弐拾壱 殺戮
脇目も振らず村長の家を目指し自然と駆け足になるドナルド。
村長の家屋の扉を潜るとガエル、ゲバル、エルマン、ティボーの四人が待ち構えていた。
「どうであった?女は何と言った」
開口一番、村長のガエルが切り出す。ドナルドは息を整えると
「何も見なかったと言っていたが、俺が魔石と口にした時に僅かに反応した。本人は隠し通せたと思っているがな」
「では」
ドナルドが頷く。
「あぁ、おそらく魔石を見たんだろう、そして知らぬ振りをしたって事はあの異人が見つけ何処かへ隠したのではないかと思う。女にとって異人は恩人だしな、幾らか渡して口を塞いだとも考えられる」
村長はドナルドの言葉に満足そうに顔を綻ばせる。目端の効くこの男を女のもとへやった自分の目に狂いはなかった。
「いずれにしても、あの男が見つけ隠したと言う事か」
ガエルの独白に黙って報告を聞いていたエルマンが反応する。
「商人の遺産が本当にあったとしてだ、どれほどの量かは分からんが持ち運びや換金の手間を考えれば、この村で俺たちと配分の比率を交渉したほうが合理的だろう、あの形だ、町へ行くほど怪しまれる。場合によっては警吏に通報されるって事もある。あの男が独り占めを考えたとしてもそこまでやるか?」
「確かにな」
エルマンの推論にドナルドが同意する。
「ならば盗賊が報酬として、たまたま所持していた魔石を倒した後に見つけ懐にしまった、女はそれを見ていたが恩人なので黙っていた、か」
髭を触りながら村長がエルマンの目を見て言った。
「その説が正しいなら賊は討たれる前に既に何処かへ隠すか運んだと言う事になる」
「もしかすると生き残りがいる可能性もあるのか」
「考えられるな、商隊を襲い戦利品を一時的な拠点へ持ち帰ると直ぐに何人かに別の場所へ運ばせる、あの男が賊を討ったのはその一時的な場所で、結果的に避難する形になった運び人は生きている」
エルマンが机の上で分かり易い様、指で示しながら再び推論を述べる。
「お前の説を裏付けるように賊が屍となっておったのは、それほど山深き処ではなかった。前に軍と共に洗った場所より浅い地であったわ」
賊の討伐の確認に行ったティボーが閉ざしていた口を開きエルマンの仮説を支持する。
「であれば最悪だな、運んだ賊は当然拠点の惨状を目にしている事だろうし、とっくに宝を持って逃げているだろう」
四人は押し黙る、すると今迄一言も口を開いていなかったゲバルが呟くように漏らす。
「まだあの蛮族野郎に六十枚の金貨をくれてやらねばならないからな」
「軍に搾り取られた今となっては痛い出費だ」
村長がやれやれと溜息をつく。
「賊が持っていた魔石を奪っているのだろう?値切ってもよいのでは」
「何を言っている?賊一人につき金貨五枚と村長が契約を結んだのだ、依頼通りあの男は十二人の賊を討ちその屍をティボーが確認している。魔石を奪ってようがいまいが、あの男には受け取る権利がある」
ドナルドの言葉に武蔵への討伐依頼を初めに賛成したエルマンが報酬の正当性を主張する。
「異人が消えちまったら払う必要もなくなるよな、魔石も手に入るしよ」
卑屈な笑いを口元に浮かべゲバルが悪魔の言葉を漏らす。
「消えてくれたらな」
「そういえば先程、策があると言っていたな。どういう事だ?」
父親であるガエルが息子の真意を問う。十二人の賊を屠った男を相手にどのような策があると言うのか。
「へへっ」
得意げな顔で近づくように手を振る、四人の男達はゲバルの生臭い息がかかるほど顔を寄せた。ゲバルはこの場の主導権を握っていることに満足そうに目を輝かせると、小声で己の持つ奇策を男達に聞かせる。だが皆、半信半疑であった。
「そんな物が、本当に効くのか?」
ドナルドが疑いの目を持ってゲバルを見る。
「だから試してやればいいんだよ、効果が出ないようだったら何食わぬ顔をしてりゃぁばれねーよ」
「しかし、あの男は山賊を討ってくれたんだ、言わば村の救い主だぞ。それをこんな」
