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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
放浪編
20/104

拾玖  解放

 先程まで喧騒に包まれていたこの場所で、今動いている者は二人しかいない、十体を超える屍からは生者に対する怨嗟の声が聞こえてきそうであった。

 散乱する山賊の亡骸から流れ出た血が大地を、天からは夕日が一帯を赤く染め上げていた。

 血と臓物の匂いが山腹を漂い始め、その異臭を嗅ぎ付けたのか空には鳥に似た何かが、山からは獣が忍び寄ってくる気配が感じられる。

 長居は無用であった。

 

 時は夕刻を過ぎ夜の帳が下りようとしている。気温は下がり肌寒くなっていた。 


「これを着ておけ」


 男は山賊の根城から衣服と適当な大きさの靴を見つけると一糸纏わぬ女へと渡してやった。ルーゼルは男の前で裸でいた事に顔に紅葉を散らす。

 服を着ようと己の身体に目をやると、今迄気にも止めなかった体中の細かい傷が赤く腫れあがっていた。

 靴を履かずに山の中を駆けた足の裏などは肉が裂け溢れた血が黒く固まっている。指の先で触れてみると激痛が走った。痛みを我慢して恐る恐る履く。


「ありがとうございます。まだお名前を伺っていませんでした、私はルーゼルです、貴方は」


 ルーゼルは服を着終わると自身と娘の命の恩人となった男に問うた。


「俺の名は武蔵」


「ムサシ様、貴方に感謝を」


「もうよい、先に対価を払うたのはあの娘よ」


 異国の男、武蔵が言う対価とは娘であるソフィユがこの男にショコラを与えたことだ。あの時のソフィユの行為が、自分達を救う事になった事実にルーゼルは不思議な感覚を覚えずにはいられなかった。

 もし自分がソフィユの行動を止めていたらどうなっていたのだろうか。

 人の巡り会わせとは、そしてそれが齎す結果はとても人智の及ぶところではないのだろう。  


 取り留めのないことを考えているルーゼルを余所に武蔵は忙しなく動いていた、山賊たちの遺骸を漁り賊の持つ銭入れを回収する。

 最後に賊の頭であったエンリケの亡骸をまさぐり、銭入れを手に取ると他のと比べて一際大きなそれをルーゼルへと放って寄越した。


「取っておけ」


 慌てて受け取った巾着は、べっとりと張り付いた血が乾いて元の色が分からぬほど黒ずんでおり、ずしりと重かった。


「そんな、死者の物を奪うなんて」


「死者だからよ、我ら生きている者こそ銭が必要、このまま放って置いても村の者が来て拾うてゆくだけだ。娘を傷つけられた詫び料とでも思えばよい」


 それでも躊躇ためら っている女へと武蔵は続ける。


「娘はどうする、命の危険は去ったが重い傷である事は変わらぬ。その様な者を連れて旅など出来まい」


「それは」


 逡巡するルーゼル。


「好きにせよ」


 母子の命は助けた、だがこれ以上の事に武蔵は関わるつもりは無かった。

 これより後は親子が運命を選択し己が手で掴み取ってゆくのだ。


 尚も女は躊躇していたが重傷の娘を抱えての今後に不安は隠せなかったようで受け取る事にしたようだ。

 

