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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
放浪編
23/104

弐拾弐 赦免

 圧倒的な力と気迫を前に気圧された村人たちは、手に持った農具を次々と大地へ放り出した。

 男衆の戦う気は完全に萎え恐ろしい笑みを浮かべている眼前の異人に命乞いを始める。


「すまない、俺たちの恩人のあんたに武器を向けるなんて人に悖る行為だった。謝ってすむとは思っていない、だが此処にいる者の命だけで勘弁してくれ。他の者は何も知らないんだ」


「俺を殺そうとした購いに命を差し出すという事か、くだらぬ」


 武蔵の目には落胆、口からは笑みが消え、顔には玩具を取り上げられた子供のような表情。

 その様を拒否と受け取った村人が


「む、村の者全てを殺し尽くすつもりか」


「だとしたらどうする?」


 武蔵の目が村の男達の心を覗く様に見つめる。村人の戦おうと言う気は既に折れ、それを奮い立たせようとしていたが一度折れた心は簡単には戻らない。

 

「老人、女に子供もいる、俺たちの命だけで許してくれ」


「申し訳ない、申し訳ない」


「許してください、お願いします、嫁と子供だけはどうか」


 三十人余りの男たちの口から赦しを請う言葉が繰り返される。中には涙を流し鼻水が垂れている者までいた。武蔵は戦う気が失せていた、戦意の喪失した、しかも素人を斬るつもりは毛頭無い。

 路傍の石でも見るような目で村人を見渡す。


「お主らに兵法の極意を教えてやろう。勝てぬ戦いはせぬ事だ」


 武蔵は言うと刀を鞘に納めた。どういう事か分からぬ顔をしている村人は恐る恐る尋ねる。


「許して貰えるという事か」


「ふん」

 

 男たちの安堵の息が聞こえてきそうであった。その場にいた村人全てが、己のそして家族の命が助かった事に胸を撫で下ろす。背を向け立ち去ろうとする武蔵に悲鳴が襲い掛かる。

 目をやればゲバルが包帯姿の痛々しい幼子を抱え、細い首に小剣を突きつけていた。乱暴に抱えられたソフィユの顔が苦痛に歪む、痛みに耐える目は助けを求めていた。

 ゲバルの足元には顔を青く腫らしたルーゼルの縋りつく姿があった。ソフィユを護ろうとしてゲバルに殴られたのだろう。


「やめて、やめてください。娘は大怪我をしているんです」


 母親の必死の叫びも度を失った男には全く届かない。


「お、おい、蛮族、このガキを助けたかったら剣を捨てろっ!!」


 抱える腕に更に力を込めソフィユの口から声にならない苦痛が漏れる。


「ソフィユッ!!!やめて、私が、私が代わりますから娘を放して!!!」


 悲痛な声に毛ほどの関心も持たずにゲバルはルーゼルを蹴り飛ばした。鈍い音がして、ルーゼルは痛みで声も出ない。


「けっ、おい、てめーら何ぼうっとしてやがる。さっさと武器拾ってあの蛮族野郎を殺せ!!!」


 血走った目で事態を呆然と眺める村人を睨むと同時に怒声を浴びせる。だが村人は一人として動かない。


「もうやめろ、ゲバル。この人は二度も俺達を救ってくれた、これ以上やるなら俺達はこの人につくぞ」


 村人の一人が言う。周囲から口々に肯定の声。


「何だと、村長の息子の俺よりその糞野郎を取るってのか!?」


「そうだ、貴様の口車に乗せられた俺たちが馬鹿だったよ」


 ゲバルは怒りに顔を真っ赤に染める、目には狂気の光が宿り、昂ぶった感情を抑えきれず小刻みに震えだす。


「こ、こいつを殺ったら次はてめーらだ、楽しみに待っとけ」


 地獄の底から響いてきたような声で宣言した。口からは興奮のし過ぎか泡が溢れている。

 ゲバルの背後から村人の一人が忍び寄り幼子を助けようとした。異常な鋭さでそれを察知したゲバルは腕を振るう、その手には何時の間にか小剣ではなく、朝星棒と呼ばれる棍棒の先に棘を備え球体が柄頭となった武器が握られている。

 避ける間もない速さで男の頭部を吹き飛ばした。男の頭蓋骨は粉々に爆ぜ、目も鼻も口も中に納まっていた脳もまた形を留めないほど飛び散った。

 頭部を失った男の身体はゆっくりと地面を抱え込むように倒れ込んだ。

 その人間離れした筋力に男たちは息を呑む。それはまるでマナ使いの力を見ているようであった。


「お、お、お俺は、てめーなんぞに負けねーぞぉぉぉぉおおおぉ!!!」

 

 充血した目がせりあがり口角からは泡が噴き出す、顔中に筋が浮き上がるその様は、どうみても尋常ではない。

 錯乱したゲバルは最早幼子に価値を認めず放り出すと武蔵に向かって走り出した。その行為にルーゼルの悲鳴が上がる。

 母娘を目の端に捉え武蔵は鞘から刀を抜いた。

 ゲバルは走る勢いを殺さず上段から力任せに朝星棒を振り下ろす、武蔵もそれを迎え撃つように斬り降ろした。

 凄まじい激突音。 

 お互いの目前で互いの武器が交錯していた。ゲバルの人間離れした異常な力を武蔵の膂力が受け止める。ゲバルの常軌を逸した顔が間近に迫る。

 両者とも一歩も引かず力の限りに押し合う、時が止まったような光景。


 見ている誰もが拮抗していると思った寸毫の後、均衡が崩れた。


「ぬぅあああああああああ」 


 武蔵の雄叫びが辺りに響き渡り体中の筋肉という筋肉が盛り上がる、足から腰、腰から背へそして腕へ連なり刀へと届く。

 更なる膂力を生んだ武蔵の刀は、異常なほど高揚した顔に驚愕の表情を浮かべたゲバルを朝星棒ごと押し切った。木の枝を折ったような音が小さく響く。限界以上の力を出したゲバルの腕の骨が耐え切れず折れたのだ。

 刃は額から入り、眼球が鼻が口が刀の線に吸い込まれるように寄ってゆく。

 そのまま胸元まで断ち割る。


「げぴっげぴぴぴぴぴぴぴぴ」


 滑稽な声を上げてゲバルの身体は激しく痙攣を始め、やがて止まった。分かたれた左右の眼窩から毀れた眼球が虚空を望んでいる。

 

 武蔵の顔からは汗が流れ落ちる、全身にも熱を持っていた。肺まで埋まった刃を引き抜くと血振りをするが、そのまま鞘には収めず戦いの姿勢を解かない。


「凄いですねムサシさん、マナを失ってもそれ程の力があるなんて。いやはや、脱帽ですよ」


 そう言って現れたのは治癒術士パトリスであった。

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