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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
迷宮都市 バイロン
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弐拾㭭 救いの手

 漸く飯にありつけるかと武蔵が飯屋へ入ろうとしたその時、警邏けいらの声が通りに響く。


「この狼藉を働いた者は誰だ!!」


 警邏は二人組であった、支給されたのだろう揃いの赤黒く光る金属、呪鉄の鎧を身につけ腰には同じく呪鉄の剣を佩いていた。痩せぎすの若い方が大声で怒鳴る。だが誰も答えない。

 武蔵は構わず一歩を踏み出すが群衆の目が武蔵を追い、警邏がそれに気付く。


「貴様か」


 武蔵の前まで金属の音を立て歩いてくると厳しい声で問い詰め、異人だと分かると更に詰問調になった。


「何者だ貴様、一体ここで何をした!?」


 居丈高に誰何する警邏を歯牙にもかけず武蔵は言った。


「誰ぞと間違えて襲うてきたのを撃退したまで」


「なにぃ!?」


 年上で上司らしき貧相な顔をした警邏があからさまな敵意を向けて武蔵を睨み付ける。


「その言葉を裏付ける証拠でもあるのか」


「さぁて」


 そこへ灰狼と思われる十人余りの一団が到着した。戦いを聞きつけて駆け付けたのだろう。警邏が先頭に立つ長と思われる男と目線を交わすと顎で武蔵を示す。男の姿に冒険者から「ロランだ」「灰狼の団長ロラン」とざわめきが起こる。手練であった三人の部下の無残な死に様を見て男の目が驚愕と怒りに見開く、が直ぐに何事も無かったかのように平静を取り戻した。


「うちの団員を殺してくれたのはそこの御仁でいいのかな?」


 灰色の髪をした目の細い長身の男ロランが、激情を抑えた瞳を己が団員の惨状に向け、視線を武蔵に移して言った。武蔵が異国の者だと分かると目に険悪なものが宿る。怒気を封じ男を観察すれば衣服こそぼろぼろに破れているものの、何処にも傷らしい傷が無い。どのような手段を取ったにしろ、あの三人を相手にほぼ無傷で勝ったのだという現実を頭に入れておく。


「どうやらそうらしい、何でも襲ってきたのは灰狼の方だといっている、証拠はないがな」


 上司の警邏が灰狼の男に向かって説明する。


「そうか、それは困ったことになったな。異人よ、俺は貴様を訴える」


 周囲の見物人たちに聞こえる声で言い放った。


「無抵抗であった我が団員を貴様は一方的に殺戮したのだ」


 でなければ強面で売ってきた灰狼の名も地に落ちる。何処の馬の骨ともわからぬ異人相手に闘いを挑み、看板とも言える三人が揃って斬殺されたなど認めるわけにはいかなかった。 

 その言葉に事態を傍観する冒険者たちから幾つかの反論が飛ぶ。


「何言ってんだ、俺は偶然通りかかって見てたが灰狼の連中が仕掛けたように見えたぞ」


「あぁ、俺も見ていた。先に手を出したのは灰狼の方だった」


 灰狼の団長ロランは異議を唱えた冒険者の前まで歩いてゆくと鼻先が触れるほど顔を寄せ


「貴様ら、本当に見たのだろうな。顔は覚えたぞ。もし間違いや勘違いだとしたら取り返しのつかない事になることを十分承知しての発言だろうな」


 細い目をさらに細めて脅迫めいた念を押す。背後には暴力的な匂いを隠そうともしない破落戸と変わらぬ団員が並び威圧していた。恫喝されたも同然の冒険者は目を逸らし何も言えなくなる。目的を果たす為には手段を選ばない卑劣なやり方は冒険者に知れ渡り恐れられていた。灰狼の長はゆっくりとほかの冒険者たちを見回す、異議を唱える者は出てこなかった。


「警邏の隊員殿、どうやら目撃者はおらぬようだ。その異人をひっ捕らえ尋問する様要請する」


 周囲がざわつく。視線が一箇所に集まるが当事者であるはずの武蔵は、そんな事態にどこ吹く風か他人事のように薄い笑みを浮かべるだけ。その姿が異人の風貌と相まって妙に年上の警邏の背筋を寒くさせる。


「そ、そうだな、この異人の方が怪しい、詰所まで来てもらおうか。おい捕えるぞ」


 良くない予感が警鐘を鳴らすがロランの手前動かないわけにはいかない。こういう時のためにロランは少なくない金をばら撒いていた。貧相な警邏は部下に声をかける。冒険者たちも何かが起こる気配を敏感に感じ取っていた。誰もが黙り込み空気が重くなる。武蔵の体に、二人の警邏が手を伸ばそうとしたところで声が上がった。


