佰参 言質
初夏の少し肌寒い夜の道を三人の男女が歩いている。良く整備された通りには街灯が等間隔で設置され、その灯によって照らし出されるのは、小柄な女の倍はあろう巨人と背が高く豊満な肉体を持つ女、そして闇に溶け込むような黒づくめの男であった。長身の女が黒衣の男に話しかける。
「どうだった?」
「美味であった」
「いや、そうじゃなくて。エルマーたちの事。私が言うのもなんだけど一癖も二癖もある連中だから」
ファシェプルティが額にかかった黒髪を耳へとかけながら、闇の中煌々とした光に浮かび上がる武蔵を見つめる。何も答えない武蔵の代わりに、ジェッソが物案じ顔で気がかりな事を口にした。
「それよりディートヴァインの言葉が気になるな。俺の見たところムサシが彼女に後れを取るとは思えんのだが。何かあるのか?」
「分からないわ。腕は確かで最近上級一位になったって話だけど、それでも到底武蔵に及ぶとは思えない。ディートヴァインは前衛で、体格にも才能にも恵まれているけれど策を弄する方じゃないし。何より彼女一人では絶対に虚ろのものは倒せないもの」
両手を広げ首を振るファシェプルティから視線を外すと、ジェッソは一呼吸置き、後ろを歩く異邦の剣士を振り返る。
「ムサシはどう見た?」
「......さて。唯言えるのは」
そう言って武蔵は瞑目する。
「俺から鬼丸国綱を奪うには俺を殺すほかないという事よ」
「......よね」
何とも言えぬ表情を浮かべ同意するファシェプルティ。奪うと示唆するディートヴァインは幼馴染であり、その対象は命の恩人なのだから。太い指を顎に当てながらジェッソが問う。
「エルマーらが協力するとは考えられないか?」
「それはないと思う。バルトロメウスは卑怯なことが嫌いな直情型だし、エルマーは奸智に長けた人だけど、それだけに、ムサシと敵対してまでディートヴァインに力を貸すとは思えない。エディフィルトはムサシに気がある素振りを見せてたから、多分何か狙ってるんだろうけど、あの女の性格からして害する行動は取らないと断言できるわ。アストリットは根が真っすぐな善人だし、アンセイムは事なかれ主義で、イェルドは昔からディートヴァインに批判的だから、彼らが助勢することはないわ......多分だけど」
「だが妙に自信がある言い方だった。蚊虻走牛を走らすとも言う。用心するに越したことはないぞムサシ」
ジェッソの忠告にも武蔵は常の如く泰然としていた。その姿に巨人は小さくない危惧を抱く。自信と過信は紙一重。如何な英雄と言えど虚を衝かれれば思いのほか呆気なく倒れるものだ。それは歴史が証明している。相棒の危惧を敏感に感じ取ったファシェプルティが
「大丈夫よ。ムサシよ?私を助け、虚ろのものを斬った男を誰が倒せるってのよ」
「......そうだな」
巨人は愛する女の顔を見下ろし大きく頷くと、己の内にある不安を強引に消し去った。
「ねぇムサシ、お願いがあるのだけれど。彼女がどういう手段で来るにせよ命までは取らないで上げてほしいの」
真摯な目で見つめるファシェプルティを黙して見つめ返す武蔵。
「勝手なお願いだって分かってる。でも彼女は子供の頃からの友達、戦友なの。助けた事も助けられた事もある。如何なる理由があるにせよ、もし貴方が彼女の命を奪う事になったら......私は貴方を許せない、と思う」
本当に自分勝手な事を言っている、と半ば己に呆れ返る。マナ使いにとって愛用の武器は単なる物ではない、身体の一部であり、それを許しなく奪うというのは、言うなれば半身を捥ぎ取るのと同義だ。その行為を宣言したに等しいディートヴァインには一分の理も無い、殺されて当然の所業と言える。それでも尚、武蔵に彼女を殺してほしくない。武蔵がディートヴァインを殺害してしまえば、自分はこの男を憎んでしまうだろう。ファシェプルティは瞳に悲壮を湛えながら武蔵を見つめ、返答を待った。異邦の剣士はゆっくりと目を閉じると口を開く。
「よかろう。美しい女子に憎まれとうはないからな」
口の端を歪め珍しく茶気を放つ武蔵の言葉にファシェプルティは心の底から安堵する。この男が言葉として口にした以上、約束を違える事はあるまい。
