拾肆 賊
ソフィユの命を救った青年術士は未だ名を名乗っていない事に気付き武蔵に告げた。
「私はパトリスです、彼女はアナイス」
聞こえているだろうアナイスと言う名の助士はこちらを見向きもしない、余り歓迎されていないらしい。
その態度に苦笑いするパトリス。
「申し訳ありません、彼女はその無愛想な人でして。お気を悪くなさらずに」
黙って頷く武蔵。
ソフィユは救った、だがまだ懸念する事態は残っている。
「パトリス殿はこの一帯を縄張りとする盗賊を知っておるか」
武蔵は尋ねる、そうまだソフィユの母親の行方が知れない。
「もしかするとこの娘の傷は」
「賊にやられたのだろう、馬車の陰に倒れておった」
「そうでしたか。この半年、商隊が襲われ問題になっているのです、そのせいで物資が不足がちになったり色々問題が起きてまして」
「何処を根城にしておるか分かっているのか」
「山に潜伏しているようですが詳しい場所までは。しかし彼らの襲撃を見るとそう遠い場所ではないと思われます」
青年の話によると半年ほど前からこの村を目指す商人や商隊を襲い始めたそうだ、村は二百人ほどが暮らすこの辺りでも大きい村落であるため必要とする物資も多い。
盗賊はそれを目当てにこの村を標的に選んだらしい。村人もただ手を拱いていた訳ではなく、旅の冒険者を何人か雇い討伐を依頼したが彼らが帰って来る事はなかった。
奴等はこの村を通る道を常時見張っているようで割に合わないと判断するのか、商隊を守る護衛の数次第では手を出さない事もあった。
しかし商人も護衛の数を増やせばその分利益を圧迫してしまう、かといって減らしてしまうと荷物を奪われるだけならまだしも命まで取られては元も子もない。
物資は滞りがちになり、届いてもかなりの割高な値段を商人から提示され困った村の長は、この地を統括するフェモール領主に陳情し三十人からなる討伐軍を派遣してもらった。
だが狡猾な山賊は自分たちが不利と見るや山の奥へと姿を消しその活動を一切止めていた、軍は十日ほど村に駐留し、付近の山を捜索したが賊の痕跡を見つける事は出来なかった。
横暴な振る舞いをする者も少なくない中、討伐軍は規律正しく村に駐屯し、酒を飲んでの多少の厄介事はあったが村の娘を求められる事も無く、それだけが村長と村人にとって救いだった。
はずなのだが拠点へ戻る最後の夜に軍を率いる隊長は村長に対し軍の派遣代を要求してきた。その額は莫大な物で、村長は山賊が討たれていないのに払えないと無礼にならないよう遠回しに拒否したが隊長は全く取り合わなかった。これではどちらが盗賊か分からない、かといって拒めば討伐軍が賊になりかねない。
泣く泣く要求された額を払った村長へ、隊長がまた何時でも呼ぶが良いと別れの言葉をかける。
多額の金銭と荷を馬に括り付け満面の笑みを湛えた隊長に率いられ討伐軍は村を後にした。
更に村を悲劇が襲う。
討伐軍が去ったのを確認すると山賊は初めて村へと使いを寄越したのだ、襲わない見返りとして毎月一定の金銭を求めて来たのであった。もしこの要求が叶えられないならば村を襲うと脅してきた。
これまで山賊は商人を襲えど村を襲撃した事は一度も無かった。それは土地が肥え比較的裕福なこの村を一度の略奪で破壊してしまっては非合理だと判断したのだろう。
一つに村に略奪された傷跡が残されていれば討伐軍の士気も違っていたのかも知れない。
要求を呑めば徹底的にしゃぶり尽くされる羽目になることは容易に想像できた、しかし村には既に打つ手が残されていなかった。
或いは村人の心を折る為に敢えて手を出さなかったのか。
これだけは言える、山賊が村を襲う時は全てを奪いつくして行くつもりなのだと。
領主が村の滅びを耳に入れる頃には別の地へ風の如く去っているだろう。
