弐拾陸 鉄の精霊人
抱えたブリオチェを食べながら歩く。街には徒党を組む冒険者の姿が頻繁に見受けられた。これから迷宮へ赴くのだろう、意気軒昂たる冒険者たちは成りあがろうとする希望の光に満ち溢れていた。
その光景を見て武蔵は目を細める。自分にもあのような時代があっただろうか。
ブリブリという少女と母親が営む屋台から歩いて僅かの所に勧められたアントンの服屋はあった。
店に入ると、まだ朝が早いせいか店内には武蔵一人であった。この国の民が着用する衣服が売られている。その全てが古着で新しい物は見当たらない。当然、着物と袴などあろう筈もない。
壮年の店主の目が不審な者でも見るように武蔵を追っていた。
「何かお探しですか、異国の人」
店の主が武蔵へと声をかける、が、それは客へのもてなしではなく牽制であり、声音には警戒が込められている。
「此処では仕立ては出来るのか」
「ええ、ですがその分高くつきますよ、異国の人」
無遠慮に武蔵を一瞥し、お前に払えるのかと暗に仄めかす。
「素は選べるか」
「綿、毛、皮、麻なら」
「では麻で俺が着ているこれを仕立てて貰おう、大きさは同じで頼む。採寸は不要」
「ふむ、変わった服ですな。見たことも無い形状ですが、まぁ出来るでしょう」
武蔵が着ている着物をまじまじと眺める店主。
「色は黒で頼む」
「これはまた不吉な色を選ぶものですな。分かりました、失礼ですが異国の人、大雑把ですが銀貨五枚は頂く事になると思いますが持ち合わせは?」
己とは異なる価値観を持つ異国の男を見つめる目に理解不能の光。用心深い店主はより一層警戒を深くした。
「今払えばよいのか」
「はい」
「くっく、このような襤褸を纏っては信用出来ぬか」
あからさまな店主の態度に気を悪くする事なく、武蔵は目を細め愉しそうに笑う。
「失礼ながら」
「これでよいか」
武蔵は銀貨を五枚出すと台の上に置く。店の主はそれを受け取り偽貨幣ではないかを色、光、重さで確かめる。
「確かに、では仕立てる為に今着ているその服を脱いで貰いたいのですが」
「うむ」
「代わりにこれをどうぞ」
渡されたのは市井の民が着る一般的な衣服であった。刀と鞘、脇差を抜き手早く着替える。
「何時出来る」
「そうですね、明後日には」
武蔵は銀貨二枚を台に置く。
「今日中に頼む」
主は苦い顔をしたが一つ頷くと
「分かりました、何とか本日中に仕上げます」
「夕刻でよいか」
「構いません」
「では頼む、あぁ、それとこの街で最も腕のいい鍛冶屋は何処にある」
「鍛冶屋ですか、それでしたら鉄人がやっている鉄屋でしょうな」
この段になると見た目とは裏腹に、金払いのいい武蔵に対する店主の慇懃無礼な態度は形を潜めている。
「鉄人とはなんだ」
「そちらにはいないのですかな?鉄の精霊人の事です。略して鉄人、或いは鉄の守り人という意味で鉄守とも呼びますな。鍛冶をやらせたら彼等の右に出るものはおりません」
「精霊人とは」
「私ら、人類とは種を異にする民の名称ですな。私も詳しくは知りませんが、遥か昔、別の世界よりこの地に来たとか何とか」
「つくづく変わった世よ」
摩訶不思議な店主の話を聞いて武蔵が呟く。
「場所は」
「東区の外れ、川に沿った処で。近くで聞けば分かるでしょう」
「礼を言う」
店の主は頭を下げて武蔵を見送る。
アントンの服屋を出ると一路、鉄屋を目指す。
途中、市場を通り抜ける。百軒近い売り屋が軒を連ねていた。見た事も無い動物の肉や野菜、果物が売られている。たまたま目に入った赤く丸い果物を買ってみる。売っていた者に聞けば、林檎と言う名でこのまま食べられると言う。
口にしてみるとシャリシャリとした食感に酸味が強い。あまり美味くは無かったが何事も初めてというのは心が躍るものだ。武蔵の好奇心は尽きる事が無い。
東を目指し四半刻ほど歩くと川に当たった、近くを歩いていた若い冒険者に尋ねる。
「精霊人とやらが鍛冶屋を営んでるそうだが知らぬか」
「勿論知ってるさ、今行って来たところだ。でも追い返されたよ、お前のようなひよっこが来る場所じゃないってさ」
武蔵の顔を見て一瞬驚いたようだったが、気がいいのか若い冒険者は気安く答える。分かり辛いから連れてってやるよと言って道案内を買って出た。鍛冶屋までの道のりの間に、若者は軍を除隊して直ぐにこの街へ来た、仲間を募り迷宮を踏破すると意気込んで話した。
「ここだよ、あんたは売って貰えるといいな」
店の前まで来ると親指で指し、じゃぁと手を上げ去っていった。気持ちのいい若者であった。
武蔵は鉄屋の前に立っている、鉄屋は三十坪ほどの大きさで石造りの建物であった。屋号は無く職種を示す旗も立っていない、これでは前を通っても分からなかっただろう。扉を潜る。
店に入った武蔵の目に飛び込んできたのは武具や防具ではなく誰もいない帳場であった。八畳程度の店内には剣も鎧も飾られていない。部屋の奥からは高い金属を打つ音が途切れる事無く続いている。
