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武士 異伝  作者: 弁鳥有無
地下迷宮
102/104

佰壱  歓談


 エルマーの笑い声が店内に響く中、鈴の音の様な声が通る。


「あらあら、楽しそうだ事」


 言って新たに姿を現したのはバルトロメウスやエルマーと同世代の女であった。金髪碧眼長身でファシェプルティとはまた違った系統の美しさを持つ女だ。ファシェプルティが野性的で官能的な美しさなら、女は宮廷的な美しさを現していた。緩やかに弧を描く眉の下には大きく整った二重の目に紺碧の瞳が鎮座しており、鼻梁は高く、形の良い健康的な薄紅色の唇は淡く微笑んでいる。金色の髪は後ろで纏められ、女性の礼装ではなく動きやすい男装をしているが、その美しさは損なわれていない。漸く笑い終えたエルマーが未だ脂汗を垂らしているバルトロメウスの肩に手を置きながら女を見て口を開く。


「聞いてよ、エディフィルト。バルトロメウスったら......あっはっは!!!」


 再び思い出し笑いが始まる。エディフィルトと呼ばれた女は困った子供を見る様にエルマーと苦々しい表情を浮かべるバルトロメウスを一瞥すると、ジェッソとファシェプルティへと向き直り胸に手を当て腰を折る。


「こんばんは、ジェッソにファシェプルティ。ご機嫌如何」


「あぁ、エディ......」


「貴方たちがいるとわかるまではご機嫌だったわ」


 ジェッソが応えるより早くファシェプルティが反応した。言葉を奪われた巨人が無言で隣の相棒を見る。


「相変わらず品のない口ね、ファシェプルティ。貴女も伯爵家の令嬢なのだから、淑女たらんと努めなさい」 


 エディフィルトは微笑みを浮かべながらファシェプルティの嫌味を軽く受け流すと、武蔵が座る席の前に立った。辺りを仄かな薔薇の香りが漂う。気配は感じているはずだが、食事の時を静かに待つ武蔵は目を閉じたまま。エディフィルトは暫しの間武蔵を見つめ、次いで剣立てに立てかけられている鬼丸国綱と万象砕きへ注意を払うと、両手を腹部に重ね首を垂れる。


「......異国の方。同輩の無礼をお詫びします」


「気にしておらぬ」


 武蔵は瞑目したまま答えた。言葉から察するにエディフィルトは事の顛末を把握している様であった。それは即ちエルマーやエディフィルトのみならず卓に残る他の者達にも情報が共有されていることを意味していた。己に代わる朋輩の謝罪に、漸く汗がひいたバルトロメウスは、ばつが悪そうな顔であらぬ方向を見ている。エルマーは嬉々とした表情を浮かべて、この状況を楽しんでいた。美しき女は武蔵の前を動かず


「こちらを見て下さらないのですね」


 その言葉に武蔵は目を開き、エディフィルトを見上げた。黒い双眸と蒼い双眸が交錯する。武蔵は再び目を閉じると


「この街には殊の外美しき女性にょしょうが多い」


「ふふ、お上手だこと」


 口に右手を当て嬉しそうに笑う。


「ちょっとエディフィルト!!初めて会ったのに気安過ぎるでしょ、淑女云々は何処行ったのよ、ムサシは私の客よ!!」


 何が気に障ったのか、顔を顰めたファシェプルティが品よく笑うエディフィルトへと迫った。エディフィルトはファシェプルティの剣幕を真正面から受けて立つ。


「あら、何をムキになっているの。私はただ脳まで筋肉に侵されたバルトロメウスの非を詫びただけよ」


「そうだよファシェプルティ。エディは古臭い階級思想に囚われた、おつむの弱い仲間の後始末をしただけさ。それは嫉妬なのかな?ジェッソがいるのに?」


 エルマーは女と見紛う顔に、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながらファシェプルティを揶揄する。二人に弄られたバルトロメウスの相貌からは完全に表情が消えていた。


