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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
放浪編
19/104

拾捌  決着

 イヴォンは異国の男の力を読み誤っていた。

 男が火球の如きマナを爆発させ姿を現したと同時に、気配を消し潜んだ。

 あのマナを見れば、男が並の使い手ではない事は一目瞭然であった、イヴォンの魔術師としての思考は最も勝つ確率が高い奇襲を選択した。それは仲間の命と引替えの策と言っても良かった。

 

 どれほど高位の剣士でも必ず何処かで隙を見せるものだ、勝利を確信した時、止めを刺した後、全てが終わり帰途に着く背中でもいい、その隙を見逃さず魔法を叩き込む算段であった。


 だが男はエンリケを殺す瞬間にも拘らず、魔法の発動に気付きかわした。

 いや、そうではない、男は残り八人と言った。あの時生きていたのは既に気配を消していたはずの己を含めて確かに八人だった。

 初めから自分が隠れ潜み男を狙っている事に気付いていたのだ。

 今迄にエンリケと二人で組んで手段を問わず上級使を倒した事もあった、だが男はそれ以上に思われた。

 

 イヴォンは高速で思考する、何かこの男に勝つ手段はないか、と。何かがひっかかっていた。

 ふと、男の足元で座り込んだままになっている女が目に入る。これだ、と思った。

 考えてみれば、この異国の男はエンリケが女を焼き殺そうとした時に現れた、そして以後も常に女を護れる範囲に身を置き戦っていた。

 男の目的は、少なくとも目的の一つはあの女なのだ。

 女を盾に取れば勝てるか、側に立ち嫌な嗤いを張り付かせたまま、楽しそうにこちらを向いている男の顔を見る。

 

 否、男の暗い光を湛える目は、決して人質に配慮し己の身を危うくするような性質ではない事を、暗黙のうちに語っていた。




「テメー今迄何してた」

 

 イヴォンが異人の値踏みを終えたところへエンリケの怒号が届く。

 エンリケが顔を真っ赤に染め、鬼の形相をしてイヴォンを睨んでいた。

 男によって砕かれた、己の剣の破片の幾つかが顔に刺さって血を流している、目に入らなかった事が不幸中の幸いか。


「エンリケよ、これを使え」


 エンリケの怒りに付き合う事無く、腰に下げていた護身用の短刀を、双剣を砕かれ丸腰となったエンリケへと投げる。

 だがエンリケは拾おうとしなかった。


「何故拾わない」


 イヴォンの問いにエンリケは答えない。

 顔が赤いのは、血と怒りだけのせいではないらしい。必死に何かに耐えているように見えた。 


 なるほど、とイヴォンは思った。拾わないのではなく拾えないのか。

 おそらく男の剣を受けた時に双剣だけではなく腕まで砕かれていたと見える。

 賊の頭としての矜持なのか、エンリケは仲間とはいえイヴォンにさえ弱みを晒そうとはしなかった。 


 だがこれでイヴォンの取る行動は選択された。


「水よ、万物の根源である一つのものよ」

 

 呪文の詠唱が始まった、頭の中では魔法式が構築されていく、魔韻を含んだ言葉が道標となり魔法式へと魔力が注がれ具現化を始める。

 その様子を興味深そうに眺める異国の男、そして苦痛に顔を歪めながら後退りを始めるエンリケ。

 イヴォンの正面に呪紋が発現し魔法が完成する。

 そして最後の言葉を唱えた。


撃烈超圧衝水アーブー・レイ


 イヴォンが手を振りかざし水による攻撃魔法が発動された。


 



 異国の男にではなくエンリケに向かって。

 

 超圧によって押し出された水の刃が、逃亡を図ろうとしていたエンリケを襲う。 

 両腕が破壊されたエンリケは為す術無く、迫り来る魔法に対し凝視する事しかできなかった。

 その顔には恐怖と怒りと憎しみ苦しみが入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。 


 エンリケの首が飛んだ。

 

 頭部を失った身体は血を撒き散らしながら、エンリケが喜びそうな不思議な舞を踊ってから崩れ落ちた。だが哀しいかな、何人も己の死の踊りを鑑賞する事は出来ない。

 嘗ての仲間を手にかけたイヴォンの目には悔恨の情は無く、詰まらなさそうにエンリケの首を一瞥したのみであった。

 



 イヴォンは一定の距離を取り、実質ただの一人でこの盗賊団を壊滅せしめた男と向き合う。

 突如仲間割れを始めた賊達に驚く事無く、次は何が出て来るのかと嬉々とした光を目に宿し、男はイヴォンと対峙した。

 お互い何も語らず暫しの間、目線が交差する。

 先に口を開いたのはイヴォンであった。


「取引がしたい」


 何ら気負う事無く魔術師は男に持ちかけた。

 その申し出に男は答える。


「聞こう」


「俺を見逃して欲しい」


「ほぅ」


「見ての通り、俺は魔術師だ。前衛の、それも超級と言っていいアンタと差しでやれば後衛である俺には勝つ術がない。とろとろと呪文を唱えてる間に数十回は殺される事だろう。

 アンタは俺に何の恨みも無いはずだ、見逃すのに理由は要らないだろう。エンリケを殺したのは、まぁ、アンタに信用してもらうためだな」

 

 両腕を砕かれ前衛として何の役にも立たなくなったエンリケはイヴォンにとって無価値となった。それ故、エンリケの命を交渉の材料としたのだ。

 逆の立場であってもエンリケもまた同じ判断を下しただろう、仲間とは言っても二人の間には一筋の情も通い合っていなかった。ただ実利が結んだ関係であったと言っていい。

 

