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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
迷宮都市 バイロン
28/104

弐拾漆 闘い

 鍛冶屋を出た後、腹の虫が鳴ったので昼飯を取る事にした。屋台が続いたので店を構えた飯屋で食そうと探す。

 客の会話と食事をする音が通りにまで漏れている店に決めた。店の扉への一歩を踏み込もうとした時、中から食事を終えた客が大声で話しながら出て来る。

 冒険者らしき三人組が通りに佇む武蔵に気付くと楽しげな会話は止み顔色が変わった。武蔵の進路を塞ぐように立つと三人が三人武蔵の顔を凝視する。


「こいつ、異人だぜ」

 

 一人が言った。

 何かに記憶を巡らすように間を空け


「もしかして例のこの街に潜入してるって言う影教の間者じゃねーか」


 目つきの鋭い痩身の男が敵意を含んだ視線を武蔵に向けたまま仲間に語りかける。


「確かに俺たち白き民とは違った顔だな。異人がこの街にいるとは。ピエールの言う通り影教の尖兵か」


 魔杖を持った小男がピエールと呼んだ痩身の男の言葉を肯定する。


「影教徒だと!?ビレネオス山脈を越えてきやがったのか!!とすれば俺たち聖十字教徒の敵だ、このままに見逃すわけにはいかん!!」


 独断と偏見に満ちた仲間の言葉に当てられ、大柄で全身を覆う甲冑姿の男が背にあった大盾を左手に、斧槍を右手に持ち戦闘体勢に入った。三人から殺気が走る。

 突如として発生した異常な事態にも全く動じず、武蔵はその殺気をそよ風の様に受け流していた。明らかな殺意を向けられて何の反応も示さない異人に対し更に殺気が高まる。それを遠い場所より眺める翠の目があった。


「やるぞ」


 目前の男が何者か確認する事無く、己らの思い込みのまま痩身の男が号令をかけた。小男が呪文の詠唱に入る、それを護る様に甲冑の男が大盾と斧槍を構え立ちはだかる。瞬く間に店店が立ち並ぶ往路が戦場と化した。

 武蔵の体は唐突に訪れた三人組の冒険者との戦いに即座に反応する。濃い髭で覆われた口には獲物を前にした獣の笑み。


 ピエールが紫色の毒々しい何かが塗られている小刀を腰より抜き放ち武蔵へと襲い掛かかる。痩身の男は左手を目の前に掲げ風の様に突進、武蔵の間合いの寸前で左手を大きく横に振った。

 武蔵の目が反射的に追う。ピエールは厭らしい笑みを浮かべ右手を男に向けて突き出した。勝利の確信に満ちた笑みであった。急所である必要は無い、僅かでもかすれば忽ち刃先に塗った毒が異教徒を冥府へと誘うだろう。ピエールにとっては幸い、異教徒の男にとっては金属の鎧ではなく衣服を着ていた事が災いとなるはずであった。だがその勝利の確信は当惑へと変化を遂げる。

 

 毒の刺突が武蔵の身体に届く事無く、痩身の男の突き出した右腕が消失。武蔵の手には何時抜かれたのか白銀に光る長剣が握られ、下から上へと切り上げていた。天を衝く勢いで振り上げられた剣閃は翻り、雷の如き速さで撃ち下ろされた。

 右腕を突き出したまま、未だ事態の把握が出来ぬ痩身の男の目に最後に映ったのは、異人の嬉々とした表情。頭頂部より入った長剣は眉間を、頚骨を断ち割り、赤黒い金属の軽鎧をも分断し股間までを遮られること無く縦断した。何処かで宙に舞っていた腕が地に落ちた音がする。痩身の男が動き出してから今迄僅か瞬き一つ分の出来事であった。


炎熱灼火球イグ・スファエラ

 

 一瞬の間にピエールが惨殺された事に驚愕しながらも発現した魔法を解除できず、戦い慣れた何時もの連携で小男から放たれた燃え盛る火球は、援護にも必殺にもならず二つに分割された仲間の身体に衝突してしまう、燃え上がる遺骸に小男の絶叫。その炎の影から武蔵が飛び出す。小男に向かって長剣を切り下ろした、が、甲高い音と共に大盾によって阻まれる。


