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まっしろな幸福

作者: 東雲白雨
掲載日:2025/12/21

創作短編。

pixivにも投稿しております。

『おーいしー』

 白くて小さい生き物を眺めながら、四人は思ったよりも長く居座っている謎の生き物のふてぶてしさに感心した。



まっしろな幸福



 それを一番始めに見つけたのはロゼだった。何処かの世界から迷い込んだのだろうか。見た目は小さく真っ白で、点と思われる模様はどうやら顔のようである。つついてみると存外滑らかな手触りで、しっかりとした弾力があった。融けたアイスのように自身のデスクの端に落ちていたので、危険性がないと判断したロゼはそのまま放置していた。時間で表現するとすれば半日ほど経った頃、それはおもむろに立ち上がると、もちもちとした短い両腕を伸ばして水を求めてきた。ロゼはカップに水を注いで、その白い物体の目の前に差し出した。飲もうとしたのだろう、身を乗り出したそれは見た目通りのつるんとした動きでカップに滑り込み、何処をどう見ても足がつくであろう深さであたふたと暴れ出した後、無言でカップの外に出てロゼに怒りをぶつけ出した。

『ちょっとちょっと、扱いが雑なんじゃあないですか』

 ロゼからすると心外な話ではあったのだが、融けかけのアイスが”なぜならば”と言わんばかりの表情で一生懸命怒っている姿を見ると面白さが勝ってしまったので、ロゼは相槌を打ちながら暫しそれの相手をひとりで務めていたのだった。

『もおー、若いお嬢さんじゃあ相手にならないんですよ。責任者を出してくれます? 責任者』

 記憶にある年月だけで二千年は生きている自分が若いとは。ロゼは久しく言われることのなかった言葉に懐かしさを感じながら、アクシズの祖であるアリスのことを思い浮かべた。残念ながら、見た目でいえばアリスの方が幼い。これでは不評を買ってしまうだろう。ロゼは今アクシズ内にいる人員で妥当そうな人物をひとり呼び出した。

「はいはい、なんだって珍しい。ロゼお嬢さんがおじさんに何の……何の、何」

 呼び出されたボーマンは無精ひげが伸び放題で、目の下の隈も随分濃くなっているようだった。普通であれば心配するところではあるのだが、それが本人の不摂生から繰り返されていることだとは知っているので、ロゼは特段指摘することなく本題に入った。

「何だと思う?」

「……融けかけのバニラアイスか、紫音たちの世界なら餅ってやつか、雪の妖精にしちゃあちょっと、腹が出てるな」

『あーあー、そういうね、見た目の指摘ってよくない。よくないんですよ。そもそもこんなに可愛い見た目なのに、お腹の話をするんですか。こんなにもちもちっとして、こんなにかわいいのに。他に何も指摘できないんですか』

「横柄」

『かーっ。これだから。わかりませんかね、ギャップですよ、ギャップ』

 ボーマンは無言でそれを眺めていたが、つんと強めにそれをつついた。ぎゃ、と高い声をあげてもちょ……と尻餅をついたそれは、やれやれと言わんばかりの態度で起き上がると、両手を上に掲げた。

「それはどういう意味があるのかね」

『失礼を許すので美味しいものをくださいという意味です。珍味も可』

「そもそも、君はいったい何なのか聞いてもいいか」

『豊穣の神様です。豊かになりますよ。もてなしてください』

「何処の国の神様が物乞いのようなことをするんだろうねえ。まあいい。専門家を呼ぼう」

「あら、専門家が?」

 首を傾げるロゼに、ボーマンはくいくいと出入口を指差した。遠くから少しだけ賑やかな声が聞こえてくる。

「あら、専門家のお帰りね」

『美食の? 珍味の?』

「トラブルマイスター、ってやつだよ」

 ボーマンはさっさと部屋を出ると、用件だけを伝えて自室に戻っていこうとした。それを阻止したロキが半ば引き摺る形でロゼの前まで連れてくると、他の三人も揃ったところで改めてその白い何かの説明が始まった。

『愉快愉快』

 ヤトの頭の上に乗ってあちこちを歩かせては、お腹が空いたとばたばた暴れ出す自称神様。名前もないのは不便だからとあれこれ名前を考えては却下されているロキと、突然怒り出す神様のマッサージ兼聞き手を担っている刃。それを遠くから眺めながら、紫音とロゼはさてどうしたものかと話し合っていた。

 ロゼの観測によると、おそらくは世界の境界にいつまでも居座れる存在ではないようだった。やがて自動的に元の世界に戻るのであれば放っておいていいのではと紫音が尋ねるが、ロゼは困ったように首を振った。

 本来であればもう消失していてもおかしくない。それだけの時間を過ごしている。

 ロゼの机の一角は既に白いそれの陣地と化しており、献上されたクッキーやパイ、試しに提供された煮干しやピーナッツなど、細かいゴミや滓が散らばっていた。それでも食欲は尽きることはなく、失礼ポイント(自己申告)ごとに何度でも食べ物を要求するのだ。