「否といったら」


「其処の女を殺すと脅しても無理だろうな、まぁ先に見せた魔法で自分の首でも刎ねるさ。きっと見物だろうよ」


 魔術師の淡々とした言葉には真実が含まれているように感じられた、生に拘泥しない魔術師の生き方が。


「命乞いはせぬのか」


「しないな、どちらでもいいのさ。見逃してくれるのならば生きる。この場でアンタに殺されるなら、それはそれで構わない。ただ捕えられ領主の前に引っ立てられて拷問の末、打ち首なんてのは御免こうむるね。だったらここで果てた方がマシだ。無論ただでとは言わない」


 男が面白そうに続きを促す。


「村の依頼だろう、俺の首には幾らの値がかかっている」


「金貨五枚よ」


「ふん、俺も安く見られたものだ」


 夕日に赤く染められた雲が流れ行くさまを眺めポツリと漏らす。視線を男に戻し

 

「三十枚出す、それでどうだ」


「お主の命は金貨三十枚で購えるのか」


 確かに安いとイヴォンは呟き


「五十枚」

 

 と提示する。


「そもそも交渉するまでも無い、お主を殺した後に漁るという手もある」


 男の言うとおりであった、わざわざイヴォンを見逃さなくとも殺してから奪えばいいだけである。命を交渉台に載せているこの場において、提示した金額を当然イヴォンは持っていなければならない。

 後払いを認める馬鹿はいないからだ。だがイヴォンの表情は変わらない。自身で言っていたように生き残っても、この場で命を失う事になっても、どちらでも構わないといった虚無的なものがイヴォンからは感じられた。


「ふふん」


 男は楽しそうに笑うと


「まぁ、よかろう。戦う気が無い者を斬っても詰まらぬ。だがその前に一つ聞いておかねばならぬ。もしお主が真を語らねば、この話は無かった事になろう」


 その言葉に無表情に頷く。と同時に重苦しい雰囲気が男から発せられる。それは何時イヴォンに向けて刀が振られても不思議ではない重さであった。


「何でも答えよう」


「この女性にょしょうの娘を知っておるな」

 

 視線のみでルーゼルを指す。


「商人どもと一緒にいた子供の事だろう」


「あの幼子の顔を砕いたのはお主か」


 男の問いの意味が分かり、イヴォンは見逃される確率が高まった事を悟った。


「ふん、そんな事か。俺ではない、エンリケよ。そこの女に聞いてみるがいい」


「どうだ」


 男は女に尋ねる。蚊帳の外に置かれていた自分に突如話が振られ驚きながら答えた。


「こ、この人ではありません、娘を、ソフィユを殴り飛ばしたのはあの男です」


 そう言って指差したのは正しくエンリケの生首であった。


「ソフィユは、ソフィユはどうなったのですか」


 娘が話に出たことから停止していた思考が巡り出す。

 母親は必死に娘の安否を男へと問い質した。


「安心せよ、近くの村で手当てを受けて寝ておる。命を落とすような事はあるまい」


 その言葉に心から安堵する。生きていた、もしかしたらとも考えていた、いやあの傷から半ば諦めていたといってもいい。

 だがそれを認めたくない一心で行動していたのだ。


「一体、誰が」


 見ず知らずの、それも見るからに貧乏人の子供を助ける奇矯な人間がいたのだろうか。少し考え込むようにして、はっと男を見上げる。


「もしかして、貴方が」


「あの娘子むすめごにはショコラを貰うたのでな」

 

 その言葉に信じられないと大きく目を見開き、涙が零れ落ちる。


「そんな、そんな、まさか!!それに私まで、ありがとう、ありがとうございます」


 両手を組み祈るようにして男へと心の底からの感謝を捧げる。それは女が生涯に一度捧げた一遍の曇りも無い真実の感謝。


「構わぬ、借りを返したまでだ」


 男の答えはにべも無い。

 女の噎び泣きが静かになった山中に響く。

 

「交渉を続けてもいいか」


 男と女のやり取りを黙って眺めていたイヴォンが声をかける。


「言いにくいが今三十枚しか金貨を持ち合わせていない、後で渡すといっても信じないだろう」


「で、どうすると言うのだ」


「残りをこいつで払いたい」


 そう言ってイヴォンが男に差し出したのは赤く燃えるような輝きを放つ魔石であった。 


「アンタほどのマナ使いならこれが本物と分かるはずだ。この魔石ならどんなに少なく見積もっても金貨三十枚以上にはなる、時間さえかければ五十枚いや七十枚は言ってもおかしくない代物だ」


 男は魔石をイヴォンより受け取ると手のひらに乗せて検める、確かに強い気を放っている、魔石とやらに間違いあるまい。

 ただ男には魔石の相場がまるで分からなかった。


「お主に騙されてやろうではないか」


「いや、その魔石を換金した時にはアンタは俺に感謝してるはずだ。これは金貨だ、数えてくれ」


 革製の貨幣入れを投げて寄越した。中を覗けば金貨がきっかり三十枚入っていた。


「うむ」


「では俺は行く、あんたの顔はもう見たくないものだ」

 

 そう言い残し魔術師は山奥へと去っていった。

 イヴォンの気配が山が放つ気に完全に溶けて、感じなくなるまで男は動かない。

 男が視線を移すと女の目からは漸く涙が止まっていた。

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