エルマンは一貫して武蔵を擁護するが他の者達の目は暗い陰を帯び始めている。 その様子を見てゲバルの舌は更に滑らかに廻りだす。
「何言ってんだ、あいつの格好を見たかよ、あの野郎こそ盗賊みてーじゃねーか。俺はあの蛮族は山賊の仲間だったんじゃねーかと思ってる」
「何を根拠に、仲間割れだったと言いたいのか」
「その通りよ」
「ではあの娘と母親は何なんだ?あれも仕掛けの内とでも言うつもりか?」
「おうよ」
「滅茶苦茶だ、お前らまさかゲバルの戯言を信じて本気であの男をやるつもりじゃないだろうな」
余りの荒唐無稽さにエルマンは絶句する、しかし残りの三人は無言で聞いていた。
「確かに、こ奴の言ってる事は支離滅裂だが異人が消えてくれるとこの村が助かるのも事実だ」
「俺は反対だ、あの男は依頼を果たした。正当な対価を受け取るべき人間だ。俺たちは感謝こそすれ害を為していいはずが無い」
息子の人道に悖る提案を半ば受け入れようとしている村長にエルマンが正論を主張する。
「あんたらはどうだ?」
ゲバルの悪魔の問いに
「恩人ではあるが村のために消えてくれれば更に恩に感じるな」
ドナルドはゲバルを支持した。
「俺は村長に従おう」
無口な狩人は判断を預ける。結論は村長に委ねられた。
額に刻まれた皴を更に深くさせガエルは暫く瞑目する。やがて目を開き四人の顔を順に眺めると厳かに言った。
「今夜、異人殿を持て成してやろうではないか、ゲバルの秘策でな。それとエルマン、あの男の擁護は口だけにしておけよ。邪魔だけはするな」
有無を言わさぬ村長の言葉にエルマンの目は絶望を映していた。
夕刻、武蔵は村長宅へ招かれ連日の宴が催されていた。
村長と補佐をする男たちは姿を見せていない。その事に武蔵は気付いていたが興味を持つ事は無かった。代わりに村の女たちが武蔵を歓待していた。女たちは娯楽代わりに山賊を討伐した話を聞きたがったが武蔵は黙して語らず、ただ飲み物、食べ物を口に運ぶのみであった。
そんな宴が四半刻も経ったころ
ふいに武蔵は体の異変に気付く。こちらに来て以来、溢れるように湧き出していた気が急速に枯れていく。一体己の身に何が起きたのか。思わず立ち上がり両手を見る、その拍子に食器が落ち割れる音が響いた。武蔵のただならぬ様子に何事かと女たちの視線が集まる。
「その様子だと効いて来た様だな」
何処から現れたか村長の息子ゲバルが緊張から来る引きつった笑みを浮かべて話しかけてきた。男の恐怖と侮蔑、そしてあからさまな殺意を伴った目を見て漸く武蔵は悟った、毒を盛られたのだと。
「これは何だ」
武蔵の問いにゲバルは小瓶を指に挟み得意げに答える。
「この薬はな、マナ殺しっつーらしいんだ。マナ使いにしか効かないんだと。あんたに怪しまれないように一壷の酒にぶち込んでおいた。一般の者には毒でもなんでもないから呑んでも何も起こらない、だがマナ使いが呑むと、今のテメーみたいにマナが使えなくなりただの人になるんだそうだ。本当は山賊に使うつもりだったんだがよ」
迂闊であった、毒を盛られる事も考えていないわけではなかったが、対処と言えば村人と同じ物を食っていれば問題ないというその程度のものであった。まさか己にだけ効く毒があったとは。
「お前ら、ここはもういいから家に帰んな。後は俺たちがこの異人様を持て成すからよぅ」
突然の出来事に傍観するのみであった村の女たちへ下がるよう言う。荒事が始まる予感に慌てて部屋を出てゆく。
マナ使いからただの人に戻った武蔵の前から女たちは去り、代わりに村長の息子ゲバルとその取り巻きが、殺気を剥き出しにして囲むように立っていた。各々の手には武蔵を殺害するための武器が握られている。
「まぁ、悪く思わないでくれ。俺たちも被害者なんだ、山賊のせいで物価は騰がっちまうし、糞ったれな軍からは法外な金を要求されてな」
全く悪びれずにゲバルが言う。