 武蔵は山塞さんさいと思しきこの場を検めるように眺めた、思いの外、盗賊たちが溜め込んだ財は少なかった。

 その殆どが未だ新しい酒と食料で金目の物は見当たらない。商隊から奪ったであろう馬も何処にもいなかった。

 何よりこの場所は二十人を収めるには小さ過ぎた。

 武蔵は魔術師が消えた山奥に視線をやる、その口元に笑みが浮かんだ。


 篝火の炎は既に下火であったが火事ひごとにならぬよう土をかけ消しておく。


「ではゆくか」


「はい」


 武蔵の声を受け腰を上げようとしたルーゼルだったが足に激痛が走り座り込んでしまう。


 「申し訳ありません、今立ち上がるので」


 言葉の途中で武蔵はルーゼルの前にしゃがむと大きな背中を見せる。その腰には厚い布で何重にも覆われた戦利品がぶら下がっていた。


「負ぶさるがいい」


「でも」


「早く娘に会いたいのではないのか」


 男に負ぶさる気恥ずかしさと一刻も早く娘の顔が見たい気持ちが天秤に架かり直ぐに後者に傾く。


「お願いします」


 武蔵の広い背に背負われ、手と足でしっかりしがみつく、男の体からは雄の獣臭がした。








 既に日は沈み辺りは闇に覆われようとしていたが武蔵は火を持つ事無く風の様に山を降りてゆく。

 それを木立の中に潜む獣の光る目が見送っていた。

 ルーゼルが悲鳴をあげる暇もない僅かな時で往来まで駆け下りる。


 背負ったルーゼルの鼓動が早く中々収まらなかった、刺激が強すぎたようだ。

 女の体調を慮り走るのは止め、月明かりも無い暗闇の中を歩いてゆく。

 負ぶさった背から見た夜の山はとても不気味で、闇の中から無数の魔物がこちらを狙っているようにも思えたが幸い何も起こらなかった。

 憔悴している女に気を配りながらも四半刻の内に村の入り口に辿り着いた。


 山賊にでも備えているのか村の至る処には篝火が焚かれ、夜の闇の中、村全体を明るく照らし出していた。

 武蔵は医療所を目指した。


 炎によって橙色に浮かび上がった煉瓦造りの建物の扉を潜る。

 訪問者の気配を感じ取ったのか、中からアナイスと言う名の助士が手燭を持って武蔵とルーゼルを出迎えた。


「ひっ」


 暗がりの中に蝋燭の火によって浮かび上がったさまは、亡霊の様に見えルーゼルは思わず悲鳴を上げてしまう。 

 亡霊に見間違えられたアナイスは冷たい目で武蔵と背負われたルーゼルを見ると察した様に、こちらへと奥へいざなった。

 建物内の壁には定期的に蝋燭立てが設置されており淡い光が僅かに夜の闇を払いのけている。

 アナイスに案内された部屋に入ると寝台にソフィユが眠っていた。未だ腫れが引かぬ顔が痛々しい。


「ソフィユッ」 


 愛娘の寝顔を見てルーゼルは武蔵の背から飛び降りた。足の裏に痛みが走るが構う事無くソフィユを覗き込む。


「あぁ、ソフィユ」 

 

 触れ様としたところでアナイスより叱責が飛ぶ。


「汚い手で触れてはいけません、悪い菌、ものが入って様態が悪化してしまいます」


 アナイスの言葉に雷に撃たれた様に飛び退くルーゼル。


「痛っ」


 その拍子に足に重心がかかり痛みに顔を顰める。


「大丈夫です、徐々に腫れが引き二週間もすれば完治するでしょう。それより貴女、こちらへ」


「え、あの何を、私はソフィユを」


 困惑するルーゼルを椅子に座らせると靴を脱がせ足の裏を見る。固まった血がこびりつき、新たに裂けた肉からは血が流れ出る。

 アナイスは盥に水を張りその中にルーゼルの足を入れると綺麗に洗い出した、忽ち盥の水が赤く濁る。

 幾度か水を換え汚れが取れると、鑷子せつしと呼ばれる細かな物を挟む道具で、裂けた肉の隙間に埋まっている小石や木の屑を丁寧に取り除いてゆく。

 その作業が終わり清潔な布で両足を拭くと軟膏を塗り包帯を巻いた。


「これで膿む事は無いでしょう。では服を脱いで下さい、身体の方にも傷があるみたいですから」


 その言葉を聞いても悠然と佇む武蔵に対し、男性は部屋の外でお待ちくださいと言って追い出した。


 そこへパトリスが奥にある部屋から現れ武蔵に声をかけた。


「こんばんわ、ムサシさん。どうやら無事あの娘の母親を救い出してきたようですね」


「うむ」


「賊の方はどうなりましたか」


 山賊討伐の依頼を受けた事を村長にでも聞いたのだろう。


「討った」


 パトリスは、ほぅと声を上げると


「それは凄い、多勢とは言え中級一位の率いる護衛を倒した山賊を一人で討伐するとは。しかも見たところ無傷のようだ、幼子へのマナの譲渡と言い、あなたは何者なのですか」


「俺は放浪者よ」


 答えになっていない答えに、そうですかと言うとパトリスはそれ以上踏み込んだ問いはしてこなかった。


「何故村は篝火を焚いておるのだ」


「あぁ、ただの気休めですよ。山賊が襲って来ないよう願っての、ね。でももう必要ありません、そうでしょう?」


 武蔵は何も答えず目を瞑っている。それを興味深そうに見つめると


「村長には報告したのですか」


「まだだ」


「では依頼を完遂した事を知らせてお上げなさい、喜ぶ事でしょう」 


「時にパトリス殿。娘御の治療代は如何ほどか」


「そう言えば未だ頂いておりませんでしたね。あの術式は中々の大仕事でした、金貨二十枚と言いたいところですが貴方にもお手伝い頂いたし、何よりムサシさんは村の恩人、十枚でいいですよ」


 武蔵は頷くと懐より銭入れを取り出し、魔術師を見逃した事で手に入れた金貨三十枚の内、十枚を掴むとパトリスへ渡した。


「確かに。では野暮用がありますので失礼しますよ」


 そう言い残し部屋の中へと去っていった。


 


