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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
放浪編
18/104

拾漆  双剣使い   

 荒事に慣れた山賊たちでさえ今起きた出来事に言葉を失っていた。

 気配を全く感じさせず突如現れた異形の男からは尚も触れるだけで焼けるようなマナが放射されている。

 火球と錯覚するほどの強大なマナであった。


 山賊が凝視する中、すっと音がしたように男が放つマナが消える、存在さえも希薄になったようであった。

 あれほどの大きなマナが嘘の様に消えうせ山賊たちの混乱に拍車を駆ける。


 呆気に取られていたエンリケが異常な事態にすぐさま戦闘体勢に入り、異国の男を値踏みするよう上から下まで嘗め回すように見た。

 蓬髪に濃い髭、大きく吊り上がった目からは獲物を狙うような光が零れ落ちる、その風貌、薄汚れた形は自分達と同業にしか見えない、一体何者なのか。

 ほんの数瞬の思考のうちに男は意外なほど近くに歩み寄っていた、獣の顎に飲まれる様に感じエンリケは咄嗟に大きく後退する。

 男はルーゼルの処で足を止めた。

 山賊は男の存在に完全に呑まれ身動きできないでいた。


 ルーゼルは、ただただ呆けた様に男を見上げていた。当然男の事は覚えている、昼前に出会い僅かな言葉を交わしてもいた。

 その折ソフィユが腹を減らした男に菓子を譲ったが、それだけの関係であった。その男が何故この場にいるのか、やはり仲間であったのか。

 しかし今、男はあの恐ろしい山賊から自分を救ったように見えた。ルーゼルは何がどうなっているのか分からず困惑する。

 男に何か言おうとするが頭が働かず言葉が出てこない。  


「これで全てか」


「何」


「これでお主ら賊は全てかと聞いている」


 異人は正確にこの地の主要言語であるアンブリヌ語を口にした。重く腹に堪えるような声であった。

 圧倒的多数にも拘らず、山賊たちはこの場の主導権を異国の男に握られていた。


「俺はな、貴様らを討ちに来たのよ」


 それを聞き絶句する山賊たち、そして謎の男に対し漸く納得が行く。登場の仕方に度肝を抜かれたが何の事はない、要は村が雇った賞金稼ぎに過ぎないと悟る。

 それだけの事で男に飲まれていた気配は吹き飛び、皆一斉に武器を抜いた。この場にいる全ての者がマナ使いであるようであった。

 常人とは異なる大きな魔力が山賊たちから溢れ、深緑豊かな山の大気に溶けてゆく。 

 それを引いた場所から眺める者があった、エンリケである。

 長年の戦いで磨かれた勘は男を危険と判じ、一歩下がって様子見を決め込むことにした。


「この蛮族野郎が!!!」


「殺せっ殺せっ!!!」


「舐めやがって、ぶっ殺してやる!!!」


 口々に、十人を超える山賊たちが一斉に異国の男へと襲いかかった。その速さは常人の比ではない。

 地面に倒れたままのルーゼルを庇うように立つと、男は腰に下げた武器を抜く事無く無防備な様で賊を迎え撃つ。


 男と賊の幾人かが交錯する。五人の山賊は武器を振り切った体勢のまま動きを止め立ち尽くした。

 その止まった身体に縦に横に斜めにと線が走る。濡れた音がすると線に沿って盗賊たちの体が分かたれてゆく。断面からは血と臓腑が零れ落ち、分断された身体は時間差で次々と鈍い音を立てて地に伏した。濃い血臭が生きている人間の鼻を衝く。


 マナによって強化された肉体も、山賊が身に着けていた革鎧や軽鎧もまるで存在しないように両断されていた。


 異邦の剣士の手には何時抜いたか武器が握られていた、波打つような刀身を持つ異国の剣であった。その刃が淡く光る。 

 

「先ずは五人、残りは八人か」


 男が呟く。

 山賊たちは何が起こったのかまるで分からずにいた、一瞬で五人の仲間が物言わぬ骸と化したのだ。

 それはエンリケも同様であった、男が剣を抜くのがまったく見えなかった。


 男は唖然とする盗賊へ無造作に歩み寄る、咄嗟に構えた剣ごと叩き斬った。横にいた別の賊が男の頭を勝ち割ろうと手斧を振り下ろすが、がら空きとなった胴を刀が薙ぐ。

 次々と賊は身体を縦に横に斜めに両断されてゆく。剣も鎧も紙の如く断ち、山賊を切り伏せ、男は息を乱す事無くエンリケの前に立った。周囲には骸の山。

 幾つか呼吸をする間に十一人もの仲間が倒されていた。


「化け物が」


 腰の左右から銀色に輝く双剣を抜き、苦りきった顔でエンリケが吐き捨てる。 横目で周囲を見渡すが最早生き残っている者はいない。


「貴様、一体何者だっ」


 男の答えを待たずエンリケが仕掛けた、左右に握られた双剣が光の残像のみを残して男を襲う。ティッゼの顔を切り刻んだ時よりも遥かに早い。

 とても目で追える早さではなかった、二十人を超える賊を率いてきたその力は伊達ではない。


 目まぐるしく繰り出される高速の攻撃を男は凌いでいた、ある一撃は見切り、かわし、刀で受け、いなす。

 右手の剣を避ければ時同じくして左手の剣が迫る、その剣を受ければ、またすぐさま右手の剣がと言うように圧倒的な速さと手数によって男の攻撃を封じていた。 


「くっく」


 男は楽しそうに嗤っていた。


「なかなかのものよ」


 男の髪が数本切り上げられ、宙に舞う。

 胴体へ注意をそらしておき、突如頭部を攻撃した、狙い通り男の反応が僅かに遅れ、一瞬の隙が出来る。

 エンリケは更に速度を上げる、銀閃の連撃を男に叩き込んだ。

 

 銀色の閃光としか捉えられない双剣での攻撃は、だが男の纏う奇妙な衣服を裂いただけで身体を刻むには至らなかった。

 己の得意とする必殺の連撃をかわされたエンリケの顔が怒りに歪む。大きく攻めた後の隙を狙われないよう、勢いそのままに距離を取り男と向き合った。

  

 男の口元には変わらず嗤いが張り付いていた。炯炯たる目がエンリケを捉えて離さない。

 エンリケはぞっとした、まるで自分が蛇に睨まれた蛙のように感じられた。


「受けてみよ」


 男の低い声が耳に届く。

 そう言うと男の体から炎の様にマナが燃え上がり、大地を穿つ勢いで踏み込むと上段から打ち下ろした。

 双剣を交差し頭上で受けるエンリケ。男の刀がエンリケの双剣に触れた瞬間銀色に輝く二振りの剣は破砕した。そのまま驚愕に目が大きく見開かれたエンリケの頭部に打ち下ろされようとした時、異国の男に向けて魔法が発動する。


 エンリケへの斬撃を止め身体を捻る、僅か捻った分の先を大地を深く穿ちながら透明な線が奔って行った。

 奔った後の地面には水で濡れたような跡、それも僅かの後に消える。


「テメー、今迄何してやがった」

 

 そこへエンリケの怒声が響く、エンリケの視線の先には魔法使いイヴォンの姿があった。

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