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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
迷宮都市 バイロン
31/104

参拾  情欲の夜

 

 夕刻になりアントンの店を訪れた。

 入ってきた武蔵を見て店主は僅かに目を見開き、目礼してからお待ちくださいと言うと奥より黒い着物を運んで来た。


 架の上に出来上がった着物と袴を丁寧に広げてみせる。


「如何ですかな」


 武蔵に問うた。武蔵は一つ頷くと


「中々の物だ、ここで着替えても良いか」


「どうぞ」


 アントンが首肯する。

 灰狼との戦いで破れた衣服を脱ぐと新調された着物を着る。帯を締め長剣と脇差を差す。この教圏では不吉とされる黒の衣を着た異邦の剣士がそこにいた。黒の髪に黒い瞳、身に付ける着衣まで黒の男は闇を纏っているかの様であった。


「初めて見た時は見慣れぬのもあって異質に見えましたが、こうやって見ると貴方にはやはりその衣服が似合う。黒と言う色も悪くない。衣類と言うものはその国の民に合うよう進歩するのですな」


 壮年の店主は顎に手を当て一人感心していた。


「さて」


 気のない武蔵の答えに苦笑いするとアントンは武蔵が脱いだ服を見て嘆息する。


「やれやれ、貴方は服を襤褸にするのが御趣味のようだ」


 どうすればこのようになるのかと不思議に思うほどの破れ方であった。


「案ずるな、この衣の金は払う」


「いえ、それには及びません。無償で提供させて頂きます。灰狼に一泡吹かせた御仁からこれ以上受け取れませんからな」


「耳が早いな。朝の時とは違う対応はそれがゆえか」


「ハッハ、これは手厳しい。街で起こった出来事はあっという間に広まるものです」


 武蔵の皮肉をかわし、大仰に両手を広げ店主は言った。


「着ておられた衣類はどうなされますかな」


 店主が武蔵に問う。

 着物を新調するために見本として渡していたのであった。


「貰おう」


「畏まりました」


 そう言って綺麗に畳まれた着物と袴を台の下より取り出し上に乗せた。

 受け取ると着物に袴を包み、たすき掛けにして胸の前で結ぶ。

 それを興味深げに見ていた店主に武蔵は話しかける。


「先ほどの言い方は灰狼を好ましく思っておらぬようだな」


「無論です。あ奴らは盗賊と変わりません。どういう訳だか警吏は奴らの犯罪を見て見ぬ振り。金を渡しているのでしょうがそれにしても些か腑に落ちぬのです」


 店主は何かを考えるように視線を左上に向け言った。


「それ程酷いか」


「酷いですな。ですから灰狼でも幹部級の三人を斬った貴方は時の人になっておりますよ」


 店主は武蔵の行為に溜飲を下げたようで愉しそうに笑う。


「灰狼は何人おる」


「私も正確な人数までは存じませんが恐らく30人から40人の間だと」


「この街に大きな集団は幾つある?」


 武蔵の問いは続く。


「そうですな、先ずこの街最大の数を誇るバイロン同盟。構成人数は60人と聞いております。次いで結社”克肖会バイロン支部”、こちら50人ほどですな。そしてバイロン探求の団50人弱」


 間を置いて


「これに続くのが灰狼になりますな」


「街に冒険者は何人おるのだ」


「1000人から1200人と言われています。彼らの多くは数人規模で徒党を組んで活動しております」


「同盟と克肖会、探求の団とやらと灰狼の関係はどうだ」


「何度も揉めていたそうです。灰狼の狼藉は迷宮内でも行われているらしく、嘗ては一触即発だったとの事」


「何故他の集団は灰狼を潰さぬ?」


 俯き首を振りながらアントンは溜息を漏らす。


「警吏が後ろについていて下手に手が出せないみたいですな、以前同盟と灰狼が衝突した時、同盟の総長と側近の部下10名ほどがバイロンを追放処分になりました。これが酷い話でして、灰狼が酒場で飲んでいた同盟の冒険者に喧嘩を吹っ掛け多勢で五名の命を奪ったそうです。当然同盟も黙っておられません、直ぐ様灰狼の溜まり場へと報復に向かいました。しかしそこに待っていたのは灰狼ではなく警吏の一団で、先走ってしまった同盟の構成員が警吏に怪我を負わせてしまい捕縛、幹部の追放か解党を迫ったそうです。いくらバイロン最大の組織と言えど警吏と事を構えるわけにはいきません。結局、総長と側近の追放で話が纏まったそうですが、それ以降、同盟は勿論、克肖会も探求の団も灰狼を避けるようになりました。表に裏に警吏が味方しては人数で勝っていても堪りません」


「警吏の数は」


「100人前後と言ったところですかな」


 瞑目した武蔵が頷く。


「そうか。で今は?」


「同盟は完全に勢いを失い構成員は離脱し半減、それでも副総長だった男が何とか纏めております。克肖会と探求の団は息を潜めています。実は灰狼ともっとも衝突していたのは克肖会でしてな、それはもう激しいもんで毎日のように街のあちらこちらで戦闘行為が行われておりました、街の者が何人も巻き込まれ怪我をしてしまい、商工組合は後始末に奔走していました。双方ともに死人が出なかったのが不思議なくらいで」


