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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
地下迷宮
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佰弐  驚き

 

 立ち上がったバルトロメウスが驚きの表情で、まじまじと武蔵を見る。


「この蛮......異国人が虚ろのものを倒しただと!?単独でか?お前たちの助けなく?」


「そうだ。助けどころか、ファティナはムサシに命を救われたのだ」


ジェッソは憂うような瞳で隣に座る女を見ながら、事実を淡々と述べる。


「何!?一体どういうことだ!?ジェッソ、貴様がついていながらファシェプルティの命を危険に晒したというのか!?」


 立ったままジェッソを射殺さんとばかりに睨みつけるバルトロメウス。怒りのまま巨人に掴みかかろうと動き出した友をエルマーが手を掲げて制する。


「ちょっと落ち着こうか、バルトロメウス。ジェッソ、僕もそのへんの話をじっくり聞きたいね」


 エルマーが鋭い視線を送る陰で、そわそわと落ち着かないものがいた。長身な上、筋骨逞しい体格に似つかわしくない童顔のアストリットが、隣のディートヴァインに囁くように尋ねるがその声はとても大きかった。


「ねぇ、何でバルはあんなに怒ってんの?」


「何でって好きだからだろ」


 何を分かり切ったことを、とディートヴァインは半ば呆れ顔で、疑問符を浮かべた愛らしい顔に返す。


「え!?あの人まだ吹っ切れてなかったの!?学院時代に五回も告白して振られたのに」


「違う違う、六回だよ。最後にはこの星で二人っきりになっても無理とか言われたそうだ」


 返答するディートヴァインの声もまた大きく、本人たちは意識していない様であったが部屋の隅にまで届く大声であった。


「七回だ」


 蟀谷こめかみを引くつかせたバルトロメウスが二人を睨みつけて正確な告白回数を告げると、店内は静寂に包まれた。


「......せ、席に着きなよ」

 

 目を逸らし必死に笑いを堪えるエルマーに促され椅子に座りなおしたバルトロメウスだったが、怒りは収まっていないようで顔は紅潮したままだ。


「ジェッソ、詳しく聞かせてもらえるかい」


 笑いを耐えきったエルマーの要求に目を閉じ、ゆっくりと一呼吸するとジェッソは重いものを吐き出すように口を開く。


「俺とファティナで虚ろのものを迎え撃った、そこまではお前たちの知る通りだ。魂狩りを持ち、次元魔法を使う虚ろのものは、深淵の魔物の名に違えることなく簡単な相手ではなかった。戦いの最中、俺が虚ろのものの策に嵌まり隙が出来たところをファティナが狙われたのだ」


 淡々と語るジェッソの言葉には微かな苦渋が含まれていた。己のせいで愛する女を失いかけた、今尚消えることのない忸怩たる思い。黙り込んだジェッソに代わり、ファシェプルティが会話を引き継ぐ。


「もう少しで魂刈りで魂を狩られるところだったわ。知ってる?あれで斬られると死ぬに死ねないんですって。エディフィルトはあれに斬られればいいのに。で、本当に覚悟したの、私はここで終わりだって。そこを助けてくれたのがムサシってわけ」


 大仰な手振りで語るファシェプルティの話に、ある者は子供のように目を輝かせて、またある者は知的な光を目に宿らせて聞き入っていた。憎まれ口を叩かれたエディフィルトは微笑みを絶やさず余裕の態度を崩さない、何かと反発してくる反抗期の妹に接する姉の様に。


「それで?」


 エルマーが続きを催促する。


「私は全く認識できなかったけど、ジェッソに言わせると踏み込みからの一撃で次元魔法ごと虚ろのものを斬っちゃったみたい」


「一撃......」


 七人の視線が武蔵に集中する。相対した時から感じていた事であったが、異邦の剣士からは魔力が全くと言っていいほど放たれていない、一般の者と同程度かそれ以下であった。一見すれば魔力を持たないようにも見える。だが武蔵が身に纏う異質な空気がそれを否定していた。息を呑んだバルトロメウスが武蔵を見ながらジェッソへ確かめの言葉を投げる。


