弐拾 不穏
深更に及んだ山賊の討伐を祝う宴が終わった、東の空より太陽が姿を現し新たな一日の始まりを告げる。
村長は村の救いの主の部屋を訪れていた。朝食の用意が出来た事を知らせようと部屋を覗くが蛻の殻で、近くを探せば庭裏でその姿を見つけた。
見慣れぬ異国の服を脱ぎ、澄んだ朝の空気に上半身を晒していた、筋骨逞しい肉体は男色の気が無い村長から見ても惚れ惚れするものであった。
手には剣を握りだらりと下げている。
指一本動いていないにも拘らず武蔵の身体からは汗が噴出し湯気が大気に溶けていた。
異国の儀式か何かなのかと困惑しているところへ声がかかる。
「何用か」
男は前を向いたまま背後に立つ村長に尋ねた。
「いや、なに。朝餉の準備が出来たのでな、呼びに来たのだ」
「うむ」
刀を一振りし鞘に納める。
手拭いで汗を拭き、腰に溜めた長着を着ながら言った。
「今、何をしておったのかな」
「鍛錬よ、肉も骨も使わねば衰えてゆく。俺も外れる事はない」
「鍛錬と言っても儂にはただ突っ立ってるようにしか見えなかったが」
「想念の中で戦っておった、さすれば現で動くのと変わらぬ効きがある」
「そういうものか」
「そういうものだ」
納得いくようないかぬような思いで、村長は武蔵と連れ立って食堂まで歩いていく。
そこで武蔵は昨夜と変わらぬ健啖振りを発揮し村長と朝食を用意した村長の老妻を改めて驚かせた。
朝餉の後、村長は山賊討伐を確かめるための話を切り出す。
「では村の者を山塞へ使いにやらせて確認をしたい、面倒だが案内を頼めるか」
「うむ」
村長は昨夜首実検をしたティボーという壮年の男を呼んだ。ティボーを待つ間行き交う村人から謝辞を述べられ、それに黙って頷く事で応える。周囲に溶け込む様な気配薄き男が、弓を持ち矢筒を背負って歩いて来る。
このティボーを確認役とするつもりのようだ。
武蔵の噂は男にも伝わったようで昨日のような胡乱げな目を持って見る事はなくなっていた。
「ティボーは猟師でな、山に慣れておる。では頼んだぞ」
「任せておけ」
村長の言葉にティボーは首肯し、武蔵へと目を向けると言った。
「では案内をしてくれ」
「ゆくか」
武蔵はティボーと連れ立ち村を後にした。
「親父」
二人を村の入り口から見送っていた村長に声がかかる。
声がしたほうを向けば、そこには息子のゲバルが引き攣った笑みを浮かべながら立っていた。
「何処へ行っておった」
前日、異人に討伐を依頼した自分に罵声を浴びせ、飛び出して以後、今迄姿を見せていなかった。
「いいもん買ってきたぜ、俺があのクズどもをぶっ殺してやる」
興奮のため顔が火を噴くように紅潮し唾液と共に言葉が吐き出された。
「何を言っている?それより喜べゲバル。あの異国人が賊を討ち取ってきたぞ、未だに儂も信じられんがな。今ティボーに確認に行って貰っておる」
「あの蛮族が!?冗談だろ?」
ゲバルの顔から激情と共に血の気が一気に失せる。
「頭目の首実検は済ませてある、おそらく間違いあるまい。あとはティボーの報告待ちだ」
「あの異人が......せっかく......マナ......」
先を歩く村長がついて来ない息子を不思議に思い振り返る。
「何をぶつぶつ言っておる、母さんが心配しておったぞ。早く顔を見せてやれ」
その声に応じ村長の後に続いて家へと歩き出した。
太陽が南天を通ろうとする前には、確認を終えた武蔵とティボーの姿が村にあった。
狩猟を生業にしているだけあり、その身のこなしは大したもので、山の悪路に時間を取られる事なく確認作業は速やかに行われた。
早速、見てきた事実の報告をするティボーに連れられ村長宅へと向かうと、昨日医療所で待ちうけていた三人の男が武蔵を迎えた。
村長を合わせ四人の男たちは椅子に座り些か緊張した面持ちで香草茶を飲んでいた。その香りが淡く室内を包んでいる。
武蔵とティボーの姿を見ると村長が労いの言葉をかけ、それから男達を紹介した。
「随分と早かったではないか、ご苦労であった。昨日顔合わせだけはすんでおったな。此奴が儂の息子ゲバルだ、髭面がドナルド、そしてエルマン。この異国人は、そう言えばまだ名前を聞いておらなんだわ」
「武蔵だ」
「おぉ、そうか、儂はガエルだ。でティボーよ、どうであった?」
ガエルと名乗った村長はティボーの言葉を待った。
「ああ、間違いない。この男に案内されていった山の中腹に、獣に食い荒らされて酷い事になっていたが山賊と思われる十二体の屍が転がっていた」
「そうか!!」
三人の顔が思わず綻ぶ、ただゲバルだけは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
ティボーが何か言いたげな顔でガエルに視線を送る、それを察知し
「すまぬがムサシよ、席を外してもらえぬかな。少し我らのみで話がしたい」
「好きにせよ」
武蔵は言ってガエルの家を出た。太陽は丁度南天の位置にあり濃い影が落ちる。