「それは違います、アーレ卿。ムサシは私の大事な客人、どこぞの猫を被った女にちょっかいをかけられたくないだけです」


 敵意剥き出しでエディフィルトを見るファシェプルティ。エルマーはファシェプルティの棘のある物言いに苦笑しながら


「敬称はいらないって何時も言ってるよね、口調も学院時代の時と同じでいいって」


「じゃぁ、エルマー。貴方からもこの女に言ってやってよ。誰彼見境なく男に声を掛けるの止めろって!!」


 美しい顔に怒りを表した女は友人口調となり、僅かの間に溜まった鬱憤を爆発させる。


「あら、その言い方は語弊があるわよファティナ。それでは私が盛りのついた獣みたいじゃない。私は私がこれぞと見込み、有望と感じた殿方にしか興味はないわ」


「ほらね、本音が出た。エディフィルト、貴女こそ慎みを持つべきだわ」


 ファシェプルティはエディフィルトを睨みつけ右手を顔の前で振る。その視線を受け止め可笑しそうに笑うエディフィルト。


「ふふ、慎み。貴女から最も縁遠い言葉ね」


「なんですって!!」


 エディフィルトには余裕があり、直情的で感情を素直に表に出すファシェプルティを軽くいなす、一枚上手のようであった。そろそろ潮時かとエルマーが仲裁に入る。


「まぁまぁ、二人ともその辺でいいんじゃない。それより和解したんだし、どうだろう?一緒に食事をしないか、虚ろのものの事も聞いておきたいしね」


「お断りするわ、どうせまた不快になるに決まっているもの。ジェッソにムサシ、店を変えましょう」


 即答で拒否をし、不満を全開にしたファシェプルティが先頭を切って店の出口へと向かう。


「そう言わないで。彼、ムサシだっけ?お腹がすいてもう動きたくないって感じを全身から醸し出してるよ?」


 エルマーの言葉で立ち止まり、振り返ったファシェプルティの目に映ったのは、瞑目したまま武蔵が泰然と椅子に座る姿。


「それに僕たちと顔を繋いでおいた方がこの街で暮らすなら何かと便利じゃないのかな」


「確かに一理あるな」


「それは......まぁ、そうかも」


 気が強い女達に押され影が薄いジェッソが頷く。ファシェプルティも渋々同意する。


「決まりだ」


 エルマーの中性的な顔に花が咲いたような笑みが広がり、優雅に左手を掲げ奥の席へと皆を促す。


「ではあちらへ」


「いえ、エルマー」


 エディフィルトが友人を制すと、一連の騒動にも何処吹く風、我関せずの武蔵へと声をかける。


「ムサシ様とお呼びしても?」


「武蔵でよい」


 エディフィルトが問うと、にべもない武蔵の答えが返ってくる。女は気にすることなく雅なかんばせに微笑みを浮かべ


「ありがとうございます。では我らがムサシの席へと移動するべきでしょう」


「それもそうだね。ではディートヴァイン達を呼んで来る......必要はなさそうだ」


「それには及ばない」


 エルマーの言葉に被さるように声がした。


 男二人に女二人の新たに四人が姿を現す。皆が皆、二十代半ばのエルマーと同世代であり魔力を放っている。女二人はファシェプルティに劣らずの長身で、衣装の上からでも分かるほど、よく鍛えられ苛め抜かれた筋肉を全身に纏わせていた。エディフィルトと同じく男装で、歩く動きにも無駄がない、前衛のマナ使いと思われた。比して男二人は女達よりも小柄で痩身であった。二人の女とは対照的な穏やかな外見は、戦士と言うよりかは象牙の塔の住人を思わせる。


「へぇ、この男が......」


 女の一人が武蔵を意味ありげに凝視する。三人も興味深げに鬼丸国綱と万象砕きを遠巻きに見ていた。


「ディートヴァイン、失礼よ」


「はいはい」


 エディフィルトに諫められディートヴァインは武蔵から目線を外すと、巨人とその相棒を見て笑顔を作る。


「やぁ、ジェッソにファシェプルティ。元気?」


「あぁ、ディートヴァイン。上々だ」


「私は最悪」


 憔悴したファシェプルティの姿にディートヴァインの顔が綻ぶ。


「はっは!!聞こえてたよ。君とエディは相変わらずだな」


 他の三人も順にジェッソとファシェプルティと挨拶を交わし、終わったところでエルマーが全員を見渡すと口を開いた。


「じゃぁ皆揃ったね。新しい友人を迎えての食事にしよう。オーギュスティーヌ頼むよ」


 エルマーの指示で円卓が用意され十人が席に着いた。上座も下座もない、全員が平等という気遣いがなされていた。エルマーが立ち上がると自分の胸に手を当てる。


「では改めて紹介するよ。僕がエルマー・シトドトス・ダーヴィン・ハイツ・アーレ、長いからエルマーでいいよ。この国を支配する、ただの大貴族様さ。勿論冗談だよ」


 誰も笑わない。誰も笑わないからエルマーが一人で笑う。笑い終えると隣に座るバルトロメウスの肩に手を置いた。


「もう知ってると思うけどこれがバルトロメウス、見て分かる通り前衛だ、彼女がエディフィルト、魔法使いさ」


 エルマーの己を含めた朋輩の紹介は武蔵にのみされていた。武蔵を除く全員が知己であったためだ。


「彼女がディートヴァイン、隣がアストリット、その隣がアンセイム、その隣がイェルド、皆上級使だよ」


 仲間を座る順に紹介したエルマーの独擅場が終わる。


「じゃぁムサシ、次は君の番だ」


「武蔵と言う」


 エルマーに促された武蔵は、バルトロメウスら七人の顔を一瞥すると己の名を告げた。


「え?それだけかい?」


 武蔵は瞑目したままそれ以上口を開こうとしない。困ったエルマーは座っていても山のように大きいジェッソを見る。視線を受けて巨人が口を開く。


「俺もそうムサシの事を知っているわけではない。なにしろ初めて会ったのが二日前だからな」


「聞いていいか、ジェッソ」


 何故か興奮気味のディートヴァインが、腹が減り過ぎて最早瞑目することしか出来ない武蔵を見て口を開く。


「虚ろのものを倒したのはそこの異国人ってことでいいのか?」


 ジェッソはファシェプルティを見、頷く。


「そうだ」


「なんだと!?」


 バルトロメウスが大声をあげ、両手でついた円卓を震わせながら立ち上がった。卓の上にあった食器や小刀、肉叉が激しく音を立てる。月は天を駆け上る真下さなか、食事会はまだ始まったばかりであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] さらに面白くなってきた
[一言] 更新まってまし!!!!!!!た!!!!!
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