「虚ろのものは千年を超える歴史に名を遺す伝説の魔物だぞ。それをこの男が一人で、しかも一撃で倒したと言うのか」


「そうだ。俺の目が確かならばな」


 巨人が瞑目したまま相棒のげんを肯定する。目を見開き絶句したバルトロメウスは一転、笑い出した。


「ふふ......ははは......」


「ど、どうしたんだい?バルトロメウス。とうとう狂った?」


 胡乱気な目で隣に座る大男を見つめるエルマー。バルトロメウスは武蔵を凝視しながら、ウンウンと頷くと


「流石だ。ムサシとやら。流石この私を退かせただけの事はある。いや、そうでなくてはな。虚ろのものを一人で、しかも一撃とは。くっく」


「何言ってるの?彼」


 不気味なものを目の当たりにしたような顔でバルトロメウスを見ていたアストリットが、ディートヴァインに問うが首を振るだけで答えは返ってこない。アストリットの疑問を解消したのはエディフィルトであった。


「自分が怯んだ相手が想像以上の強者だったんで、自尊心が傷つかずに済んだ事が嬉しいんでしょう」


 身も蓋もなかった。


「......」


 店内は再び静寂に包まれる。互いの呼吸音が聞こえるほどの静寂であった。沈黙が支配する場の空気を換えるべく、学者の様な外見をしたアンセイムが口を開き話題を変える。


「えっと、話によると虚ろのものは星幽体で構成されていて、通常の武具では傷つけられなかったんでしょ?彼の持つ武器は別次元にまで届く力があるって事?」


 小柄な男の言葉にファシェプルティが武蔵を見るが、黙々と食事を口に運ぶのみ。小刀と肉叉の音を全く立てず、所作は美しく作法は完璧であった。ファシェプルティは偏見を持たない方であったが、武蔵が文化も教養も異なる異国人であったため、この国の貴族社会の作法にそぐわない食べ方をするのではと考えていたこともあり、意外に感じられた。アンセイムが答えを待っていることに気づいたファシェプルティ。


「ごめんなさい、悪いけど私の口からは言えないわ。ムサシに直接聞いてちょうだい」


 アンセイムは武蔵へと視線を移すが、女給が運んだ料理を静かに食べるのみで、会話に参加する素振りはない。アンセイムは苦笑して首を振る。黙って話を聞いていたディートヴァインは戦いに望むような真剣な面持ちでファシェプルティへと問う。


「どっちだ?」


「え?」


「どっちの武器だ」


 ディートヴァインが立てかけられてある太刀と木塊を見る。意味を理解したファシェプルティが口を開く。


「虚ろのものを斬ったのはオニマルクニツナ、刀剣の方よ」


「……オニマルクニツナ、凄まじい力を感じる」


 何かに魅入られたように太刀を見るディートヴァインの目が怪しく光る。それを見咎めたアストリットが


「ディー、駄目だよ」


「黙れ」


 きつい返しをされ、むくれるアストリットをエディフィルトが優しく宥める。 


「安心しなさい。アストリット。彼女には無理よ」


「無理無理、絶対無理。エディフィルトと同じ意見なのは癪だけど」


 星階位の魔女もエディフィルトに同意する。


「何を言っている?」 


 女たちの暗黙の了解で成り立っている会話を理解できないジェッソが、誰に尋ねるというわけでもなく卓の上に疑問を置くと


「彼女には幼い頃から一度欲しいと思ったら我慢できなくなるって悪癖があってな。今までも時には汚い手を使って手に入れて来た、それで何度か問題にもなっている。心優しいアストリットはそれを憂慮しているのさ」


 今まで口を開かなかった最後の一人、イェルドが皮肉気に口を歪めて答えた。


「悪癖とは人聞きが悪い。強く欲するというのは願いだ、そして力でもある。その力が更なる力を呼び込む。私はそうやって強くなってきたのだ」


「そう、でも今度ばかりは相手が悪かったわね。ムサシは貴女が逆立ちしたって手が届くような存在じゃないわ」


「ふふ、そうかな」

 

 ファシェプルティの言葉にディートヴァインは不敵に笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続き来たっ!次も近々更新されるんだろうか……楽しみ。
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