「お待ちください」


 辺りを支配していた緊張が破られた。

 金色の長い髪を持った長身の美しい女が群衆をかき分け前に出てくる。身に纏う白く輝く軽鎧と透けるような金色の髪との対比が見る者に神秘的な印象を与えた。


「私が証人になりましょう」


 武蔵の側まで歩いて来ると、強い意志の光を持った翠の目が警邏を真正面から見据える。


「彼らの話し声が私の耳には届いておりました。その者達はこの男性を影教の間者と決めつけ斬りかかっていったのを確かにこの耳が聞いています」


 黒く焼け焦げた屍と分割された屍、首を飛ばされた屍を順に見ながら美しい声音で言った。影教の間者と言う言葉が出てきたところでロランが反応を示す。


「この耳だと!?御嬢さんあんたの耳はそれほど信用できるのかね?」


 危険な光を目に宿し灰狼の長は玲瓏の女に凄む。すると女は臆することなく金色の髪をかきあげた、先が尖った長い耳が現れる。武蔵の眼が僅かに開く。冒険者からはどよめき。


「おぉ、森の精霊人だ、美しい」


「森人のリグテュスだ」


「リグテュス?ここの第八層のサンダルキを踏破したっていう?」


「精霊使いのリグテュス」


「高潔なる森の守り人」


 冒険者たちの口から女の巷談が次々と零れ落ちる。美しき森人は灰狼の長に向かって言い放った。


「お分かり頂けましたか。我ら森の精霊人の聴覚の鋭さは皆さんもご存じのはず、そして嘘をつかないことも。それと、私には恫喝は通じませんよ」


 守り人は高位マナ使い特有の雰囲気を纏っていた。ロランも顔こそ知らなかったがリグテュスと言う名には覚えがあった。今この街で最も話題に上る冒険者の名前だ、嫌でも耳に飛び込んでくる。話の内容を聞く限り、噂に尾ひれがついてる分を差し引いても多勢とはいえ、やればこちらもただでは済むまい。更にはリュファスたちを殺した得体の知れない異人もいる。

 

 背後では森人の言葉に団員が気色ばみ、暴発寸前で今にも襲いかかろうとロランの号令を待っている。ロランは判断を迫られていた。敵意に反応するように麗人の足元には風もないのに空気が渦巻き始める。舌打ちをし、ロランは警邏と目くばせをすると団員を下がらせた。


「今はやめとけ」


 逸る団員を止め、武蔵とリグテュス、二人の顔を睨むように凝視すると


「貴様らの顔は覚えた、俺は執念深いぞ。今日から安らかに眠れる日は無いと思え」


 二人にだけ聞こえる低い声で吐き捨てた。応じるように三度武蔵の腹が鳴る。リグテュスを始め多くの見物人から失笑が漏れる。顔を真っ赤に染めたロランが団員に指示しリュファス、ピエール、セブランの遺骸を回収させて去って行った。冒険者から歓声が上がる。


「貴方方はどうするのですか、それでもこの人を連れて行くつもりですか」


 冒険者の歓呼に包まれながら森人は警邏の二人に対して問うた。年若い警邏の卑しい顔に悔しさが滲む。


「御嬢さん、この街で出過ぎた真似は痛い目を見ることになるぞ」


 年上の警邏は己より長身の女を舐るように見上げると捨て台詞を残す、その一方で安堵していた。あのまま異人に手を出していたらどうなっていたのか。背中にかいた汗がやけに冷たく感じられた。部下を促し足早に引き上げてゆく。その背に見物客から罵声が浴びせられる。灰狼と警邏が裏で繋がっている事など誰の眼にも明らかだった。


 武蔵は救いの手を差し伸べてくれた森の精霊人へ目をやると感謝の言葉を口にした。


「お主は昨日宿を教えてくれた女子おなごだな、礼を言う」


「私の助けなど必要なかったのではありませんか」


 森人の澄みきった翠の目が真っ直ぐ武蔵を見つめていた。


「いや、まさか警邏の者を斬るわけにもゆかぬ。今少しこの街にとどまりたいのでな」


 そうでなければ切り捨てても構わないとでも言いたげであった。


「では私はこれで」


 数瞬、武蔵の顔を観察するように眺めると背を向けた。


「待たれよ」

 

 武蔵の低い声が森人の背中に投げかけられる。


「俺は暫くこの街におるつもりだ。なにかしら手が必要になれば遠慮なく言うてくれ。この武蔵借りは返す」


 女は振り返ると頷き


「わかりました、そういえばまだ名前も名乗っていませんでしたね。私はリグテュス。人属の言葉で言う冒険者をしています」


 白銀に輝く胸に華奢な手を当て名乗った。


「我が名は武蔵、日出る国より参った」


「見かけによらず詩的ですね」


 森人は目を細め淡い笑みを浮かべる。周囲からは溜息が毀れた。


「では武蔵」


「いずれ」


 リグテュスは街の中に消えた。見えなくなっても、その後ろ姿を何人もの冒険者の目が追い続けていた。不正を見逃さない高潔な人格、凛とした佇まいとその美しさに魂を奪われてしまったようだ。無理もない、そう思いながら武蔵は今度こそ飯屋の扉へと歩みだすのであった。





 

 

 

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