足は自然と医療所へと向かっていた。
「賊共の根城に財貨はあったか」
「あの男が一緒だったため、そう細かく調べる事は出来なかったが何も無かった。あったのは呑みかけの酒ぐらいだ」
「何も!?どういう事だ、奴らが村に来る商人や商隊を襲ったのは分かってるだけでも六回だぞ、それだけでも相当の量のはずだ」
「くっ、討伐軍に集られた何割かぐらいは回収出来ると思ってたんだが」
「山賊が何処かに隠したのか、それともあの異人が隠したか」
「もしそうならばあの男に直接聞いた方が早いだろう、領主を盾に配分を交渉すればいい」
「一人で山賊を壊滅させた男だぞ、下手に刺激して暴れられでもしたらどうする」
「その時は俺が何とかしてやるぜ」
「お前が!?どういう事だ、相手はマナ使いだぞ」
「へへっ、ちょっとした策がある。あの蛮族の事は任せときな」
「取り敢えず異人に直接尋ねるのは最後でよかろう」
「そう言えば異人は攫われた女を連れ帰ったのだろう?その女が何か知ってるんじゃないか」
「確かにな、探ってみる価値はありそうだ」
医療所までの道のりの間にすれ違う者から感謝の弁を受ける。皆一様に笑顔を浮かべ武蔵の行為を賞賛した。村の人間にとって山賊の脅威から来る重圧はそれほど大きいものだった。
武蔵がソフィユの見舞いに訪れると幼子は目を覚まし母親との再会を喜んだ後であった。部屋には母子以外誰もいない。
痛々しく腫れ上がった顔は相変わらずであったが血色は良くなり意識もしっかりとしているようであった。
武蔵の顔を見たソフィユの目に疑問の光。母親の方を向き誰だか問いたげであった。
「俺のことを覚えておらぬか」
娘は顎の骨を固定されており喋る事は出来なかった。僅かに首を動かす事で否定を表す。
「そうか」
「申し訳ありません、ムサシ様。この子は貴方に会う前ぐらいからの記憶が無い様なんです、何故自分がこの様な傷を負ったのかも全く覚えていないみたいで。
頭に強い衝撃を受けるとこうなる事があると侍祭様が仰っていました」
命を救って貰った恩人に対し心からすまなさそうに娘の現状を説明する。
「この人がお前を此処に運んで下さって侍祭様と共に命を救ってくださったのよ」
パトリスより聞いたのであろう、愛おしげに見つめながら説明をするが娘にしてみれば、まるで実感が無い事なのできょとんとしていた。
そんな様子を見て男の目が柔らかく細まる。
「早く良くなり母を安心させてやれ」
厳しい顔からは遠い優しさの篭った目でソフィユを見ると言い、病室を後にした。
「あの、わざわざ見舞いに来て頂きありがとうございました」
痛む足で追いかけて来たルーゼルが感謝を述べる。
「それに娘の治療代まで立て替えて貰ったそうで。あのムサシ様に頂いたお金から返すのも何ですが受け取って下さい」
とエンリケの巾着から貨幣を取り出そうとしたのを止める。
「これから何に銭が必要となるか分からぬ、その時のために取っておけ」
潤んだ目からは今にも涙が零れ落ちそうになっている、ルーゼルは神に祈る以上の真摯さで感謝の言葉を口にした。
「何から何まで、本当にありがとうございました」
「養生させよ」
武蔵の姿が村の中に消えるまでルーゼルは見送っていた。
娘の病室へ戻ろうとするその背中に声をかけるものがあった。
「ちょっといいか」
振り返ると髭を生やした中年の男が何やら緊張した面持ちで立っている。
「異国人に山賊から助けられた女ってのはあんたでいいのか」
「そうですが、あなたは」
「俺はドナルド、村長の補佐をしている。あんたに幾つか聞きたい事があるんだが。時間はとらせないよ」
「はい、なんでしょうか」
僅かに身構えてルーゼルが答える。
「山賊の根城で何か見なかったか」
「何かと言いますと」
「いや、その、村で代々受け継いできた金庫が奴らに盗まれたらしくてな、それらしい物を見なかったかと」
髭男ドナルドは予め考えておいた話を口にする。
「金庫ですか」
「宝石でも、魔石でもいい、何か見なかったか?」
魔石と聞いてルーゼルの眉が僅かに跳ねた、魔術師が見逃す代金として武蔵に置いて行ったのが魔石であったからだ。眼前の男が何かを探っているのは間違いない。目的が分からない以上、迂闊に恩人に不利となるかも知れない事を言うわけにはいかなかった。素知らぬ顔をする事に決める。
「え?」
「いや、とにかくその類のものがなかったか?村にとって大事な事なんだ」
「私が目にしたのはお酒と食べ物ぐらいでしたが、他には何も」
ドナルドの顔に若干の落胆の表情が作られた。
「そうか、いや、ありがとう。村の皆を心配させたくない、この話はあんたの所で収めておいて貰えると助かる」
「それは、はい」
困惑したルーゼルから言葉を受け取ると顔も見ずに早足で去っていった。
何やら不安な気持ちが首をもたげて来る、ルーゼルは武蔵を包む不穏な空気を感じずにはいられなかった。