「ふふ、ありがとう。ムサシ。貴方は善い人ね、何か惚れちゃいそう」
「おいおい」
思わず声を漏らすジェッソ。なによ妬いてんの?とファシェプルティがジェッソの腹を突き、揶揄う。武蔵もじゃれ合う二人を微笑を浮かべながら眺めていた。やれやれ、と赤い頭を搔きながらジェッソが空を見上げる。雲一つない満天の星空が何処までも広がっていた。
「明日は良い日だ」
言葉が空に吸い込まれていった。
大都市ヴォーゲンの歓楽街は冒険者がよく集う酒場の片隅で二人の男が酒を酌み交わしている。二人ともにマナ使いの様で、一人は恐ろしく使い込んだに違いない革がどす黒く変色した皮鎧を、もう一人は魔物の殻を加工したと思われる褐色の鎧を身に纏う。椅子の横に、それぞれの武器が立てかけてあり防具と同じように使い込まれていた。食事は済ませたようで卓の上には酒杯が二つ。髭面の男はよく冷えた麦酒を、坊主頭の男は適度に薄めた蒸留酒を酒場の喧噪を肴に愉しんでいる。髭面が何か思い出したかのように坊主頭に向かって口を開いた。耳を欹てると何やら話が聞こえてくる。
「おい、聞いたか?」
「何のことよ?」
「金獅子だよ。消息不明だとさ。もう十日も連絡が取れないらしい」
「マジか!?でもローハン率いる百戦錬磨の党だぜ?大丈夫だろ」
「......だといいが。なんつっても未知の13階層に挑戦中の事だからな。深層には次元の挟間があるなんて嘘くせー話もあるし、深淵級の魔物にでも遭遇して全滅なんて話があっても可笑しくない」
「そりゃそうだが。因みに何処情報よ?」
「組合だよ。国の迷宮局から内々に連絡が来てたのをミレーノスが酒場で酔っ払って漏らしたらしい。で、それを聞いていた連中が吹聴して絶賛拡散中ってのが今の現状さ」
「またミレーノスか。そろそろ、あいつ首になるんじゃねぇか?で、金獅子は何日の予定で組んでたんだ?」
「二曜巡(十四日間)とか言ってたわ、確か。一流の冒険者でも半月を超える時間を迷宮内で過ごすと、魔素の影響やら何やらで精神や体力に負担が生じて判断や反応が狂い始めるからな。で今日で潜り始めて丁度十四日目だ」
「迷宮内に拠点を造る事が可能なら、もっと探索も捗るのにな」
「何度となく試みられたらしいが、その悉くが失敗したからな。魔素もそうだが迷宮内で何処からともなく湧いて出る魔物どもは、人類が嫌いで嫌いでしょうがないみたいで、感知次第襲ってくるから手に負えない。ここ百年でも十回は拠点を一時的に設けたらしいが、十日も経たないうちに魔物の襲来を受けて壊滅を繰り返したって話だ」
「中で結界を張ろうにも、何らかの力が働いてて著しく減衰するって言うし、俺達人類を拒んでるのかもな」
「そりゃそうだろ。迷宮の視点で物考えてみりゃ、てめーの腹ん中で狡賢い生きもんが好き勝手暴れまわってんだぜ?俺だって追い出したくなるわ」
「迷宮の視点ってお前、変わった考え方すんな。おれぁ、ただ生きる糧を得る場所としか考えたことなかったぜ」
「へっ、俺はお前と違って頭脳労働者なんだよ。ここの出来が違う」
「うるせぇ、この四流野郎が」
「馬鹿野郎、俺が四流なら徒党を組むお前も同じだろうが。おい、ねーちゃん!!麦酒もう一杯くれや!!銘柄?ヴォーゲンでいい」
「話を戻すが十日も連絡がつかないって事は最後に生きてる確認取れたのが十日前って事か?」
「転移珠で十日前に連絡があって、これから十三層に挑むと伝えて、それっきりだとさ」
「なんだそりゃ。運び屋の連中も戻ってきてねーのか。まぁ、でも多少余分に運んでたとしても、突発的な事が続いて足りなくなる事が殆どだからな、迷宮潜りってヤツは。と言う事は生きてたら、そろそろ物資が底を尽く頃か。おい、やばいんじゃねーのか、これ」
「だから迷宮局や組合の上の連中は大騒ぎらしいぜ。13層に挑んで十日も連絡がない、全滅って俺の予想も強ち間違いじゃねーかもな」
「やべーな、背筋がぞくぞくする、何かションベン行きたくなってきた......ねーちゃん!!俺にも麦酒!!!あと混柔物もな!!」
「何でだよ!?小便何処行った」
喧噪が遠ざかる。ヴォーゲンの冒険者の間では金獅子の消息不明の話が駆け巡っていた。