「では今最も勢いがあるのは」


 アントンは顔を顰め口惜しそうに言った。


「灰狼ですな」


「灰狼の溜まり場は」


「分かりません、団長が用心深いらしく定期的に変えていると聞いております。ただ最近、灰狼の団員が屋台広場でよく目撃されているようです」


 ですのでその付近にあるのかも知れませんなと言うとアントンは口を閉じた。

 暫し無言の時が流れる。


「屋台広場か」


 武蔵は朝に出会った娘と母親を思い出す。陽気で人好きのする親子であった。


「お帰りで?」


 背を向けた武蔵にアントンが言った。


「街の巷間、為になった」


 武蔵が言うと慇懃に一礼する。


「お安い御用です。またのご来店をお待ちしております」


 店主に見送られ武蔵は店を出る、既に陽は落ち欠けた月が昇っていた。












 一人の少女が家路を急いでいた。太陽の下で見る見慣れた街並みが夜では一変している事に軽い驚きを覚えながら、人の波が途絶え暗くなった往路を足早に進む。年は十代半ば、愛らしい顔に雀斑をつけた娘であった。少女は朝から夕方まで母親と共に仕事をして日々の糧を得ていた。今日は母親が用があるというので先に帰り、少女が後片付けをしていたのだが、思いの外時間を取られこんな時間になってしまった。


 空を見上げれば星星と一緒に月が輝いている。欠けた月が老婆の横顔に見え、その歪んだ口からは哄笑が降って来る様で少女の不安を煽る。家々から漏れる灯りと時折ある街灯が道を照らしているが薄暗く人気が無いので不気味に感じられた。特に最近この辺りでは強盗や強姦事件が多発していたので尚更であった。


 頭の中で見ず知らずの被害者の顔が自分と被った、頭を振り直ぐに不吉な思いを追い出す。自分が事件の被害者になるなど真っ平御免であった。そう思った矢先、腕に痛みが走る。見れば何者かに右腕を捕まれ、強い力でそのまま狭い路地に引き込まれてしまう。突然の事に事態の把握が出来ない。少女の混乱した頭に男たちの下卑た笑いが響く。


「う~ん?暗くてよく見えねーが別嬪さんかな?」


「若くて女だったらいいんだよ、てめーらは選り好みしすぎだ」


「俺が一番でいいよな」


 引きずり込まれた隘路には五人の男がひしめきあっており、舌舐めずりでもするような目で娘を値踏みしていた。少女は恐怖に悲鳴を上げようとするが大きな手で口を塞がれ声が抑えられてしまう。くぐもった悲鳴を漏らす娘を担ぎ上げ男達は人気の全く無い開けた場所へと移動した。肩に担いでいた男はごみでも投げるように少女を地面へと放る。


「ぎっ」


 腰を強打した激痛に思わず声が漏れる。痛みを堪え見上げる少女の瞳には、男たちの情欲に爛々と輝く目が映る。悪夢であった。そのおぞましさに、娘の目は零れ落ちそうなほど見開かれ歯は音を立て鳴り止まない。余りの恐怖と現実感の無さに、これは夢なのではないかという特異な浮遊感さえ感じていた。

 

「おかっ、おかぁ、さ、たすっ」


 混乱の極みにあった少女の口から意味を成さない言葉が零れる。我知らず最愛の母に助けを求める声にならない声は、だが届く事はなかった。

 

 男たちは肉欲に猛り血走った目で少女に迫ると、服を掴み力づくで引き千切った。少女の体が激しく揺れる。頑丈な麻の服が紙でも破いたかの様に細切れになり、一糸纏わぬ白い裸体が闇夜に浮かび上がる。少女は既に声も無く為されるがままであった。これから己の身を襲うであろう惨劇に心が耐え切れず意識が逃避してしまっていた。男達の蛮行を老婆のいびつな横顔だけが空から眺めている。


「じゃ、俺からいくわ」


 目の虚ろな全裸の少女を前に、最も体格の良い大男が興奮して荒い息を溢しながら仲間へと告げる。他の四人は欲情し昂った顔に不満そうな表情を浮かべるが、口からは何の言葉も紡がれる事はなかった。仲間の無言を肯定と受け取ると、腰に佩いている剣を地面へと落とす。静寂に音を響かせながら下衣を脱いだところで強烈な痛みが大男を襲った。


「がっ」


 余りの激痛に声が出ない、何かに背面から途轍もない力で頭部が締め付けられている。後ろを振り返りたくとも寸毫も首が回らない。剛力が自慢の大男を上回る圧倒的な力。それでも何とか目線だけで背後を覗いてみると闇を凝縮したような何かがそこにいた。目を凝らせばそれは人であった。暗闇の中、異形の男の双眸が松明の様に燃え盛って見えた。





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