「おそらく、食べたいという欲求がまだあの子を此処に存在させているのね。食べ物の恨みは恐ろしいというけれど、神様も例外じゃないみたいね?」

「さすがに境界に居れる理由が食欲ってのは怖いな……。まあでも、多分何か決め手の逸品が欲しいんだろうな。ああいう小腹が空いたらみたいなのじゃなくて」

「一品何か作ってみるのはどうかしら?」

「えーっと、ロゼが?」

「いいえ、紫音が、ね」

 ぱちんと綺麗なウインクを見せられて、紫音は決定事項だと納得するしかなかった。

 参考までに、と紫音は他の仲間も交えて何が食べたいかを話し合うことにした。

『まあ、何でも、美味しければいいんですけどね。美味しければね。まあでも欲しいといえば、こう、ガツンとくる味のものが食べたいというか』

「なんすか、グラーシュとか?」

「グラーシュって? 俺がイメージするのはこう、辛味のある麻婆豆腐とかかな」

「わからん」

「アンタは相槌だけ打っとくんすよ。紫音は?」

「俺もそうだな、中華系をイメージするなあ」

 それにしても、と紫音は右手を下顎に当てた。簡易的なお茶やコーヒーならまだしも、アクシズの空間でしっかりとした料理なんて作れるのだろうか。外部から持ち込むにしても、と考えたところで、紫音は自身の世界の使い慣れた調理場を思い出した。

「大丈夫、境界に料理を持ち出したところで対して影響なんてないでしょうから」

 ロゼの後押しで、紫音はいったん自分の世界に戻ってから調理をして持ってくることに決めた。適当に何品か選んで(最終的にあみだくじになった)、四品ほど作ることになった。

 紫音は見慣れた敷地内をさっさと駆け抜けると、自分の家に戻ってすぐに調理場に向かった。普段がらんとしている冷蔵庫だが、どういうわけか新鮮な食材が綺麗に収まっている。なんでだよ、と内心でツッコミを入れながら、紫音は迷わずそれを使用することにして、ぱたぱたと料理を開始した。

 手間のかかる料理はなし、と時間短縮を必須としているので、煮込んだり寝かしたりという作業のない料理を選んだ。あまり時間的に際がでると極端に冷めても嫌なので、料理の工程を調整して、比較的時間差がなくなるように加熱する。

「わー何々、珍しいねえ。あまり私はこういうのは食べたことがないからさあ」

「本当だ。紫音、今日は随分いっぱい作るんだね」

 当主である皎夜ならまだしも、刹那も一緒に柊の本家にいるというのは本当に珍しく、気にはなったが紫音は挨拶だけで澄ませてから再び料理を進めた。一番の障害は構われたい刹那の、つまみ食いという名の食事だった。普段は人並みに食べない小食の刹那が、無理をしているという自己申告のとおり、人並みに胃に収めている。そのせいで紫音は更に多くの量を作らなくてはならなくなったのだが。

「俺はまた出かけるけど」

「そう。僕は寝ているね」

「此処柊家なんですけど……今日は当主に会いに来られたのでは?」

「今は少しだけ席を外しているんだよ。刹那さんが相手を怒らせちゃって」

「言いがかりだよ。そもそも、僕にあれこれ言ってくるのが悪い」

「でも刹那さんへのご依頼でしたよね?」

「私への話はもっと簡潔にしてほしいものだよ。だから龍慶を通して欲しいって言ったんだ。何もおかしなことは言っていないのに、君たちはすぐにあれこれと感情的になる理由を見つけ出すものだから、本当に困った」

 あ、何か既視感だな。

 紫音は目の前の人物と先程まで相手をしていた横柄な自称神様を重ねた。納得いかなそうに甘いものを頬張る姿を見ると、どうにもあの白いそれと同じような存在に思えてくる。

「どうしたの? ああ、そうだね。はい」

「なんですかこれ」

「貰ったんだよ。知らない子どもから」

「知らない子どもから……? 不用意に変なものを貰わないでください」

「いい子だよ。僕が心配だったんだって。ほら、表のあの庭園で、私はよく木の下でぼうっと立っているから。子どもは無邪気だからね、幽霊ですか、って聞きに来る」

「何で不審者みたいなことを……」

「相手が勝手に不審に思っているだけで、僕には何の関係もないことだからね」

 紫音はまあいいかとお茶を濁しながら、渡されたお菓子を受け取った。よくある駄菓子と呼ばれる商品で、しかしながら、子どものお小遣いから捻出されたのであればそれなりに大切なものだろう。

