを赤くなった目で見つめながら答える。


「病気になったマルコさんの為に薬草を探しに出かけたのはいいけど、俺たちは迷子になって村の大人たちに迷惑をかけただけだった。結局薬草も見つけられなかったしな」


 横で何も言わずじっと川面を見つめ続ける幼馴染の女へ顔を向ける。エメルは鋭い光を目に宿らせクレールへと走らせた。


「今度もそうなると言いたいのか。私が灰狼へ行っても何の成果も得られず、ただお前たちに迷惑をかけるだけの結果になる、と」


「善意の行動が必ずしも結果を保証しないと言ってるんだよ。いや、時に更に酷い事態を起す事もありうる」


 クレールの言葉にエメルは唇を噛み必死に感情を抑えようとしていた。


「ベアーテがな、もしお前が灰狼へ交渉に行くなら党から抜けるって言ってきた」


 その言葉に思わずクレールの顔を凝視する。女が思ってもないほど党の存続は不確かになっていた。


「クララもコルドナもベアーテに同意してたよ」


「そうか」


 エメルはそれだけ言うと黙り込む。川には小船が浮き小麦の袋を積んで何処かへと運んでゆく。


「なぁエメル、ベアーテも言ってたけど俺たちは未だひよっこだ。たまたま魔力を授かっただけで他人が抱える問題に首を突っ込み解決出来るほど強いわけじゃない。俺はお前の持つ正義感は好ましいと思っている、マナ使いなんてどいつも選民思考を持って無能力者たちを見下している中で、お前は自分の力を彼等へ役立てるべきだとよく言っている。事実お前は何度も行動で持って示してきた。でも今回は諦めろ。灰狼は話してどうにかなる相手じゃない」


 淡々と諭すクレールにエメルの返答は無かった。暖かな陽光の下、穏やかな時が流れる川辺を吹いた風が二人の身体を優しく撫でて行く。男と女の間に言葉は無く川のせせらぎだけが聞こえていた。二人はただ川を眺め、ふいに女は僅かに頷いた。

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