第三話
目が覚める。
この短時間に三回も気絶するとか、意味が分からない。
気を取り直して周囲を探る。
まだ、目は開けていないし、動いてもいない。
周囲からすれば、寝ているように見えるだろう。
幸い、寝たことで魔力が少し回復している。
これなら、周囲を探査できそうだ。
意識を失う前の状況を考えると、安心はできない。
周りに気配がない事を確認し、薄眼を開けて目視で確認行う。
どうやら別の建物の中に移動したようだ。
相変わらず着ているのは貫頭衣だが、体を見るとコードが何本かついていて、隣の機械につながっている。
正方形の白黒テレビと黒電話を合体させ、薄い板にしてしまう科学力をもつ世界だ。どこから監視されているか見当もつかない。
このコードを外したとたんに、人が来そうだ。
それに下手に外に出たら、空飛ぶ車に発見されて見つかるなんて事もあるかもしれない。
内心、まだ見ぬ科学の発展に夢を膨らませていた。
危機感がないのは、体が幼くなったせいだ、間違いない。
「おはよう。 寝たふりもいいけど、起きてきたら? おなか減ったでしょ?」
目をつぶってどうでもいい事を考えていると、入口から女医のアリスさんが入ってきた。
どういう訳か完璧に偽装しているはずの狸寝入りは、普通にばれているようだ。
やはり、この世界侮れない。
あきらめて持ってきてくれた食事を受け取るが、食べる気は起きない。
ここの人たちは子供相手に容赦ない事をしてくる。
二回も気絶しているのだ、危害とまでは言わないが、食事に何か混ぜていてもおかしくない。
食べるのを躊躇っていると、アリスさんが一種類ずつ食べてみせる。
「何も入っていないから、安心しなさい」
そう言うと、ベッドに腰掛けて食べるのを確認するためか、こちらの方を見つめてくる。
そんな風にじっと見られると、食べないといけない強迫観念に駆られる。
だがしかし、この世界の科学力をもってすれば、先に解毒薬を服用して中和させる事が出来るかもしれない。
もしかしたら、文字通り鉄の胃袋を装備していてもおかしくない。
そっ、そうだ!
解毒すればいい、簡単な事じゃないか!
基本的な事を忘れてしまっていた。
「すっ、すみません、じっと見られていると食べにくいです……」
「しかたないわね、向こうにいるからしっかり食べなさいよね」
もくろみは成功する。
この一瞬の隙をついて、解毒スキルを食べ物、ついでに飲料にも掛ける。
ばれる可能性は低いが、目の前で使う気にはなれない。
安堵したところで、アリスさんは移動した先のベッドから、こちらを見ているのに気がついた。
だがもう、安心だ。
冒険者必須のこの魔法、忘れていた方がどうかしていた。
これさえあれば、山に入って生水を飲もうが、生肉を食べようが全く問題なくなる超便利魔法だ。
さすがに腐っている物は食べる気がしないが、大丈夫だった!と誰かが言っていた気がする。
たとえ、超科学の結晶が入っていたとしても、問題は無いはずだ。
腹も減っていたし、安心して食べる事が出来た。
「これからの説明をするわ、ちゃんと聞いておきなさい」
これからの処遇がきまったようだ。
話をまとめると、だいたいこんな感じだ。
ここは前線基地で、今は小康状態であるが危険には違いない。
後方基地からの輸送部隊が来るので、帰りの便に乗って移動する。
向こうに着いたら街の役所に移動し、家族を探してもらう手筈になっている。
この世界に家族はいないだろうし、戸籍もあるはずがない。
困ったことになりそうだと思っていると、どうやら俺は小さいときに敵に攫われて、少年兵として働いていた事になっているみたいだ。
何かの罰で地雷原を歩かされ、そのまま迷子になって保護されたということだ。
家族が見つからなければ、孤児院に預けられる予定になっている。
都合が良すぎる気もするが、この場所から離れられるならそれに越したことはない。
子供用の服はないので、自作の毛皮セットを身につけている。
獣人族のためか、アリスさんはあまり気にしているという感じはしない。
ただ実質話をしたのは一人だけだ、最初に四人と会ったが殆ど一瞬の出来事ですぐに気絶していた。
それに、アリスさんの恰好を見る限り。毛むくじゃらの恰好が普通とは到底思えない。白衣の下にはスーツを着込んでいる。
街に着いたら服装を考えないとな、少しずつ慣れていくしかないか。
「行くわよ、こっちに付いてきて」
今後の事を考えていると、輸送部隊が帰還する時間のようだ。