「ああ、金銭については心配ないよ。それ以上のは返しているから」

 何をどう返しているのかは、紫音はあえて聞かなかった。





 一口頬張ってはむむうと唸り、別の料理に手を付ける。そんなことをすでに十度も繰り返しているのだが、スプーン一杯の量でも体積の割合に影響しそうなその体にどう収まっているのだろうと刃はその白い物体の後ろからしげしげと眺めた。

 どの皿も今一つ望みに叶っていないようだ。紫音はそれでも減っていく皿の上の料理を見ながら、さて次の手はどうしようかと考える。これだけの時間が経ってもほとんど姿が透けていないのを見るに、やはり何かしらで満足するしか退去の方法はないのだろう。

「面倒な例外チビっすね」

 ロキの暴言に神様はばたばたと両足をばたつかせた。短さゆえか、材質ゆえか、もちょもちょという柔らかい擬音しかその動きには合わなそうだった。

 先程の話し合いで挙がった料理で他の候補でも、と紫音はポケットからメモを取り出した。同時に、同じ場所に入っていた駄菓子が床に落ちた。

 ヤトが拾い上げたそれを、紫音よりも先に持っていったのは神様だった。いつの間にか皿は殆ど空になっていて、ひとつの皿には調味料として使用した輪切りの唐辛子だけが丁寧に避けられている。

『天啓だ……』

 お前は神じゃないんかい。ロキが呟く。

 そんな周囲の視線は無視して、神様はその綺麗なパッケージを開けた。

 自分に似たまっしろでふわふわの見た目は泡のように柔らかく、包み込まれてしまいそうな包容力に満ち溢れている。ほんのりとした甘さは心地の良い優しさで、嚙みしめると滑らかな舌触りとするりと呑み込めてしまう軽やかさがあった。

 十分なほどの完成された姿から溢れ出るのは濃密な甘いソース。本来はそれぞれ異なるお菓子として自立できるポテンシャルを保ちながら、両方が口の中で出会った瞬間に、それは革命のような甘味のマリアージュが誕生する。

 いつの間にか、涙が溢れていた。

「悲しいのか」

 ヤトが神様に声をかけた。それはただ首を横に振って、静かに顔を上げた。

『ありがとう。これで世界は救われた』

 ふ、とその姿が透けていく。満足しているのであろう表情は周囲から見る限りでは、ずっと変わらない三つの点のままだった。

「……食べる?」

 紫音はまだ残っていたその駄菓子を全員に配る。一斉に口に放り込んで、ゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。

「……マシュマロが、好きだった、のかな?」

「マシュマロの妖精だったのかもしれないわね」

 その場にいた全員が特に何の感想も抱けずに、ただただほんのり甘い余韻が消えるまで無言で立ち尽くしていた。






 それはとても小さな世界だった。境界が弱く、脆い、いずれ失われるだけの世界。

 既に他の世界からゆっくりと捕食され、個としての存在が継続できなくなっている世界。

 もうその世界を救う者はなく、誰もが知ることもなく、ただただ必要な情報だけが取捨選択され、世界の構造が書き換えられる。

 時間も意思も問わない、ただ一瞬のその時がきた瞬間に。

 その世界を脅かす情報は不要。その世界の存続に支障をきたすものは不要。

 道理に叶わぬものは不要。残すべき可能性以外は不要。

 ただ世界がそうだったというだけで、何もかもが失われる世界の片隅で、小さな子どもが空を見上げていた。

 青い空に浮かんでいる雲へ、両手を伸ばす。届くはずのないそれが視界の中で両手の間に来た瞬間に、ポンと両の手のひらを閉じる。何もないはずの手の中の感触に違和感があって、子どもはその手を開いた。

「わっ」

 ふわふわで、ほんのり甘い匂いがする。それは見たこともない小さな白い物体で、そもそもそれが何処から来たのか誰にもわからなかった。

 ただ、子どもはそれを見て思った。

 あんなに遠い空の、あんなに高い場所にある雲に似ているそれは、きっと天からの贈り物に違いない。

 子どもはそれを口にした。思った通りの甘さと、思った以上の柔らかさが、子どもの味覚を刺激する。ほんの少しだけ幸せな気持ちになる。

「おいしい」

 ああ、こんな良いことがあるのだ。こんなにも、不思議で、こんなにも、素敵なことが。

 きっと神様は機嫌がよいのだろう。だからこうして、その気持ちをおすそ分けしてくれたのだ。

 子どもは弾むような気持ちでまた空を見上げる。

 どこまでも続いているその青色がその瞬間、もっと綺麗に輝いて見えた気がした。





(誰かの世界。誰かの愛情。抱えられるものはその内で眠り、零れたものは在り方を問われる。言葉で掬えば意味を問われ、意味で掬えば言葉で惑う。残されたものはただ、誰かが望んだ事実だけが、まるで細い糸のように繋がれている。だから、ほんの少し、優しく甘い現実を、守る術が欲しかった)

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