「村が俺に払う金は金貨六十枚、村の規模に比べれば大した額とも思えぬがな」
「それがその程度の額が惜しくなっちまったんだ。人間ってのは本当に罪深い存在だぜ、村を救ってくれた異人様を亡き者にしようってんだからな。あぁ神様、私ことゲバルはここに懺悔します、なんつって。蛮族のテメーがこの村で消えようが気にするやつは誰もいねぇ」
胸の前で十字を切ってから武蔵を睨みつける。
「お主の独断か」
「いんや、親父にも幹部達にも話は通してあるぜ。ま、テメーは山賊を討ってくれた恩人だ、苦しまねーようサクッと殺してやるから安心してくれっ!!」
両手を天に掲げ大仰に身振りをし吼える。
「まだ何かあるか、もうねーな」
侮蔑を込めた目で武蔵を見た後、仲間をゆっくり見回したっぷり間を置いてから
「よし、やっちまえ」
ゲバルは命令を下した。
家の外にはゲバルに賛同した三十人以上の男衆が集まっていた、男たちの手には鍬、三叉、鎌といった使い方によっては武器にもなる農具。皆、緊張と興奮で顔を赤く染め上げ息を呑むようにゲバルによる異人殺しを見守っていた。
緊張が頂点に達した時、大きな音と共に扉が開きゲバルが飛び出してきた、その音に村人が身体を震わせて反応する。ゲバルの総身は朱に染まっていた。血塗れの顔に目は恐怖に大きく見開かれ、口からは意味を成さない言葉が吐き出される。家から数歩出たところで腰を抜かし、地面に転がったゲバルの血走った目は、扉から離れる事はなかった、その様に誰もが不吉なものを見た。村人の視線が扉へと集まる。
緩く反った片刃の異国の武器を手に男は現れた。刀身には波打つような刃紋が浮かんでいるのが見える。全身は返り血に塗れ、大量の血を被った顔から覗く目は獣の様に光って見えた。獣の目が村人を一瞥する。たったそれだけで三十人余りの男が射竦められてしまっていた。
異形の男に飲まれた村人は息をするのも忘れ目が離れられない。肉食獣の様に足音をまるで立てず、腰を抜かしたままのゲバルの前まで穏やかに歩いてゆく。刀を静かに振り下ろそうとした寸前で迫り来る何かを感じ刀で弾いた。地に落ちたのは折れた矢であった、飛来した方向を見るとティボーが弓を構え、こちらへ殺意を込めた強い目を向けていた。失敗したと見るや直ぐに矢を番え大きく叫んだ。
「何をしている、あ奴は我らと同じただの人よ、こちらが圧倒的有利なのだ、囲んで殺せぃ!!!」
その声に呪縛が解かれたように村の男たちは動き出した。手に持つ農具を構え攻めてきた。迎え撃とうとする武蔵へティボーによる正確な射撃が襲う。男たちの動きは出鱈目だが数に任せての攻撃は、武蔵に反撃する間を与えない。僅かな隙を見つけ攻めに転じようとすればティボーの矢によって牽制された。敵ながらいい腕をしている。
三叉を体ごと突き出してきた男の攻撃を直前で見切り、かわすと同時に刀で心臓を突き刺し絶命させ、そのまま持ち上げた。僅かな隙も見逃さず武蔵の急所を狙って矢が飛ぶ。避けきれない間であった。だが武蔵は狙撃を抱えあげた肉の盾で防ぐと、狩人に向かって男を貫いたまま走り出す。大の男の重さを全く苦にしないその筋力は尋常ではない。ティボーは冷静に肉の盾で護られていない武蔵の足を狙うが、放った矢は当たらない。
目前まで近付くのを許してしまい、弓を手放し山刀を手にかけたところで勢いそのまま武蔵の刀がティボーの身体を刺し貫いた。狩人の口から血が溢れる。体格の良い男二人を深深と貫いた刃を剛力に任せて抜くと、未だ息があったティボーの首を落とす。大地に転がった狩人の顔は恐怖に歪み、その目は何故助けてくれなかったのかと村人へ訴えているようにも見えた。攻撃するのも忘れて呆然と見つめる村の男たち。
異国の男は血振りをすると振り向いた。
光る目が三十人余りの村人を射抜く。
「俺は気など無くとも七十人を斬った事がある」
そう言って嗤った。
その顔を見た村人は、人ではない何かが目の前にいると感じた。