 武蔵は治療所を出ると村を見渡し、周囲の家よりも一際大きい建物が村長むらおさの居住と当たりをつけて歩き出した。

 果たしてその予想は的中し、医療所と同じ煉瓦造りの瀟洒な家の前に立ち、装飾が施された重厚な扉を叩くと、中から疲れと皺が深く刻まれた顔の村長が姿を現した。


「おぉ、あんたか、早かったな。で、どうなった、無理と見て逃げ帰ってきたか」


 武蔵を見ると僅かに目を見開き、弱く張りのない声が口元から地面へと零れ落ちていった。

 その声の何処を探しても期待は見つからない。


「賊は討った」


「何ぃ!?」


 村長は辺りに響くような素っ頓狂な声を上げた、その声が余りに大きかったので近くに住む何人かは何事かと家から出てきた。村長の尋常ではない様子に黙って事態を見守る。

 

「信じられん、まさか我らを謀って報酬だけ手に入れようとしているのではなかろうな」


 疑心暗鬼の村長は武蔵を胡乱な目で見つめて言った。村の滅びを半ば受け入れていた村長だけに、その元凶である山賊が討たれたなど、とてもではないが信じる事は出来なかった。

 

「村長よ、お主は賊の頭目の顔を知っておるのか」


「いや、儂は見た事はないが、それらしい輩を目にした者はおる。でも何故だ」


 軽い混乱状態にあった村長は頭を働かせ言葉を探す。


「その者を此処に呼んでもらおうか」


 男の目は有無を言わさなかった。


「良かろう」


 離れて見ていた男の一人に声をかけると目撃者を呼びに行かせた。待っている間中、信じられんと言う村長の言葉が周囲に屯している者の耳に木霊した。

 村の者達も顔を突き合わせ本当かどうかと、ひそひそ話し合っている。間もなく大人の男に連れられて三人の子供が眠そうな目を擦りながら現れる。


「この子らが少し前に、偶然商隊を襲うところを目撃しておったのだ」


「童子か、まぁよい」


 武蔵は賊の根城より持ち帰った、討伐の証となる物を子供たちの前に掲げた。

 幾重にも巻かれた布が解かれ地に落ちると人間の頭部が現れる。

 そう、それはエンリケのものであった。


 子供たちは斬首された人の首に恐怖の声を上げた。眠気は何処かに吹き飛び恐ろしさに目を剥いている。

 

「エロワ、フェルナン、フランシス、怖いかも知れんがこの首を見てくれんか、大事な事なんじゃ」


 三人の子供は震えながらもじっとエンリケの苦悶に満ちた顔を凝視する。


「お前達が見た山賊の中に、こ奴はおったか」


「わ、わかんないけど、一番偉そうにしてた奴の気がする」


「うん、こいつが威張ってた」


「顔がちょっと違う気もするけど、そう、多分この人が他の人に命令してた」


 それぞれの評で子供たちは感想を述べた。震える声でもう帰っていいかと村長に問う。


「あぁ、怖い思いをさせてすまなかった、お前たちは勇敢な子だ、ほれ褒美をやる」


 と言って子供たちに家から持ってこさせた菓子を渡すと


「さぁ家に帰り、さっさと寝て今見た事は忘れてしまいなさい」


 子供達を帰した。すれ違うように壮年の男がこちらへ歩いて来る。気配が薄く闇に溶け込む様なその姿は狩人かなにかに思われた。


「この男も襲撃を見ておる、良く来てくれた、さぁティボー、こいつを見てくれ」


 ティボーは武蔵を一瞥すると山賊の仲間のような風貌に眉を顰める。気にしながらも村長に促され武蔵が掲げるエンリケの首をまじまじと見ると言った。


「おそらく山賊の頭に間違いないだろう。生きていた時とは少し印象が違うがこいつの蜥蜴の様な顔は忘れん、確かにこの蜥蜴野郎が賊を指揮していた」


「そうか、ご苦労だったな」

 

 村長はティボーに労いの言葉をかけた、ティボーはもういいのかと言うと武蔵に訝しい目を向け帰って行った。

 固唾を呑んで見守っていた村人から息が漏れる。村は山賊の脅威から解放されたのだ。

 

「どうやら、こ奴が頭と言うのは事実のようだ。まさか本当に山賊を討ったとはな。何人おった?」


「十一人斬った」


 武蔵は正確に伝えた。


「そうか、いや、まさかそれ程の数を一人でやるとは、大したものだ。未だに信じられんわ。明日、日が昇ってから村の者を確認にやる、それから報酬の話をしよう。それでよいか」


「構わぬ」


「山賊を討った祝いじゃ、宴を開こうと思うが招かれてくれるか」


「招かれよう」


「聞いての通りじゃ、村の者に賊はこの異国からの客人が討ったと伝えてやれ」


 村長のその言葉を聞き村人は歓声を上げた、どの顔も歓喜に溢れた表情を浮かべている、半年もの間、村を悩ませた問題が今片付いたのだ。その騒ぎを聞きつけた者が賊討伐の報に更に声を上げ、歓喜の輪は広がってゆく。


 


 放浪者は何時までも止まぬ歓声の渦に包まれていた。

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