次へと進むためには、何かを捨てなければいけないらしい。
カラーバーが液晶を占拠している。
口に含んだビールには苦みしか残っていなくて、舌や喉の奥にべったりとはりついているようだった。
じんわりとシャツを濡らす汗と相まって、嫌な感じしかしない。
赤や黄や緑のラインを見て、何をするでもない。ただ見ているだけ。
それでも、頭は動いているのだ。考えていることはいろいろだけど、どの中心にもいるのは君で。
要するに俺は、君のことを考えているのだ。ずっと。
◆
元々性格は正反対。それでも、似ているところがあった。
例えるならば、数字の6と9のような。
形は似ているけれど、向いている方向は間逆。ほんとにそんな感じ。
どうして一緒にいるのか、自分たちでもよくわからなかった。
それでも楽しかったし、悲しかったし、嬉しかった。
結婚しなくてもずっと隣にいられればいいと思っていたし、それ以外に求めるものなんて何もなかった。
だから、好きという気持ちだけでどうにかなると思っていた俺。
好きという気持ちだけではどうにもならないと分かっていた君。
今になって、俺が浅はかだったんだなぁと思う。
君に話したことはすべて、青くて、薄くて、実行するにはあまりにも障害が多いこと。
君は全部わかっていたけれど、何も言わずに笑って相槌をうっていてくれていた。
衝突した時に、折れるのはいつでも君だった。
君は、全てが俺よりも大人だったのだ。
◆
原色を目に入れ続けていることに疲れていることを知覚して、立ち上がる。
ふと顔を上げ視界に入った写真。何度も破ろうと思った俺と、君。
じいっと別の世界を見つめて、また手に取る。
いつ撮ったものか忘れたけれど、二人してバカみたいに笑っていて少しおかしくなった。
君の笑顔は相変わらずキレイで、左胸のあたりに痛みとも苦しみとも言い難い何かが、じんわりと広がる。何度見ても、二人の笑顔が滲む。
二人の笑顔が滲まなくなる日は、来るのだろうか?
そんなことをぼんやりと思いつつ部屋を見渡すと、テーブルの上に置いてある白い封筒が目に留まった。
すっかり忘れていたなんてことはない。だって君からの手紙だから。
最後の、君からの。
便せんではなくいつも使っているルーズリーフ4枚に、びっしりと書かれた丁寧な文字。
もとい、君の気持ち。
もう一度目を通して、大方どうにもならないのだと再認識する。
それと同時に、わずかな希望を抱いてしまうのだ、再び。
優しく緩く、俺を縛ろうとする君の言葉。
君の気持ちが色濃くにじみ出ている、たった一行の言葉。
最後まで目を通すと胸からつま先まで痛みが広がって、堪えきれずに手紙を置いた。
ほんの百グラム程度のそれは、俺の手の上では測りきれないほどの重さになるのだ。
子供だったのは俺のほうだけど、気持ちが重かったのは君のほうだった。
そんな君が俺と離れようとしている。それならば俺も、離れなければならないのだろう。
◆
君が今までにくれた手紙をクローゼットの中から取り出して、ひとつずつ紙飛行機へと変えていく。
ちらりと見える文字は、やっぱりどれも丁寧だった。
作っては外へと飛ばし、見届けた。
夏のぬるい風が俺を撫で、紙飛行機を遠くへ飛ばした。
ひとつだけ出てきた淡いクリーム色の封筒。目に留まって、ああこれは、と手を伸ばす。
初めて俺にくれた手紙。
思いが綴られた、手紙。
封筒から取り出して中身を開く。目を通し、こんなときもあったなぁと思い返すと、胸の中だけが季節を逆さに進んでいくような気がした。
立ち上がり、何度も見た写真に目をやる。
そうだ、俺たちが付き合い始めた時に撮った写真だ、と思い出した。
手に取って再び眺める。どんなシチュエーションでどんな気持ちで撮ったかを思い出した今、写真をどうにかすることなんて、できるはずがなかった。
乾いた目が熱を持つ。
残った君からの最初と最後の手紙と、一枚の写真。
俺の決心を揺るがし崩すには、充分すぎるくらいだった。
髪の毛をぐしゃりと抑え、フローリングに膝をつく。
ため息混じりにつぶやく君の名前。
手に持つ写真をもう一度見る。
やっぱり破れず、君はキレイだ。
(この恋を捨てるくらいならずっとこのままで。進めなくても、いい。)
by.確かに恋だった
image song. キレイだ/スキマスイッチ