「この糞野郎がっ!!よくもピ、ピエールを!!」


 仲間を殺され怒り狂う全身甲冑の大男が、斧槍による鋭い一撃を攻撃が弾かれた武蔵へと放つ、風を切り頭上から襲い来る斧槍を武蔵は難なく長剣で受け方向を逸らした。斧槍は間合いは広く威力も強いが一撃をかわされた後の隙が大きい、武蔵は踏み込むと袈裟切りを撃つ。大男が身体を捻り左手に持つ大盾で防いだ。

 白銀の閃光が走り、大盾に深い溝が穿たれるがまたも弾かれる、小男はすかさず新たな魔法の詠唱に入っていた、目には仲間を殺された憎悪の炎。青白く輝く魔法式が螺旋に渦巻き、歌の様にも聞こえる韻を踏んだ言葉の連なりは、両断された亡骸が燃え尽きようとする音を伴奏に大気に溶けてゆく。

 

 武蔵は小男の前に立つ大男へ二合三合と斬撃を放つ、その度に大盾は削られていくが未だその役目を果たし続けていた。


「この大盾は金剛亀の甲羅で出来てんだ、異教徒のテメーの攻撃など通るかっ!!」


 大男が叫ぶ。怒号と同時に斧槍による渾身の刺突を放つ。武蔵は顔を傾け避けるが、斧槍は黒い髪を掠め数十本が宙に散った。太い眉の下にある双眸が光る。

 武蔵から天へ向かって奔流の様に気が迸った。手に持つ白銀の長剣の輝きが高まる。

 小男の詠唱が終了するのと武蔵が大盾へと煌く長剣を振り下ろしたのは同時であった。大男が絶対の信頼を寄せていた大盾は蝋燭の様に分断された、重い音を立て時間差で地に落ちる。大盾だけではない、その背後にいた大男までもが斬撃の範囲であった。大盾を掲げた体勢のまま時が止まったように身動き一つしない。

 

 全身を隈なく覆う甲冑に蜘蛛の糸のような極微の線が走る。小男の眼前に呪紋が浮かび上がり「裂槍衝破多撃ハスタムル」と言う叫びと共に魔法が発動、十数本の鈍色の短槍が射出された。大男の体が線に沿って分割してゆく。

 音速を超える速度で放たれたそれは、攻撃を終えた隙を突き武蔵へと迫る。

 

 目にも止まらぬ速さで飛来する短槍の幾つかを、だが武蔵の眼ははっきりと捉え長剣で弾く。長剣を通して伝う凄まじい衝撃を、気によって強化された体が吸収する。背後で物が崩壊する轟音。防ぎきれなかった何本もの槍に貫かれた武蔵は衣服をずたずたに引き裂かれながら、だが止まる事無く小男へと走る。必殺の魔法を凌がれ愕然とする小男。迫り来る双眸を光らせた異教徒から逃れようと、反射的に踵を返したその首が武蔵によって刎ねられた。血の雨が振り大地に転がった首が大男が造った赤い水溜りに浸る。


 何時の間にか通り一帯には雲霞の如き野次馬が出来ていた。息を呑み戦いを眺めていた冒険者たちが喝采と感嘆の声を武蔵へと浴びせる。


「すげぇ、あの異人、大盾のリュファスを盾ごとぶったぎったぞ。金剛亀の甲羅だぞ、あれって斬る事が出来たのか!?」


「あいつらって悪名高い”灰狼”だろ?こりゃぁ頭のロランが黙っちゃねーな」


「大盾のリュファス、毒蛇のピエール、魔術師の小セブラン、灰狼の中でも名が通ってる奴ばっかりじゃねーか。その三人をぶっ倒すなんて信じらんねぇ」


「大盾を斬った時のあの一瞬のマナの爆発、正直魂消た」


「いやはや、有名じゃなくても強いやつってのはいるもんだね。あの男の顔、異国人だよね?どっから来たんだろ、故国ではさぞ名のあるマナ使いだったんだろうな」


 見物人たちの好奇の目に晒されながら武蔵は何事も無かったかのように露払いをし豪奢な装飾が施された革の鞘に白銀の刀身を収める。

 と、辺り一帯に響き渡るように腹の虫が鳴った。余りの大きな音に目を丸くする群集。腹ごしらえする前の運動も済み、集まる視線を気にする事無く武蔵は今度こそ飯屋の扉を潜ろうと歩き出した。

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