第八話
今日は祝日である。
工事現場も休みなので、遊びに行く予定だ。
食堂に向かうと、廊下の途中でアリサと出くわす。
昨日起こったハプニングのせいか、視線が合った瞬間に目をそらされてしまう。
顔は真っ赤だ。
俺としては小さい子供相手に何ら感じ得ないが、アリサはそういった訳にはいかないようだ。
ちょっと前まで俺が世話をしていたが、この数年でまるっきり変わってしまった。
少しずつだがアリサも淑女としての道を進んでいるようだ。
その点、ルークとレオン、ハルナはまだ幼い。
ただ、ただ、楽しさがあるだけだ。
羞恥心などこれっぽっちも無いみたいで、楽しさだけを追求している。
無邪気な笑顔が眩しい。
俺も、とにかく楽しかったあのころに戻りたいと思ってしまう。
玄関を出ようとすると、アリサに声を掛けられる。
若干そわそわしているようにも感じる。
「今度、買い物に付き合ってもらってもいいですか、ハヤト兄ぃ?」
「別に今からでもいいが、どうする?」
買いものに誘われるのは久しぶりだ。
小遣いがほとんど無いので、私物を買う事はあまりない。
孤児院で使う物を買いに、シスターに付いていくくらいだ。
今日は特に用事もないので聞いてみる。
「えっ、ん~~でも……今こんなカッコだし…………」
今の恰好に問題があるらしい。
エプロン姿でも十分かわいいが、アリサ的にダメみたいだ。
「じゃあ、何時がいい?」
「えっと、……三日後で、いいかな?」
三日後は確かお祭りの前日だ。
女の子らしくおめかしするために何か欲しいのかもしれない。
ちょうど貯金もあるし、かわいい服を買ってあげてもいいかもしれない。
「わかったよ、準備しておく」
「はいっ、お願いします!」
アリサの笑顔に見送られながら、玄関をでる。
とりあえず、今日の予定はそのままだ。
最近見つけたダンジョンへと向かう。
休みの日はもっぱらそこに通っている。
街を出て街道を進む。
魔物や山賊が出る事もなく平和である。
唯一襲ってくるとしたら、猫くらいだ。
だがしかし、その破壊力やすさまじいものがある。
一度、その声を聞いてしまえば、何人たりとも屈せずにはいられない。
その手に触れてしまえば、もはやその場から動けなくなってしまう。
強靭な精神力をもってしても、抗うことは難しい。
何度やつに時間を盗まれてしまったことか。
気がつけば日が暮れていた、なんて事例もある。
殺人毛玉の異名は伊達ではないのだ。
孤児院まで連れて行き、シスターに直談判したのはいい思い出だ。
結局だめだったが。
しかし、それで良かったと今では思える。
家で飼われるのもいいが、自然に生きている方が生き生きとしている気がする。
愛らしい姿もいいが、そっけない態度もまた、来るものがある。
つまり、俺が言いたいのは。
猫は可愛い。
そういうことだ。
異論は認めない。
気がつくと、ダンジョンが見えてきた。
かなりの大きさと広さだ。
遠くからでも、中で何か動いているのが見える。
とはいえ、別に魔物がいるわけではない。
居るのは兵隊だ。
そう、ここは。
軍の基地である。
修行に明け暮れていたのだが、力が付いてくるとつい使ってみたくなるのだ。
しかし、この世界には力を使う機会がほとんどない。
山賊も魔物も迷宮もない。
山賊はもしかしたら居るかもしれないが、近くにはいない。
居たところで捕まえるのは、警察のしごとだ。
結局、力を使う機会は有るが、平和利用くらいしかないのだ。
そんな時に見つけたのが、この軍事基地だ。
正直何を言っているのか分からないかもしれないが、俺も良く分からない。
裏山に作った祠から基地を見ていたら、気がついてしまったのだ。
「あっ、ダンジョンがある」と。
まさに、青天の霹靂であった。
目からうろことはこういう事を言うのかもしれない。
そこからは早かった。
すぐさま近くまで行き、周囲の状況を偵察したのだ。
周囲は策が何重にも巡らせてあり、いくつもある高台からは人が見えた。
策の上には、監視カメラが設置され、地面には赤外線センサーが設置されているのが分かる。