そんな時に武蔵はソフィユを連れて駆け込んで来たのであった。
話を聞き終わりパトリスへ改めて礼を言って部屋を出た所で幾人かの男たちが待ち受けていた。治癒術が終わるのを待っていたらしい。
「お前か、重傷のガキを連れて村に来たってのは」
若く逞しい体つきをした男はそう言うと喉を鳴らして唾を飲んだ、そして続ける。
「ガキはもしかして盗賊に襲われたのか」
恐ろしい程真剣な面持ちで尋ねてきた。
「そうだ」
武蔵が短く答えると四人居た男達の全ての顔が曇る。
「その子供は一人でこの村に向かっていたのか」
髭を生やした男が悲痛な顔で武蔵へ詰め寄る。
「いや、商人と共にであろう。横倒しになった馬車の陰に倒れておったからな」
四人の男は絶句する。その中の最も歳を取った老人が聞きたくない答えを聞くように武蔵に問うた。
「その襲われた場所に護衛の死体はあったか」
「四人の遺体が転がっておった」
「終わった」「なんて事だ」「奴等の言いなりになるしかねぇ」
それを聞いた男達は口々に絶望の声を上げた。
「あの護衛はお主らの差し金か」
暫く無言の後に老人が掠れる声で武蔵の問いに答えた。
「知り合いの商人に連絡を取って手練のマナ使いを送ってくれと頼んでおいたのだ」
「山賊退治の為のか」
「そうだ、だがもう終わりじゃな。山賊共の要求を聞くしかないわ」
絶望の声があるとしたらこの様な声だと思われた。
「僅か四人を雇うたのか、お主ら賊が何人か分かっておるのか」
「一度に七人を超えて見た事はなかったが」
「俺の見立てでは20人を下るまい」
その言葉を聞いた四人は言葉も出ないようで目を大きく開いたまま静止してしまう。
山賊の数を過少に評価し間違った情報を伝えて、みすみす護衛と商人の命を散らせてしまったのだ。
「俺が引き受けようではないか」
「お前さんが」
茫然自失としていた村長が武蔵の言葉に我に返る。
「幾ら出す」
己にも賊に用があることは億尾にも出さず交渉を始める。
「はっ、この蛮族が。これだけ人が困っているのに金の話しかよ」
若い男が武蔵を睨みつけ地面に唾を吐く。残りの男達も苦い顔をしている。
「このままでは村は賊に食い尽くされ滅びを待つだけなのは、お主らも分かっておろう」
「あ、あんた武器を腰に差してるみたいだがマナ使いなのか」
中年の髭面の男が武蔵の全身を嘗め回すように見て問う。
「そうだ」
「護衛を頼んだ冒険者には中級一位もいたそうだ。お前さん、それを聞いてもやるのか」
「無論。今更俺が一人動き、どの様な結果が出ようとお主らにとって、然したる事ではあるまい」
「その通りだ、このまま奴らの言いなりになっても村は無くなる、早いか遅いかの違いだけだ。村長よ、駄目で元々、この異人にやらせてみてはどうだ」
集まった四人のうち最も背が高い男が村長へ語りかける。その顔には、やらないよりはやった方がましと言った諦めに近い表情が浮かんでいる。
「よかろう」
村長にも同じ諦観の念が浮かび半ば投げ遣りな様子で金銭を提示する。
「盗賊一人につき金貨二枚でどうだ」
「親父、本気でこんな薄汚ねぇ蛮族を使うつもりかよ」
村長を親父と呼んだ若い男は納得がいかないらしく父親に向かって怒鳴る。
「この男が先に言った通り、今更異国人を使っても使わなくても大した違いはない。僅かな可能性に賭けるだけだ」
それでも村長の息子は承服しかねるようで「こんな野郎を頼るなんて頭可笑しくなっちまったんじゃねーか」と罵声を浴びせ部屋から出て行った。
「五枚だ」
武蔵は改めて交渉を再開する。
「あぁ、もうそれで構わん」
面倒臭そうに村長は手を振って受け入れた。
「お主らの言う契約とやらは成立した。では先ず飯を貰おうか」
武蔵は自分の腹が減っているのを思い出したのであった。