改めて、こっちの軍隊に見つけてもらって良かったと思う。
敵側の軍隊に見つかっていたら、どうなっていた事か。
混乱したまま、レベル1縛りナイトメアモードで攻略とか無理ゲーである。
寝る場所もあって、食べるものもくれて、街まで送ってくれる。
至れり尽くせりである。
いろいろと誤解していたが、感謝したいところだ。
「アリスさん。 いままでありがとうございました」
「どうしたの、急に。 子供は子供らしくしていたらいいのよ。 そのしゃべり方も堅苦しいわよ。 ゆっくり休んだらいいわ。 ユーリ少尉!」
「はっ!」
「この子をよろしく頼むわね」
「了解いたしました」
顔まで覆っている軍服であるが、人のよさそうな声であることが分かる。
この輸送隊の小隊長で、街に行くまで、ユーリ少尉が付き添ってくれることになっている。
こちらからも感謝の言葉を伝えると、頷いて頭をなでてくれる。
グローブに包まれてゴツゴツとした手であるが、なでる手つきは優しいものだ。
会って僅かも時間がたっていないが、優しい人であると感じる。
移動時の隊列は、前後に戦闘員を乗せた装甲車が二台ずつ挟み、間を五台の輸送車が走っている。
荷物は空であるが敵には関係がないので、護衛が付いているみたいだ。
ユーリ少尉は小隊を指揮するために先頭の装甲車に乗っているので、三台目のトルキス伍長が運転する輸送車に乗せてもらっている。
この人も優しい人である、車高の高い車に苦戦していたところ脇からつかんで一気に座席まで乗せてくれたのだ。
お礼を言うと例によって顔は分からないが、マスクから飛び出した猫耳がぴくぴく動いており満更でもないようだった。
装甲車に乗ってみたい気持ちもあったが、我儘を言う訳にはいかない。
車内は会話もなく静かだ、トルキス伍長は周りを警戒しているので、おしゃべりする訳にもいかない。
助手席に乗せてもらえたので、外の様子を見ることができるのが救いだ。
森の中を砂利道が続くだけで景色がいいとは言えないが、車高がとても高いので前を走る装甲車の向こうまで見る事ができる。
そういや、この世界でも車は空飛ばないのか。
一人考えに耽っていると、景色が開けてきた。
森を抜けるようだ。
体に衝撃が走る。
車内にいるにも関わらず耳が痛くなり、空気が振動して車の内装が悲鳴を上げる。
一瞬の出来事に全く反応する事が出来なかった。
隣のトルキス伍長を見ると、連絡を取っているのか誰かと話している。
「…………了解」
「なにがあったんですか?」
連絡が終わったのを見計らい話しかける。
「心配するな、今のは味方の戦闘機だ。 敵機の哨戒機が近づいて、スクランブルを掛けたみたいだ。 運がなかったな、ちょうど真上を通って行ったみたいだ」
何事も無かったようで安心する。
にしても、すごい衝撃だった。
横を見ると視界の開けた先に建物が見える、遠くで見えないがあそこに滑走路があるのかもしれない。
山道に入るとまた違った景色になる。
砂利道はさらに悪くなるが、木々の隙間から遠くの山並みが見える。
いくつかカーブを曲がったところで、道が二つに分かれているところに来た。
遠目でよく見えないが、一つは土砂で埋まっている。
すでに連絡を取り合っているのか、車列が停止する。
止まった装甲車からぞくぞくと銃をもってでてくる。
「頭を抱えて伏せていろ、絶対に外をのぞくな!」
緊張感が高まる。
とっさに探査スキルを使うが、周囲500mに怪しい反応はない。
四分隊が車列の周囲を警戒して、二分隊が崩れている場所を偵察しているようだ。
人為的なものか、自然なものか調べている。
もういいだろうかと顔を上げると、谷の向かいにある山から太陽光が目に刺さる。
「まっ、眩『くっそっ!! なんでこんな場所に機甲戦闘機がっ!!』」
罵声とともに首を掴まれて乱暴に宙を舞う。
有無を言わさず運転席側から一緒に掴みだされると同時に、後ろの輸送車が弾け飛ぶ。
燃料タンクに着弾したのか、轟音を上げて燃え上がっている。
幸い、後ろの運転手も脱出に成功したようで、山を駆け上がっている自分たちの前を走っている。
下を見るとユーリ少尉が装甲車を盾にして指示を出しているのが見え、黒煙の向こうに機甲戦闘機が巨大な銃を握り締めているのが見えた。
やっとロボット出てきました!
ここから面白く展開したいと思います。
ただファンタジー要素が獣耳と主人公のしょぼい魔法しかないのが心配です。
ロボット相手に、ちぎっては投げ、ちぎっては投げといくまでにはまだ時間かかりそうです。