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一サラリーマンの日常

作者: 竹仲法順

     *

 毎朝、午前七時過ぎには目を覚ます。ボクも普通のサラリーマンだ。ベッドから跳ね起きて、よれていたシーツを綺麗に整え、キッチンでコーヒーを一杯淹れる。朝食は特に取らない。朝は食欲が湧かないのだ。その分、昼とか夕方はある程度食べるのだけれど……。

 いつも電車を使い、通勤していた。駅までずっとスマホを見ながら歩く。朝の情報収集源はネットだ。一年前、ケータイから乗り換えて使い続けている。最初は使い方が分からなかったのだけれど、買った先の家電量販店の店員から一通り教えてもらい、使えていた。

 実家にはもう全然帰ってない。母は早くに他界し、アル中のオヤジはすでに肝臓ガンを患っていて、余命もそう長くはなかった。兄弟も残らず離散してしまっている。まあ、確かに親兄弟がいなくなるのは心が痛むこともあるのだけれど、別にいいと思っていた。第一、家族などと言っても仮面を被ったみたいなものだったし……。

 社ではずっとパソコンのキーを叩き続けていた。作業していると、

「西岡君」

 と係長の今田が呼ぶ声が聞こえてくる。「はい」と返事し、立ち上がって係長席の前へと行く。そして口を開いた。

「ご用件は何でしょう?」

「ああ。頼んでた企画書、打ってくれたか?」

「今、作業中です」

「おいおい、しっかりしてくれよ。君も会社員だろ?ちゃんとやってくれないと」

「分かってます。すぐに取りかかりますので」

 そう言って一礼し、デスクへ舞い戻った。そしてパソコンのキーを叩き始める。今田は決して人使いが荒いわけじゃない。ただ、任される仕事はこなさないと怒る。ボクの方もしっかりと脇を固めていた。

     *

 昼間、いつも社のすぐ近くにある牛丼屋で牛丼を食べる。並盛りじゃ少ないので、特盛にしてもらっていた。別にそう気に掛けてない。単にご飯や肉などをしっかり食べないと、仕事が続かないというだけで。

 昼が過ぎると、午後からまた始業である。幾分疲れていた。キーを叩きながら、企画書だけでなく、他の所定の書類なども打つ。まあ、確かにサラリーマンはきつい仕事だ。毎日大過なくやっていても、職場の雰囲気に染まるのはなかなか難しい。

 同僚たちが飲みに誘ってくることもあった。だけどアルコールは苦手だ。酔うと気分が悪くなり、吐いたりする。だから、カフェで話をすることはあっても、居酒屋などで話をすることはまずない。

 仕事の合間に今田や同僚たちに一言言って休憩を取ることがある。目抜き通りにある、極普通のカフェに行くのだ。ボクも人間だから、疲れたなと思ったら、わずかな時間、休憩を取る。別に気にしてなかった。ずっと仕事漬けだと参ってしまうと感じていて。

 カフェでコーヒーを飲みながら、ドーナツを摘まむ。その間、気持ちを落ち着けた。さすがにずっとパソコンを使い続けていると疲れる。だからカフェに行く時は、必ずタブレット端末を持っていっていた。電子書籍などをダウンロードしていて、コーヒーを飲みながら読むのだ。昔からハードボイルドが好きだったので、未だにその手の本は読み漁っている。

     *

 休憩が終われば、また仕事だ。書類や企画書などはいくらでも打つ。キリがないのだ。少し腱鞘炎気味だったのだけれど、そんなことは言っていられない。何せいろんなことを考えるからである。アイディアは出し放題だった。今田たち上司も、ボクたち部下が書面にしている事柄を会議などで検討しているのだ。

「西岡君」

「はい」

「君のアイディアもいいんだけど、もうちょっと別の角度から物事を見れないかな?他の社員たちはいろいろと意見を打ってくれてるよ。考え直したらどう?」

「考え直す……ですか?」

「ああ。アイディアなんか、いくらでもあるだろ?もっと柔軟に頭使って考えてよ」

「ええ、まあ……」

 曖昧に頷きながらも考える。今田が言ったようにアイディアなどいくらでもあるのだ。そういった点は常に気に掛けているのだった。さすがに抱えていることはずっとあるのだけれど……。

 デスクに戻り、プリントアウトしていた企画書をもう一度読み返して手直しする。都合が悪ければ、差し替えることも出来るのだ。難しいことじゃない。原始的なのだけれど、書面に赤いボールペンでチェックを入れて、また打ち直すのである。これも作業の一環だった。

     *

 午後五時になり、終業時刻だったのだけれど、この時間帯以降もやるべきことはあった。残業時は大抵出前が取ってあり、うどんか蕎麦、ラーメンなどだ。昼間はご飯類を食べているので、夜は麺類でいい。午後七時前ぐらいに、これから一仕事しようとする時、食べる。

 夕食が済んだ後、パソコンのキーを叩き続ける。ゆっくりする間はなかった。時間に追われ、いつの間にか時が経ってしまっている。午後九時前にはパソコンの電源を落とし、データを詰めたフラッシュメモリを持って、社外へと歩き出す。帰宅したら、即入浴してそのまま眠るつもりだった。

 冷え込む夜だ。ずっとキーを叩いていたので、腱鞘炎はひどかった。一時的に鎮痛剤などを飲んでも、根本的な解決にはならない。仕方ないのだった。これがいわゆる職業病というやつだ。誰もが経験する類のものである。別に気にしてなかった。一過性のものだと思い……。

 そして午後九時過ぎの電車に乗り込み、自宅へと帰っていった。さすがに疲れているのが自分でも分かる。ワイシャツの下にわずかな汗や脂分が浮いているのが感じ取れた。だけど、夜は休息の時間だ。入浴後、ベッドに入ってゆっくりするつもりでいる。

 いつも感じるのだ。サラリーマンの日常など、つまらないことの繰り返しだと。ふっと考えてみると、就労意欲が湧かないと思うことも多々ある。だけど仕方なかった。それがボクの仕事であり、他の社員にとっても業務なのである。互いにそう思っているようだった。つまらないことが続くんだなと。そういった相手の心理を読むことには、慣れてしまっている。実際、それが大人なのだから……。

 そして一晩眠れば、また新たな朝が始まる。コーヒー一杯で朝を済ませ、必要なものを詰め込んだカバンを持って歩き出す。別に変化はない。日常は淡々としている。ボクも例外なしにそういった人間の一人だった。通勤時も新聞などを読む代わりに、スマホを見て情報収集していたのだし……。

                                  (了)


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