1話 冒険者フラク
とある町、一人の男が街中を歩いていた。男の名前はフラク、旅をしながら冒険者をしている。背中に大きな袋を背負っていた。
街中の広場では吟遊詩人が声高らかに歌っている。それは古くから伝わる御伽噺、その一部。
――はるか昔、神をも屠った十二の戦士。人は彼らを伝説と呼ぶ――
子供たちは夢中になり、大人たちは懐かしげに耳を傾けている。
「………」
フラクはその様子をちらりと横目にただ静かに歩いた。
人だかりを抜け、広場近くの素材屋のカウンターに顔を出す。
「ゴレス、頼まれたもん持ってきたぞ~」
奥からやってきたのは少し小太りな中年の男。
「おぉ、フラク。遅かったじゃねぇか」
素材屋のゴレスだ。フラクは彼の前に持ち込んでいた袋から中身を取り出していく。どれもこれもが魔物の素材であった。
「少し道に迷ってたんだ」
「いつまで迷ってんだよこの方向音痴。いい加減道くらい覚えろよな。ほらよ、500ゴールド」
ゴレスは素材を受け取ると説教垂れながら通貨数枚をフラクへ手渡す。
「毎度~」
「……なぁフラク、ほんとにそれだけでいいのか? 俺が言うのもなんだがそれだとちと少ないというか、お前それでちゃんと生活できてるのか?」
通貨を受け取るとゴレスがばつが悪そうに話す。フラクは五枚の通貨を手のひらで軽く弄び、肩をすくめて笑った。
「生きるだけなら十分だろ。欲張っても荷物が重くなるだけだ」
古臭い言い回しに、ゴレスは苦笑する。
フラクが机に並べた素材は、討伐隊が数人がかりで挑むような魔物の残骸ばかりだった。
「これ全部お前ひとりでやったんだろ? お前の実力なら王都の騎士団に入るのも苦労はしないと思うがな」
「騎士団ねー。そういうのはこの国の人間たちに任せりゃいい。俺は結局よそ者だからな」
ないないと手を振って笑うフラク。だがその目はどこか遠くを見ていた
「まぁお前の好きにすればいいけどな。ただ俺が言いたいのはそれだけじゃないんだ。……あそこを見ろ。」
ゴレスは言いづらそうに視線を横へやる。彼の視線の先には、数人の若い冒険者がいて、こちらを盗み見るようにしていた。目が合うや否や、そそくさと立ち去っていく。
「……なんだありゃ」
「……お前に敵意を持ってるやつらだ。世の中、ものをいうのは結局は金だ。命を張って稼いでる連中にとって、お前みたいな格安の素材売りってのは何かとこう……厄介なんだよ。分かるだろ」
ゴレスが渋い顔で告げると、フラクはひとつため息をつき、
「金、ねぇ。そんなもんに興味なさそうな奴らばっかなら知ってたけどな。……あーいや、なんでもない」
と曖昧に笑った。
軽口を残し、素材屋を出る。
遠く、広場から吟遊詩人の歌声がまだ響いていた。
――命織りし春告のルミナ、時を巡りし暁のヘルメ、そして――
フラクは足を止め、ほんの一瞬だけ空を仰ぐと、また気だるげに歩き出した。