音が響く奥への扉を開いた。そこには鍛冶場が広がっており、子供ほどの背丈の長い髭を生やした壮年の男が、重そうな金槌を軽々と振り下ろしていた。背こそ子供並だが横幅は武蔵をも上回ってそうであり、筋骨が発達した逞しい身体を持っている。武蔵に気付き大きな声が飛ぶ。
「なんじゃ、何か用か。言っとくが、わしぁ木っ端冒険者の武器など作らんぞ」
ぎょろりとした大きな目に、大きな鼻、厳しい髭面が武蔵を睨む。
「これを見てもらいたい」
武蔵は男の迫力にまるで臆する事無く刀を取り出す。男の目は異国の剣に吸い寄せられるように張り付き離れない。持っていた金槌を台の上に置くと
「ほう、見た事も無い剣だわい、ちっと寄越せ」
武蔵は刀を男へと渡す。男は分厚い手で受け取ると刀を掲げ検分する。
「うむ、良い鉄を使っとるわ。最上の鉄だ、呪鉄に勝るとも劣らんな。だがなんじゃい、この有様は。刃毀れし、曲がっちまっとるじゃないかい」
「何とかならぬか」
男は太い指で触れ、光に晒して刀の状態を確かめる。
「打ち直しじゃな、だが元通りと言うわけにはいかんわ。この剣は高い技術で打たれておる、幾らわしでも全く同じに復元は不可能じゃ。同じ鉄で同じ形状には出来るがそれだけじゃい」
「この街にお主より腕のいい鍛冶屋はおらぬと聞いた」
「まぁそうじゃろうな」
自惚れではなく単に事実を述べる、鉄人に謙遜の慣習はない。
「そのお主が出来ぬのなら他の誰にも出来まい。だがなるべく近づけて貰いたい。宜しく頼む」
「いいじゃろう、本来なら剣をこんな風に扱う馬鹿の依頼など受けんが、見ればお前さん、相当な使い手と見た。そのお前さんがここまでにしちまったんだ、余程の事があったんだろうて」
「かたじけない」
武蔵は頭を下げる。その行為が奇妙に映ったのか
「何じゃ、それは。異国の風習か」
鉄人はふんと鼻を鳴らし再び刀へと視線を戻す。
「で、何時出来る」
「そうじゃなぁ、明日の日が沈む頃には出来あがっとるじゃろ」
刀を検めながら言葉を返す鉄人に武蔵は頷くと踵を返す、その背に男から声がかかる。
「武器がないと不安じゃろ、これを持ってゆけい」
そう言って近くに立て掛けてあった剣を手に握ると武蔵へと放った。受け取って革の鞘から抜けば銀色に煌く両刃の長剣であった。装飾がされた柄頭には、血のように赤く鈍い光を放つ石が嵌め込まれている。掲げた刀身の輝きに思わず目を奪われた。
白銀の剣に誘われるように軽く振る、斬り下ろし、袈裟切り、左薙ぎ、右切り上げ、逆袈裟、次々と無造作に振るってゆく。一通り終えると流れるような動きで剣を鞘に収めた。
武蔵の剣を振るう姿を見て、男は太い腕を組み満足そうに何度も頷いていた。
「やはりわしの目に狂いはない。お前さんの今の動きだけで分かるわ」
「これは何だ」
武蔵は剣を掲げ鉄人へと目をやった。
「精霊銀の逸品じゃ」
「精霊銀」
異国の男が疑問の顔を浮かべると鉄人は「あぁ」と言い
「お前さんら人属には聖銀と言わにゃ分からんか」
「鉄より強いのか」
「比べ物にならんわい」
武蔵が知らないとみるや説明を始める。
「わしら鉄の精霊人にのみ採掘を許された金属で、精錬も加工も鍛造もわしらにしか出来ん。鉄はおろか呪鉄より強く硬くしなやかで何より魔導率が高い、マナ使いにはうってつけの金属じゃ」
「鉄の精霊人にのみ許されたとはどういう意味だ」
「あぁ、それはな、わしらにしか見つける事が出来んのじゃ。わしら以外、例えば人属には認識する事が出来ぬ、そして触れぬのだ。わしらが発見し触れた時点で初めてその形を露にする」
太く短い腕を組み、作業台に背を預け鉄人の講義は続く。
「見えず触れずか、その様な事があるのか」
「あぁ、ある魔導学士が言うには精霊銀は精霊界と主物質界に跨るように存在しておりとても不安定な物なんじゃそうな、それを物質界、わしらがいるこの世界の事じゃな、に現すには誰かが認識し存在を確定しなければならない、それが出来るのがわしらだと言う」
胸まで長く伸びた髭を触りながら精霊人は言う。
「わしらに残された精霊人としての数少ない特性じゃな」
「希少なのか」
「まぁな、わしら鉄の精霊人が独占しておるから売る時ぁこちらの言い値よ、儲かってしょうがないわ」
ふぉーふぉっふぉっと短躯を震わせて大声で笑った。
「ではこの剣も高価というわけか。良いのか?」
「ええじゃろう、明日までじゃからな。気に入ったなら売ってやるぞい」
職人気質と思われた精霊人は商売人の顔を覗かせる。
「悪くないが俺には刀の方が手に馴染む」
「そうじゃろうて」
鉄人は口を歪ませると短い首で頷いた。武蔵は鞘を持ち柄を見せるように持ち上げると疑問を口にした。
「この赤い石はただの装飾か?」
よくぞ聞いてくれたと言った表情で鉄人は説明を始めた。聞き終えると武蔵は「ほぅ」と軽い感嘆を上げ赤い石、魔石を眺める。
「では明日」
「おう」
気難しいとされる鉄の精霊人が、厳めしい顔ながら機嫌よく応える。己が作る武器を使うに相応しいマナ使いに出会えた事に鉄人は気をよくしていた。武蔵は鉄の精霊人の鍛冶場を後にする。日輪は南天を登り世界を照らす。武蔵の腹は早くも減っていた。