この世界の機械にも随分詳しくなったものだ。
一人、偵察しながらそんな事を思ってしまう。
それはダンジョンを攻略と言うよりは、敵の城を攻めると言った方が合っていた。
敵ではなく、街を守る味方であるが。
そして、どこから基地へ侵入しているかと言えば。
地下トンネルである。
スコップで掘り起こし、錬金術で土を固め掘り進んでいる。
土の中で方角も分からないが、新たに取得した計算技術と製図技能のおかげで、迷うことなく目的地まで掘ることができる。
試しに東と西から掘り進めて、寸分違わずに貫通できた時は、感動し雄たけびを上げたものだ。
今では、岩盤すら掘りつくされ基地の下は、迷宮となっている。
迷いこめば脱出は難しいだろう。
配管を避けるために深く掘り進めているので誰にも気が付かれていない。
そう。
ダンジョンを攻略しようとして、ダンジョンを作ってしまったのだ。
なっ何を言っ…………。
他にやる事がないのでしょうがないのだ。
つい張り切ってしまった。
軍事基地の中もだいたいマッピングが終わっている。
残っているのは、警備が厳しい場所と個室くらいなものだ。
さすがに、後ろを付けて個室に入ろうとは思わない。
殆どの壁や廊下、天井は錬金術で穴を開けられるが、箪笥や棚、カーペットなど物が置いてあると壊す事は出来ても、修復がうまく出来ないので自重している。
この基地を破壊しに来たわけではなく、楽しみに来ているだけなのだ。
最近は資料室で本を漁るのが主だ。
あまり人も来ないので、安心して読書をしている。
ハンガーに置いてある機甲戦闘機、航空戦闘機、戦車、軍用パワードスーツなど見る物は大方見てしまったのだ。
ここの資料室には、図書館では見る事ができない書物が多くあるので飽きる事はない。
お気に入りの場所でもある。
砲撃の音が聞こえる。
戦闘訓練が始まったようだ。
時計を見てみると、もう日が落ちている時間だ。
思っていたより集中していたらしい。
監視カメラを避けて穴まで戻ると、分からないように偽装して地下へと潜っていく。
毎度のことながら、モグラになった気分だ。
地下を進んでいると、地上での砲撃による振動を感じる。
地中にいると崩れてこないか少し不安になる。
いつもの倍以上、砲撃しているようだ。
それに、いつもと砲撃の間隔が短い、というよりバラバラだ。
普段なら一定間隔にくる振動がまるで統一されていない。
適当に打ち込んでいるようだ。
言いようのない不安が心を占める。
心なしか足の動きが早まり、気が付けばトンネル内を走っていた。
急いでトンネルを飛び出ると、空に航空戦闘機が飛んでいた。
暗闇を機銃とミサイルが飛び交いキラキラと光っているのが見える。
敵の襲撃だ。
地上を見ると、戦車が砲弾を撃ち込み、機甲戦闘機が防衛施設を破壊し、歩兵が崩れた場所から流れ込んできている。
味方の反撃は後手に回っている。
上空の制空権は無い。
地上の戦車、機甲戦闘機はまだ動いてなく。
歩兵が携行兵器で応戦しているだけだ。
完全に奇襲が成功してしまっている。
もはや落ちるのも時間の問題だ。
ここは後方基地なのに、いったい前線基地はどうなっているのか。
もしかしたら、すでに落ちているのかもしれない。
だとすれば、援軍の可能性は極端に低い。
無事だったとしても山が援軍を妨げ、航空戦力しか間に合わないだろう。
どこから現れたか分からない現状、まだ増援がくる可能性もある。
これだけ大規模な作戦だ、中途半端には終わらせないはず。
ふと街の方を見ると、黒煙が上がっているのが見えた。
「なっ! くそぉっ!! 無差別すぎるだろっ!」
まさか、基地だけでなく街にまで手を出しているとは思わなかった。
街に軍隊はいないのだ。
攻撃されれば蹂躙されるだけだ。
急いで街道にもどる。
身体能力を限界まで上げて走る。
「こんなことならっ、街で買い物するべきだったっ!」
後悔しても遅い。
今はただ、街に向かって走る事しかできなかった。
ついにこの時が来てしまった。
街は大丈夫なのだろうか。
次回につづく。